快楽の街、その248~ターラムの支配者⑨~
「起きろ、ファンデーヌ。もう目覚めても良いだろう」
「う・・・ん。もう、まだ本調子じゃないのよ? もうちょっと寝かせてくれないものかしら。体を入れ替えたばかりだというのに、せっかちね」
ファンデーヌは気怠そうに起き上がると、不満を剣の風にぶつけていた。欠伸をしながら背伸びをするさまは、普段のファンデーヌからは想像もつかない。そのまま軽く屈伸をしながら体の動作を確かめていたが、剣の風は顔をしかめていた。
「そうもいかん。オーク共が敗北し、ターラムに人通りが戻る。同時に面倒な連中が押し寄せてくるだろう。姿を消すなら今のうちだ」
「あなたはそれでいいでしょうよ。でも私は仲間に姿を見られているわ。挨拶もなしに消えれば、逆に不審がられるだけだわ。もう少し慣らしてからでないと、いざという時動けもしないし」
「ふん、油断をするからだ。ヴォルギウスとか言ったか? アルネリアの老司祭ごときに後れをとるとはな」
「その点に関しては確かに面目ないわ。ただ倒すだけなら何とかなったかもしれないけど、アルマスの三番が厄介だったのよ。逃げられて正体を報告された方が大変。確実に仕留めるために貴方を呼んだのよ」
「だが一つ間違えれば共倒れだった。大人しく死んだことにしておけばよかったのではないか」
「そういうわけにはいかないわ。これからはブラックホークの活動が中心になるし、ターラムでの『仮面の調教師』はしばし活動休止でもよいでしょう。内部から引っ掻き回す必要もなくなったわ。オーク共が死んでくれたおかげでね」
その一言に、剣の風ははっとする。
「・・・なるほど、オーランゼブルの依頼は達成か」
「ええ、実に長い間かかりましたけど、一応は達成よ。それこそが、我々の悲願たりえる。それより、着替えは準備してくれている? さすがにどんなに自信があっても人間として振る舞う限り、素っ裸じゃ外は歩けないわ」
「ふん、俺は貴様の使い走りではないぞ」
剣の風は手に持っていた服を投げてよこした。ファンデーヌは渡された服を見て、げんなりとする。
「はぁ・・・もうちょっとお洒落に気を遣えないものかしら? これじゃあ鄙びた酒場の娘みたいじゃない」
「贅沢を言うな、それ以上は自分で何とかしろ」
「戦闘に特化するというのも考えものね。あの馬鹿な優男程でなくともよいけど、もう少し世間に興味を持ったら」
「俺の存在意義はお前たちとは違う。俺も一つ聞きたかったのだが、ゲルゲダごときカスを傍に置くとは、どういうつもりだ? まさか男として興味を持ったわけではあるまい?」
「あれはあれで役に立つと思ったのよ。取り込んでおけば、いざという時手駒になりそうだったし。むしろヴァルサスを揺さぶるには丁度よいかもしれないわ。それに、あの男は意外と好みよ?」
ファンデーヌのその言葉に、心底意外そうな表情となる剣の風。
「正気か? お前がその気になれば大抵の男は落とせるだろうに、ゲルゲダを気に入る理由がわからん」
「男女の仲は不思議なものよ。でもそういうあなただって、何人か旅の連れがいるじゃない。自分のことは棚に上げる気?」
「奴らは忠実な僕だ。そういう風に『調節』してある」
「そういう行為、私たちに許可された領分を超えているのではなかったかしら?」
「お前とて、自分の代わりの体を準備しておくのはよいのか」
しばし二人は殺気を迸らせながら無言でにらみ合ったが、ファンデーヌの方がため息をついた。
「やめたわ。あなたとの口喧嘩ほど不毛なものはないですもの」
「俺もそう思うよ。そもそも我々には争う許可はでていない。しかし軽はずみな行動は慎むことだ。まだお前を失うわけはいかん」
「そうね、あなたには肝心な彼女の護衛がありますからね。それにあの馬鹿な個体に続いて私たちまでやられるわけにはいかないわ。
あと一つ確認しておきたいのだけど、まだヴァルサスから強制召集はかかっていないけど、万一ローマンズランドとの戦争が起きたら私はヴァルサスの命令に従うべきなの? それともその時に離反すべきかしら?」
「正体がばれない限り、離反する必要はない。ヴァルサスにはまだまだこれからも戦い続けてもらわなければいけないからな。
それに訂正しておくと、もはや俺の護衛は彼女には必要ない。主だった反対勢力は片付けたし、彼女自身が力を付けたおかげでもう俺の援護は必要ないだろう。それに万一の時を考えて、手を打ってある」
「どんな?」
「それはな――」
剣の風の言葉に、ファンデーヌは身をよじって笑っていた。
続く
次回投稿は、3/18(土)15:00です。