快楽の街、その247~ターラムの支配者⑧~
「特にないかな」
「・・・は?」
さすがに予想していなかったのか、ルヴェールが驚きの目でアルフィリースを見つめていた。だがアルフィリースはいたって冷静だった。
「だって、私は貴女が何をできるか見極めていないもの。不確定な要素は戦略に組み込まない。そうでしょう?」
「それはそうですが・・・ならばなぜ私の正体を突き止めに?」
「知りたかったからよ。あのミリアザールが突き止められなかったほどの人物の正体を、知りたいと思うのが普通じゃない?」
「たったそれだけ?」
「それだけ。今はね」
それだけ言い残すと、アルフィリースはお茶を一気に飲み干して席を立った。
「ごちそうさま、また遊びに来るわ・・・あ、そうだ。一つ要求が」
「なんでしょう?」
「とても楽しかったんだけど、私たちが遊び来る時は安くしてくれると嬉しいわ。それほどお金に余裕のある傭兵団じゃないから」
「それはもちろん。私は友人からはそれほどお金は戴かないわ」
ルヴェールのその言葉に満足したのか、アルフィリースは笑顔で去っていった。その姿を見送るフォルミネーとプリムゼはやや呆然としていたが、アルフィリースの姿が見えなくなるとルヴェールが大きく息を吐いていた。
滅多に見せないその様子に、二人は顔を見合わせた。
「どうしたのですか、お母さま」
「・・・いえ、たいていのことには驚かないだけの胆力が自分にはあると思っていたのだけど、人間を恐ろしいと思ったのは何百年ぶりかしらね」
「恐ろしい? アルフィリースが?」
「ええ、恐ろしいわ。わからなかったかしら?」
ルヴェールの言葉に二人は再度顔を見合わせた。しょうのない、とでも言いたそうな困り顔のルヴェール。
「私は都市一つを犠牲に他の都市を護る提案をしたわ。でもアルフィリースはもっと別の可能性も考えていた。おそらく、アルネリアとの交渉に応じないほど自由商業連邦に見る目がないのなら、自ら攻め落とすという選択肢も考えていたはず。相手のものになるくらいなら、自分で接収することもためらわないでしょう」
「まさか! そんなことを考える人間には見えませんが」
「いいえ、私はああいう目をした人間を沢山見てきたわ。彼女本人の人格とは別に、必要に応じて苛烈な決断もできる人間よ。少なくとも、私たちを巻き込むつもりでいるはず。我々がターラムのためにしか動かないと言うのなら、彼女はターラムごと戦争に巻き込む方法をとってもおかしくないわ」
「まさか、そこまでしますか」
「やらないとは言い切れないわ。だけど、だからこそ」
「我々の主にふさわしい、ということですね」
プリムゼが思わず口にした言葉に、自ら頬を赤く染める。ルヴェールとフォルミネーを差し置いて発言したことが気恥ずかしかったのだ。
そんなプリムゼにルヴェールはくすりと笑うと、プリムゼの頭を撫でた。
「私の数秘術に出た可能性が真実かどうか、今はまだ確実なことは言えないわ。でもこれから先、彼女の動向は追っていきたい。我々寄る辺なき魔女たちの王、我々が永遠に寄り添えるだけの存在を我々は見つけたかもしれないのだから。
これから先、貴女たちには働いてもらうことになるわ」
「「お母さまの仰せのままに」」
フォルミネーとプリムゼがドレスを掴んで礼をする。アルフィリースはこれ以降、彼女を背中から支えるとても大きな勢力を獲得したことを、まだ知らない。
***
「(ここが見えた? まさかな)」
ターラムでもっとも高い鐘楼台の上、『剣の風』である人物は、ウィスパーの分身である猫を始末していた。いかに戦闘用の操り人形でないとはいえ、仕留め損ねるのは剣の風にとって屈辱でしかない。大戦期ですらそうなかった出来事なのに、最近ではレイヤーとかいう少年もそうだし、おかしなことが続くせいで苛立ちが隠せない。腹いせに街の一つでも荒野に変えてやりたい気分だったが、さすがにそこまで目立った動きをするのは憚られた。今はまだその正体を悟られたくない。そういった意味では、自分の正体はまだ隠しおおせていると思う。ウィスパーですら自分の正体が人間であることは気付いても、どこの誰かまではまるで分っていないはずだ。
今までの中では最も危機的な状況だったが、無事ファンデーヌも回収できた。まずは良しとするべきかと考えた。剣の風は鐘楼台の大鐘の下にある台座の仕掛けを動かすと、現れた小穴に身を滑り込ませる。その先には人が数人座れるくらいの小部屋があり、中には棺が収まっていた。棺の蓋を開けると、そこには傷一つないファンデーヌが眠っていた。
続く
次回投稿は、3/16(木)16:00です。