死を呼ぶ名前、その13~王の言葉~
「あなたは・・・英雄王とまで呼ばれて、人間の味方ではなかったの?」
ぴたりとライフレスが足を止める。
「そのことか。残念だが、俺は人間の味方などではない。たまたま戦い甲斐がある相手が魔物だっただけだ。人間の方が強ければ、俺が魔王と言われただろうよ。実際に人間の魔王も存在していたわけだしな」
「なら、どうして王国なんか作ったの!?」
「勝手に俺を崇めてついてきた連中がやったことだ、俺は知らん。それに、貴様は盤上遊戯はしないのか? なかなかよい暇つぶしにはなるぞ」
ニヤリとライフレスが笑う。本当にこの男は、人間の命を道具程度にしか考えていないのだ。だがそうと知りつつも、アルフィリースはさらに質問を続けた。
「・・・伝説の上では、あなたが最後の戦に出た時、魔王と共にあなたの軍勢も全滅したと伝えられているわ。本当なの?」
「ああ、事実だ。何せ俺が魔王もろとも全滅させたからな」
「なん、ですって!?」
平然と、何も悪びれる様子も無い顔でライフレスが答えた。その答えに愕然とするアルフィリース。
「一体何万の命を犠牲にしたと?」
「魔王の連合軍がおよそ20万。こちらはだいたい10万。それに巻き込まれた町の住民が20万程度。ざっと50万だな」
「どうして・・・そんなことを」
「試してみたかった」
「?」
「俺が全開で魔術を放ったら、どのくらいの威力なのか」
それを聞いて、アルフィリースが怯えるように首を横に振った。
「あなた・・・正気じゃないわ」
「正気とはなんだ? 当時は力が全ての世界だった。弱ければ全てを失い、強ければ全てを手に入れる。殺伐とはしていたが、ごくごく単純な摂理だった。魔物と人間が争っているからこのような摂理なのかと最初は思ったが、人間が大陸の主権を握ったとたん、人間同士で同じことを始めたではないか。さしもの魔王達でも同族殺しはやらなかったが、人間達は同族でも平気で殺す。俺に言わせれば、人間達の方が余程狂っているな。
むしろなぜもっと人間をあの時殺しておかなかったのか、今では後悔しているぐらいだ。少し見ない間に蛆虫のように増えたし、俺は無駄に命を嬲るようなことはしないが、人間は笑いながら自分と血を分けた人間を殺せる。こんな残虐な種族は他におらんよ。ドゥームを見ているとよくわかるだろう? まあ俺も他人が無力感に打ちひしがれる姿は好きだがな。お前達は自分が他人より優れていると知った時、優越感は感じないのか?」
ライフレスがアルフィリース達に逆に問いかけた。だが最後だけ聞けば、確かに納得できなくもなかった。
「それは・・・」
「人より優れていれば、優越感を感じるのは当然だ。努力をすれば、報われたいと思うのも自然な事だ。だがあまりにも人間はその感情が強すぎる。恨み、妬み、嫉み・・・そんな下らん感情で人間達は平然と同族を殺す。要は自分の感情に人間は振り回されているんだよ。もっとも、それはシーカーやエルフとて例外ではない。そこのフェンナ、だったか? の先祖のようにな」
ライフレスがフェンナを指さす。そこにはまだ焦点の定まらない目をしたフェンナがいた。
「だがその娘の場合、因果応報というやつだ」
「フェンナが何をしたのよ!?」
アルフィリースが激昂するが、ライフレスは平然と返した。
「そやつが何もしてなくとも、ローゼンワークスの血脈は昔、大罪を犯しているんだよ」
「え・・・?」
フェンナの目にかすかに光が戻る。
「私達の一族が、何を?」
「・・・昔とあるスコナーの一族が練成魔術を開発した。だが彼らを使役していた魔王は、その魔術を一人占めしようとした。だから彼らはその魔王を裏切り、人間側に協力していたシーカーに投降したのさ・・・反対した一族の者を皆殺しにしてな」
驚愕の言葉に、フェンナの感情が堰を切ったように戻って来る。
「嘘!」
「嘘ではない。なぜローゼンワークスの者達だけが遠く離れて暮らしているか、疑問に思ったことはないのか? しかもヒュージトレントなんぞの封印を押し付けられて。だいたいシーカーの魔力なら、ヒュージトレントごときどうとでもなるはずだ。なぜそれを大人しく封印し続けていなければならないのか。
それはお前たちに対する枷なのだよ。叛意を抱くな、というな。だから何年かに一度、ミュートリオから交流と言う名で見張りが来ていたろう? そしてお前は王族でありながら、この集落の中にはほとんど足を踏み入れたことはない。違うか?」
「それは・・・」
フェンナは思い当たることを言われて、ドキリとした。確かにライフレスの言うとおり、フェンナはミュートリオには両親と一緒に訪れたことがあったものの、中に入っていたのはいつも両親だけだった。フェンナはいつも外で待たされていたのだ。そんなものなのかと当時のフェンナは深く考えていなかったが、今になってよく考えれば、王族を集落にも入れず外で待たせるなど、歓迎をしているとはお世辞にも言えない。
反論できないフェンナを見ながら、ライフレスはさらに続ける。
「お前達には俺達が残酷な事をしているように見えるかもしれんが、長期的な歴史の流れから見れば、全て因果応報なのだ」
「自分がやっておいて、そんな無茶な話があるか!」
「無茶でもなんでもない。だいたいなぜここにいるシーカー達は南の森の集団から分かれて移住した? それに移住したこのミュートリオに、他の生き物がいなかったと思うのか? ここにいるシーカー達は移住の時に森にいた魔獣、魔物、原住民を実力行使で追い出している。実に多くの生き物が死んでいるよ。この行為のどこに正当性がある?」
「それは・・・」
「生き物は常に何かを殺しながら生きている、喰わねば生きていけぬからな。だが人間は罪悪感か、はたまた良心の呵責からなのか・・・人間達はそのことを忘れて、あるいは忘れたいがために『正義』という概念を作り出し、自分達の行動を正当化した。防衛本能の一種としてその事自体は非難はせぬが、いまや正義と言う言葉だけが独り歩きし、今日も正義という言葉の元に、お前達は殺し合いをするのだろうよ。全く持って、度し難い愚かさだ」
ライフレスは侮蔑の視線をアルフィリース達に送った。彼は芯からそう考えているのだろう。だがアルフィリースが反論する。
「じゃあお前は、何のためにこんなことをしている!?」
「世界のためだ」
即答するライフレスに、全員が絶句した。あまりにも意外な答えに、誰も何も言えなかったのだ。
「世界、の・・・?」
「そうだ。長期的に見れば、の話だがな。その中で残虐な行為も行われていることは否定しないが、全て必要悪だ」
「それこそ詭弁です。振りかざす言葉が変わっただけで、やっていることに変わりはないでしょう」
リサがライフレスを指さしながら指摘する。だがライフレスは薄く笑っただけだった。
「あなたが最後の戦いで部下を殺した理由はどうなのです。それこそ楽しみのためにやったのではないのですか?」
「楽しんだことは否定しない。だが、あそこまでやったのは魔術を解放した結果論であり、正直、想定以上の威力だった。味方の生死、住民の生き死にはどうでもよかったが、あえて巻き込むつもりもなかった。それに効率よく犠牲を出して最上の結果を出すのは、指揮官の務めだろう。だが、もし俺があそこで奴らを殺していなかったら、東の国々全てを巻き込んだ内紛になっていただろうよ」
「何を根拠に!」
「起こっていたよ、確実にな。俺には血を分けた兄弟家族が一人もいなかった。妻や妾は謀略で全て殺され、世継ぎには恵まれなかった。
そのせいで俺が年経ると、後継者争いで部下どもは揉めていたのさ。大戦期も終わっていなかったのに、魔王討伐なんぞそっちのけで、誰が次の国王になるのか、そんなことばかり言っていた。あのまま放置しておけば、魔王どころではなくなっていただろうな。下らん話だ」
ライフレスが遠い目をする。英雄王グラハムの部下には、その功績を伝説に謳われるような人間も沢山いた。その話を聞いては、大衆は勇気付けられたものだ。リサはおとぎ話を子どもに読み聞かせる時、ルースなぞにはよく英雄譚ををせがまれた。そのため様々な話を仕入れたのだが、リサも英雄達の話は勇気が湧いてくるようで好きだったのだ。
だが、その英雄達が下らぬ争いに身を投じていたと知って、彼女は非常に落胆した。
「・・・そんな馬鹿な」
「そんな馬鹿な事があったのだよ。もっとも住民までを殺したのは些かやりすぎだっただろうが、罰は後でいくらでも受けてやるさ。もっとも、俺に言わせればただの町民もまた同罪なんだがな」
「ふざけろ! 戦いに加わらない住民に、何の罪がある!?」
ミランダが地面を踏みならして激昂した。怯えを怒りが上回ったらしい。そんなミランダを冷ややかな目で見るライフレス。
「罪はある。自分達が提供した武器や食料で兵士は潤い、彼らが敵を殺す。その事を知らずに武器をせっせと磨いて兵士に渡すような輩など、死ねばいい。自分が直接手を下していないだけで、自分の行動がどのような結果を産むかを想像できない者など、最もタチが悪いと思わないか? 厄介だぞ、そのような奴らは。自分が人を殺している実感がないのだからな」
「だが!」
「俺は形だけでも王だったからな、その辺の事情は腐るほど見た。自分が兵士に渡した武器で、娘を殺されてその亡骸の傍で泣き叫ぶ敵国の母親を見たことがあるか? 自分の国の名誉のために、敵国の人間達はいわれのない虐殺を強いられる。それも、単なるみせしめという名目のためだけに。戦場にいる兵士達に『略奪を許可する』と言った瞬間、どのような光景が展開されるか知っているか?
パンを一つ食べるために店の住人を皆殺しにする者。金目の物を盗めために、老婆を殴り殺す者。あるいは見目が好みというだけで、わざわざその夫の前で妻と娘を犯す者。心底醜かったよ、人間は。お前も長く生きた者だろう? そういう経験をしたことはないか?」
「・・・」
ミランダは黙ってしまった。自分が一人旅を始めた時、親切そうな顔をして近寄って来て、自分を汚した者。また巡礼をしていれば、人間の汚い部分は嫌と言うほど見ている。それでもミランダは人間を信じていたかった。
「しかし!」
「そう言える貴様は若い。愚かしくも、羨ましくもあるな。俺と同じだけ生きた時に同じ言葉を言えたなら、多少は耳を傾けてやってもよい。
だが今その事を話しても始まるまい。とにかく今、俺達は止まるわけにはいかん。それに残虐な行為を行う場合には、対象にもそうされるだけの理由があってな。もちろんそのことを知っているのは俺と、あと数人だけだが。もっともドゥームの阿呆は純粋に楽しんでいるだけだが・・・」
ドラグレオはそんなことがわかるほどの頭脳をしておらず、ティタニアは任務に忠実なだけ。アノーマリーに至っては、やり返されるのを楽しみにしているのだから始末に負えない。もっともお師匠とヒドゥン、サイレンスは事情を知っているようだ。ブラディマリア、カラミティ、もう一人の少年はわからない。
「・・・まあいい。だからこそ獲物の選定は俺にほぼ一任されている。それに俺達が今行っていることに、将来お前達は感謝することになるよ。間違いなくな」
「何をふざけたことを。一体どういった理由で・・・」
「残念ながらそれは言えん。さて、おしゃべりにも飽きた。そろそろ、殺していいか?」
ライフレスが再び戦闘態勢に入る。構えるアルフィリースの袖を、再びミランダが握る。
「アルフィ・・・」
「ミランダ、戦いましょう。奴が正しいとしても、わけもわからず殺されるなんてまっぴらよ。それに」
「それに?」
「ミランダをあんな奴に渡しはしないわ」
「・・・言ってくれるね! 力が湧いてくるじゃないか」
「私にも戦わせてください」
フェンナがいつの間にかアルフィリースの後ろにいた。その目には光が弱々しいながらも戻っている。
「私だって・・・何も知らずに死ぬのはイヤ!」
「ええ、むしろ手伝ってもらわないと困るのよ」
「アルフィ、我は」
エアリアルも傍に来るが、アルフィリースは首を振った。
「エアリーはニアとカザス、それにリサも守ってあげて。リサはセンサーで結界の穴を探知し続けて。私達がなんとかライフレスにダメージを与えて結界に傷をつけるから、その一点をエアリアルにこじ開けて欲しい。もうそれしか、方法がないのよ」
「・・・わかった」
「皆さん、ご武運を」
リサが祈るような恰好を一瞬行い、すぐ後ろに下がって行った。その様子を確認したライフレスが一言。
「ふむ、やる気になったか。でないと面白くない。どうせ戦うなら死に物狂いでかかってこい、脆弱な人間達よ」
「言われなくても!」
「(あと少し、時間が稼げれば・・・)」
アルフィリースは戦いながら気づいた事があった。一縷の望みだが、今はそれに賭けたい。そしてアルフィリース達は、ライフレスに斬りかかっていった。
続く
次回投稿は、2/26(土)13:00です。