快楽の街、その244~ターラムの支配者⑤~
ルヴェールはテーブルの上にあった鈴を鳴らすと、手に軽食とお茶を持ったフォルミネーとプリムゼが現れた。何食わぬ顔をして自分を謀っていたのだと思うと、アルフィリースは彼女たちに少々意地悪したい気持ちになる。
「見事に騙されたわ、フォルミネー、プリムゼ。貴女たちが魔女だなんて思いもしなかった」
「す、すみません・・・」
「謝らなくてもよいわよ、プリムゼ。このアルフィリースはわかっていて意地悪を言っているのだから。別に魔女かどうかも聞かれなかったし、そこまで気やすい関係ではないと思うわ」
「その通りだわ。でも今なら答えてくれる?」
「それはルヴェールお母さまの考えによるわ」
フォルミネーはルヴェールのことを母と呼んだ。ルヴェールを見つめるその目には畏敬の念が確かに存在している。ルヴェールが話を継いだ。
「構わないわ、フォルミネー。アルフィリースに対しては姉妹のように接しなさい。彼女とはきっと長い付き合いになる」
「お母さまがそうおっしゃるなら。何でも好きなことを聞いていいわよ」
「意外と忠実なのね。私のことを個人的に気に入っているとばかり」
「あら、気に入っているわよ? でもそれとこれとは話が別よ。私達にとっては黄金の純潔館、ひいては私達の生存や結束が優先ですもの。それ以外の全ては、優先順位が下がる。ただそれだけよ」
「なるほど。じゃあ聞くけど、貴女とプリムゼは何の魔女なの?」
「当ててごらんなさいな」
フォルミネーは軽やかながらも挑むような口調だったが、アルフィリースはしばらく考えた後結論をだした。
「フォルミネーは美・・・いえ、造形の魔女かしらね。プリムゼは花。どうかしら?」
「・・・当りよ」
「凄い! どうしてわかるんですか?」
フォルミネーは驚いたような顔をして、プリムゼは目を輝かせてアルフィリースを称賛した。アルフィリースはどうだ、とでも言わんばかりの得意げな顔をする。
「なんとなく、と言ってしまえばそれまでだけど、フォルミネーがいると館が華やいで、プリムゼがいると、庭園の花が生き生きとする。そんなところかしらね」
「・・・ふふふ、面白い感性だこと。だからこそ私の存在にも気づくのでしょうね。
さて、私の話をしましょう。私が生まれたのはこのあたりの寒村よ。今でこそ平野になってしまったけど、当時森はまだ深く、森が一部開けた場所を使って小さな集落が点々としていた。それは今ほど森を切り開くだけの手段に欠けていた、という理由もあったけど、それ以上に人も少なくターラムほどの大規模集落を必要としなかったという理由もあるわ。それに、小さな集落単位で生活をしていた方が、囮になりやすいといった理由もあった。一つの集落が全滅しても、魔物がその集落を貪っている間に、他の集落は防備を固めたりに逃げ出したり。そんな生きるのに精いっぱいの時代だったわ。
私たちの集落の長は女性だった。今考えれば不思議な女性だったわ。彼女の指示通り逃げれば生き延びたし、それほど恐ろしい目に遭わずに生き延びることができた。集落は小さく10名程が暮らすだけだったけど、私達は小規模な魔物の群れなら撃退したし、流行り病や寿命以外での脱落者はいなかった。その代り新規に集落に住む者も村長が許可しなかった。きっとあの人も何らかの魔女だったのね」
「何か魔女としての特徴はなかったの?」
「いいえ。ただ一つ、何度か私たちの集落を訪ねた人間が同じ呼び名で村長のことを呼んでいたわ。そう、『お母さま』と。私の呼び名はそれにあやかったものよ。
平和な暮らしだったけど、やがて転機が訪れたわ。勢力を拡大せんとするアルネリアがやってきた。彼らはこの周辺は北方攻略の拠点になるとして、私たちを含めた集落に都市をつくる計画をもちかけてきたわ。私はまだ幼かったら詳細は覚えていない。ただ、金色の髪をした美しい女が何度も村長と話をしていたのを覚えている。会話は時に口論となり、村長だけがアルネリアに賛同していないようだった。だけどやがて村長は私たちをアルネリアに託し、姿を消した。以降村長には一度も会っていないわ。
その時どんな話し合いがあったかは知りません。とりあえず私たちはアルネリアに一度手厚く保護された。だけど堅牢な陣地と屈強な戦士に守られて安全だったはずの私たちは、戦いが長引く中で巻き込まれ、一人、また一人と死んでいった。アルネリアは順調に魔物を駆逐しこのあたりを開拓したけど、今に近しい地形になる頃には私の仲間は半分以下になっていた。
それから今のターラムの場所は長らくアルネリアの前線基地となり――本隊がさらに北上、西進するとこの場所は後方の支援場所として人が流入してきた。それがターラムの始まりです。その中で私たちの集落の生き残りの中で、男たちはターラムのそれぞれの仕事を取り仕切るようになり、女たちは取り残された。私は必死で彼女たちを生かすために何かしようとしたけど、私たちにできることなんて身をひさぐぐらいしかできなかった。
私は何かできることがないかと、必死に勉強したわ。手に入る書物は何でも読み漁り、覚えられる知識は何でも男との寝物語で聞きかじった。そして年齢が止まっていることに気付くころには、私は魔女としての能力に覚醒していたのよ。気づいたのはとても単純なこと。これから先どちらに行くか考えながら水をこぼした時に、その染みが一斉に一つの方向を向いた。それだけのことだったわ。
ただそれからが大変だった。老いることのない女が一か所にはとどまれない。時代は魔女狩りすら行われた頃。私は必死で自らの正体を隠し、大陸を放浪しながら定期的にターラムに戻るという生活を繰り返した。その頃は流浪の娼婦の一団を率いたこともあるわ。そのうちに魔女の仲間が一人、二人と集まり、交代しながら娼館の経営ができるようになったのが300年ほど前。ターラムでも随一と呼ばれるまでに娼館が成長したのがそのすぐあと。私の力を使えばそれ自体は大した問題ではなかった。私は時にルヴェールとして娼館で働きながら、長らくターラムの秩序を守っているというわけなの」
「ターラムを離れようとは思わなかったの?」
「ないわね」
ルヴェールはきっぱりと言い切った。
続く
次回投稿は、3/10(金)16:00です。