快楽の街、その242~ターラムの支配者③~
「・・・やはり貴女は好奇心の強い人ですね、アルフィリース。そんな突拍子もないことを考えるのは、貴女くらいですよ。それに、ターラムの支配者なんてものの存在は噂話の類。この大陸に数多ある、蜃気楼のようにつかみどころのない話の一つです」
「ターラムの支配者がなにか、とは聞かないのね?」
「それも、ターラムに数多あるつかみどころのない話の一つですから」
「私には根拠も確証もあるわ。聞いてくれる?」
「四方山話としてでもよければ。貴女の話は面白いですから」
ルヴェールに動揺は見られない。アルフィリースは話し始めた。
「私がこの街に来た経緯、話したかしら?」
「アルネリアからの依頼、ターラムとの結びつきを強化するため。そうフォルミネーから伺っています」
「そのためにターラムの有力者を知る必要があった。アルネリアは支配者の存在はかなりの確率で存在すると考えていたけど、支配者かどうかは別にして、ターラムに影響を強くもつ特定の人物がいることは最初から明らかだったわ」
「なぜ?」
「アルネリア教会の干渉をここまで防ぐことができる。アルネリアの庇護を受ける形の私だけど、それだけに彼の力を良く知っているわ。退けようとして退けられるものではないのよ。なのにターラムはアルネリアの影響を受けない。現在の司教にその気がないだけとは考えられないわ。少なくとも、裏でアルネリアと渡り合えるだけの人物がいるはず。フォルミネーのようなギルド長は任期があるから、どこかで必ず議会の勢力が弱くなる。これだけ長期にわたり合うのは表舞台の人物では無理よ」
「アルネリアにその気がないだけで、ターラムを泳がせているのかも」
「もちろんそれは考えたわ。理由は他にも。この街は魔術的要素が多すぎる。ほとんどはもぐりの魔術士たちが施した怪しいものだけど、その中に隠されるように優れたものがあった。それに気づかなければ、もう少しオークへの対応も違っていたわ」
「優れたもの?」
ルヴェールの質問に、指をくるくると回しながら空を指差すアルフィリース。
「この街ごと覆う巨大な結界の起動式。アルネリアにあるものとそっくりだったわ。本当に結界なのか、そして起動するかどうかは賭けだったけど、私はこの館を見張らせていて確信をもった。いかにターラムの住人が遊ぶことに命を懸けているとはいえ、戦になって逃げだす用意をしない者はいない。多くのターラムの住人が逃げる準備をする中、この館だけは逃げる準備だけでなく、通常通りに営業をしていた。しかも身なりのよい客ばかりを呼びつけて。彼らはこの館の出資者たちかしら? いざとなれば彼らを優先的に守るつもりだったのでは?」
「すみませんが、お客様に関することは一切お答えできません。守秘義務、というものがございますので」
「ああ、そうだったわね。だけど、私はこの館が通常通り営業しているのを見て、ターラムに真の危機はないのだと考えた。だから安心してオークの動きを見ていたのよ。さすがに巨大な魔王が大挙して押し寄せてきたときは少々焦ったけどね。
それにさっきの会話。万を超える戦力をこの街が保有したのは大戦期のことだわ。そんなことをどうして知っているの?」
「勉強したと言いましたが? この街には成立以来の記録が保管してありますから」
「それは無理だわ、ルヴェール。ターラム市庁舎は250年前に火災で一度焼け落ちている。その際に記録の保管庫にも一部火の手が及んでいる。焼け落ちた記録は可能な限り修復されたけど、自警団の人数制限に関する記録は紛失したままなのよ。『火災より13年前、議会にて自警団の人数が最大5000人まで削減されたのは確認できた事実だが、それ以前に何名の制限があったのかは不明である』とはっきり示されているわ。万を超える戦力を保有していたことなんて、知り様がない。私が知っているのは、アルネリアの資料に残っていたからよ。ターラムで生まれ育った貴女が、どうして知っているの?」
「記録上はそうでも、噂話としては残っているのものですわ。誰に聞いたかは忘れましたが、確かにそんな話を聞いたことがあります」
ルヴェールがにこりと笑ったが、アルフィリースはその言い訳の仕方に呆れてため息をついた。
「・・・確かに。それを言われると痛いわね。だけど、これはどうかしら?」
「これは?」
アルフィリースが渡した手紙は図書館の中で見つけた手紙だった。差出人を見て、初めてルヴェールの表情が揺れた。
「・・・これをどこで?」
「図書館の絵本に挟んであったわ。作者はネーナという人かしら? 絵が本当に上手いわ。これなら絵本の範疇を超えて人気が出たでしょうね。他の場所で調べてみたら、実際に写実主義の絵画の先駆けだった人物ね。それだけの人物が残した絵がこれよ」
アルフィリースは続けて手帳を見せた。そこには少女と初老の女性が描かれている、それが――
「最初は小さい女性がそのネーナだと思ったわ。でも違うわね。その少女、貴女にそっくりだもの。いえ、貴女本人だわ。写実の絵で黒子やそばかすまで忠実に再現している。どれだけ似ていても黒子やそばかすの染みまで一致する人間はいないでしょう? 老女の方がネーナだったのね。鏡に映したところを描いたのかしら。
しかし初老の女性が母と呼ぶ貴女は何者かしら、ルヴェール。いえ、その正体もわかっているわ。あの結界、あなたはきっと魔女ね。それも相当な力を持った。どうかしら?」
「――ふふ、ここまでですか。お前たち、下がりなさい。この者に私を害するつもりはない」
その時、四阿の影からこちらの様子を伺っていた娼婦たちが姿を現し、一礼して下がっていた。その中には、プリムゼやフォルミネーの姿もあった。
全員が下がると、ルヴェールは大きく息を吐いてゆっくりと話しはじめた。
続く
次回投稿は、3/6(月)16:00です。