快楽の街、その239~ターラムの戦い⑱~
「おじさん、大声出さないと敵が倒せないわけじゃないでしょう? もうちょっと静かにできないの?」
「いや、それは・・・気合の問題でだな」
「気合を入れるのは拳だけにしてください。拳は熱く、頭は冷静に。いい?」
「う・・・はい」
結構な剣幕といっても、少女がぷんすか怒っている程度なのだが、ドラグレオはしおらしく説教を聞いていた。その背中が小さく見える。
この光景を黒の魔術士たちが見たら、なんと思うだろうか。ミコトは間違いなく、彼らの仲間に指揮官待遇で引き入れられるだろう。
そしてミコトはああは言ったが、ドラグレオの怒号の効果はわかっていた。オークは委縮し巨槌兵は引きつけられる。そして残敵を掃討する騎兵隊も、声を頼りにドラグレオとつかず離れずの距離を取っていることも気づいている。ドラグレオとの距離をはかり、巻き込まれないようにしているのだ。
そしてドラグレオが倒した巨槌兵が最後の一体であることを確認すると、ミコトはドラグレオに問いただした。
「おじさん。さっきのお姉さんとの約束は果たしたみたいだけど、これからどうするの?」
「何も考えてねぇ。だがここからは離れるつもりだ」
「いいの? さっきのお姉さんのこと、御子って呼んだわ。つまり――」
「お前も御子だ。どちらを護るかはもう決めたことだ」
ドラグレオはミコトをひょいと担ぐと、そのままターラムとは反対の方向に歩いて行った。何気ない仕草だったが、ミコトの目に涙がにじむ。
「おじさん、いいの? せっかくの人里だよ? おいしいごはんも、温かい寝床もあるよ?」
「人里でなんか暮らしたこともねぇ。南の砂漠が俺の棲家だったんだ、それにくらべりゃこの大陸はどこに行っても楽園だ。それだけに、どこに居つくかはちょいと悩むがな」
「・・・ならおじさんの言っていた砂漠に行こうよ。おじさんの生まれたところ、見てみたいな」
「何もねぇぞ? 殺風景な場所で、今じゃ生き物もいねぇかもな。いてもあんな環境で生き抜く生物なんぞろくなもんじゃねぇ。あぶねぇぞ」
「私に危ないことなんてないよ、知っているくせに。あっても、おじさんが護ってくれるんでしょう?」
「あたり前だ!」
ドラグレオが拳でミコトの額を軽く小突いた。その行為がなぜか嬉しくて、ミコトは泣きながらも笑ったのだ。
「だがせっかくだから、大陸を走って回りながら南の大陸を目指すか! 俺の足ならあらかた見て回っても一年はかからねぇだろ!」
「その前に休憩しようよ。さすがにおじさんもかなり力を使ったはずだよ?」
「まぁな。だけど面倒くせぇことになる前に、ここはやはり離れるべきだぜ。ここには監視の目が多すぎる。厄介な奴が来る前にどこかに身を隠すべきだな」
「おじさんがそう言うなら。私もどさくさに紛れてちょっと『回収』させてもらったしね」
「まぁ、戦場だしな。多少いいだろ」
ぺろりと舌を出したミコトに、ドラグレオは笑いかけその頭を撫でた。そしてアルフィリースがいた場所に目を向ける。
「(御子殿――アルフィリース、これからもお前の周りには頼もしい仲間が沢山集まるだろうが、決して油断するなかれ。お前を待ち受ける運命は、想像もできないくらい過酷になるのだから。
本来なら傍にいて助言をすべきだが、いまだ俺に対するオーランゼブルの支配は完全に抜けず。なんらかの拍子で正気を取り戻す程度では、かえって邪魔になるだろう。いや、むしろ隙を突かれて利用されようものなら、それこそ致命的になりかねん。
それに今は、このミコトをお前に近づけない方がいい。二人を近づけると、何が起こるかわからないからな。良くて殺し合い、下手をすれば――)」
いや、そのことは考えないでおこうとドラグレオは決めた。ミコトの正体を知るのは自分だけでいいと考えた。これこそオーランゼブルに知られるべきではない。知られれば、必ず殺しに来るだろう。
だがそうはさせない。御子を護ることこそが賢者の使命ならば、ミコトはなんとしても守り通す必要があった。もしオーランゼブルが失敗したら、アルフィリースが運命に逆らえなかったら。その時こそミコトが必要になるのだ。もしその結果、最悪の事態を迎えたとしてもミコトには使命を果たしてもらわねばなるまい。その咎を受けるべきは、自分こそふさわしいと考えたのだ。それが、白銀公との約束を果たすことになるだろうから。
ドラグレオがそんなことを考えていることなど、黒の魔術士ですら誰一人として知らないであろうと想像し、ドラグレオはふっと笑ってその場を後にしたのだった。
続く
次回投稿は、2/28(火)17:00です。