快楽の街、その236~ターラムの戦い⑮~
「よりにもよって赤騎士隊か。赤騎士隊の赤は敵の返り血だ、とはよく言われたものだ」
「小柄な赤騎士に一撃で吹き飛ばされたべ。ありゃあ人間業じゃねぇ」
「メルクリードだな。俺がギルドに登録したころにゃもういたはずだから、かれこれ20年以上は傭兵をやっているはずだが・・・あいついったい何歳だ? 童顔は得だな」
「そんなことより、どうやって追い払うか考えた方がいいべ。お前の炎でなんとかならねぇだか」
「この速度で走りながら炎を吐くのは無理だ。走るために肺を使いながらブレスは放てない。お前もそうだろ?」
「そうだべなぁ」
「なら走って引き離すしかねぇな。俺はまだ速度が出るから振り切ることも可能だが、お前はだめかもな。いかにポチの脚力があっても、赤騎士隊はしつこいぜ? そろそろ北の街道に差し掛かるころだから左右は森で道は狭くなるが、平坦な道がずっと続く。馬の速度は落ちねぇよ」
「と、思う当りがグンツの浅はかさだべ。ポチ、やるだよ」
ドグラの声に反応するようにポチが遠吠えを上げた。すると目の前に広がっていた森が揺らぎ、オークの群れが喚声と共に躍り出てきた。オークたちは戦闘状態のように猪突猛進し、ケルベロスとグンツの横を過ぎていった。
「伏せ勢かよ! いつの間に用意していた?」
「最初っからだべ。撤退は決まっていたようなもんだからな。備えあれば憂いなしだべ」
「はっ、いっちょまえの将みたいなことを言うじゃないかよ!」
「まあ500体くれぇしかいないがら、足止めが精一杯だと思うけども。その間に逃げ切るべ」
ケルベロスの目論見はおおよそ正しい。いくら騎兵でも、オークの集団を踏み倒すようには前進できない。だがメルクリードだけは違った。オークの集団が突然現れたのを見て、むしろメルクリードだけが加速していた。
「やるぞ、ディオダイン!」
「ブルォオオオ!」
メルクリードの駆る馬が猛獣のように雄叫びを上げた。同時に凄まじい勢いで加速すると、真正面からオークの群れに突っ込む。メルクリードが槍を振りかぶり、一挙に振り下ろす姿を瞬間、小兵なはずのメルクリードが巨大化したかのようにオークたちは錯覚した。
それが錯覚だと気付いた時には、既にオークたちの首は宙に舞っていた。メルクリードの槍は一撃で10近いオークの首を飛ばしていた。メルクリードの槍が振るわれるたびに、唸り声のような風斬り音がする。オークを突きあげ宙に放り投げるその様子は、まさに鬼神の如し。
さらに恐ろしいのは、ディオダインまでもがオークに襲い掛かることである。頭を踏みつぶすのはもちろんのこと、馬がオークの頭を噛み砕いく。オークすら凌駕する馬の大きさではあるが、凶暴という言葉だけでは言い表せない狂気がディオダインにはあった。
メルクリードの猛攻に赤騎士隊は奮い立ち、オークをなぎ倒して前進する。いきりたったオークさえ怯ませるメルクリードは見事だったが、それでも赤騎士隊がオークの群れを一息に飲み込むところにまでは至らない。
「お前たちはオークを掃討してからついてこい! 俺は敵将を追う!」
「ご武運を!」
部下たちは機を逃してはならないと考え、メルクリードの突破を援護した。おかげでメルクリードは速度をほとんど落とすことなくオークの群れを突破することに成功した。これはさすがのケルベロスも予想外であった。
「なんだぁ!? 尋常じゃないにもほどがあるべ!」
「確かに冗談じゃねぇな。こんな体になって圧倒的に強くなったはずの今でさえ、震えが止まんねぇ。あれこそが化け物だぜ。
おい、悪いが俺は全速力で逃げるぞ? あれには勝てる気がしねぇわ」
「いや、待つべ。もう一つ考えがあるだ。速度を上げるよりも逃げれるかもしれね」
「ほぅ? その考えってのはどんなんだ?」
ケルベロスとグンツは何やら話あっている。後ろから追い縋るメルクリードだが、会話の内容まではわからない。
「何を企んでいる・・・?」
「カラツェル騎兵隊の隊長殿か?」
突如横から話しかけられてメルクリードは驚いて槍を出すところだった。前方に注視していたとはいえ、馬で追いつかれて気付かないとは不覚。白い馬に乗った緑髪の女が一騎。遠目に見た、後方から追い縋る連中の先頭にいた女で間違いないだろう。ディオダインは最高速こそ青騎士隊の馬たちに劣るとはいえ、持久力を総合すればカラツェル騎兵隊の中でも一、二を争う名馬だ。もう追いついたとは、なんという脚を持つ馬だろうか。しかも体にはほとんど汗すらかいておらず、足さばきは優雅で乗り手に負担をかけないように静かに移動している。体躯の純白と混じって、芸術でさえあった。
場違いとは思いつつ、思わず賛辞の声がメルクリードの口をついて出た。
「見事な馬だ。乗り手も素晴らしい。どうやって追いついてきた?」
「オークの群れは迂回した。戦っていては追いつけんからな。部下には悪いが、このシルフィードの最高速にはついてこれない。置いてこざるをえなかった」
「あの群れを迂回して追いつくか。いずれ何も考えずに遠駆けでもしたいものだな」
「それは口説いているのか?」
「馬鹿を言え、お前みたいに若い女を口説くような年齢ではない。それにそれどころではない」
目の前でケルベロスとグンツが突然森の中に突っ込んだのだ。グンツの下半身は馬から人間に戻っていたように見えた。なるほど、そういう手があるかとメルクリードは舌打ちした。
続く
次回投稿は、2/22(水)17:00です。