快楽の街、その235~ターラムの戦い⑭~
「見事なものだ。これほど統率された騎兵があるのだな」
「ええ。カラツェル騎兵隊は、傭兵に限らず男なら誰でも一度は憧れますからね。特に初代団長は伝説ですから」
エアリアルと共に伏せていた傭兵の一人が答えた。
「伝説?」
「傭兵に、騎兵という概念を持ち込んだ最初の男です。自由騎士という呼ばれ方もしますね。伝説にいわく、いかなる不利な戦場でもただの一度も背を向けることなく、常に先頭で斬り込んだとか。戦うこと千度、その一度にも敗走なし。まあ誇張されているとは思いますが、黄金の鎧をまとって千を超える魔物の群れに単騎掛けするおとぎ話は、子ども心に胸が躍りましたね」
「ふむ、話だけ聞けば無謀な男だが、余程自分の強さに自信があったのかな? それとも本当に素晴らしい戦士だったのか」
「きっと両方でしょう。そうでなければ、ただの無謀で馬鹿な男でしかないですよ」
「そうか。そんな凄い戦士がいたのなら、一度くらいお目にかかってみたいものだが」
エアリアルが再度オークに注目すると、既に軍団は総崩れするところだった。黒い騎兵がターラムの反対側からぐるりと取り囲むように進軍してきており、速度を全く落とすことなくオークを蹴散らしていた。統制のとれていないオークが相手とはいえ、見事な進撃である。
また巨大な魔獣と化したオークも、ドラグレオが端から一掃していた。その後に続く少女はちょこちょこ走りでついて行くのだが、不思議なことに彼女がオークに襲われることは一度もなかった。ドラグレオがオークごと一掃しているというのもあるが、戦場を少女が駆けるというのも不思議な光景だった。戦場を一人走ってついて行くとは、鈍感なのかそれとも本当に肝が据わっているのか。ミコトがドラグレオに随伴していることなど知らないエアリアルには奇妙な光景だった。
黒の騎兵の先頭を駆ける騎士は一人だけ直垂をつけているのだが、その槍の前にオークは無残に屍を散らすだけだった。槍が煌めくたびにオークが倒れ、恐れをなしたオークは自ら道を開けた。先頭の騎士はドラグレオの方を一瞬気にかけたようだが、突撃と隊列を乱さないことを優先したのか、そのまま巻き込まれないようにすれ違いで通り抜けた。巨槌兵を相手にしないのは、賢明な判断といえるだろう。
そして騎兵たちは反対側から合流するようだったが、赤騎士隊だけが別の方向に向かっていた。目を凝らせば、その進行方向には一匹だけオークが逃げている。一際大きいそのオークが大将だと、エアリアルはあたりをつけた。
「好機」
「何があったのです、隊長。我々の役目は他の都市への伝令ではないのですか?」
「どうだろうな。お前たちはそれでもよいかもしれないが、アルフィリースがどうして具体的な命令を下さなかったと思う? 伝令だけでなく、機があれば仕掛けろと言っているのさ」
「この数でですか? 馬鹿げている」
「だが敵が一体なら、十分狩れる。ここまで敵の大将が孤立しないまでも、我々大草原の馬を用いた部隊なら、敵に一撃を食らわせて離脱することは充分に可能だ。一発逆転の秘策になりえる。今から応援を乞うても、夜の間は動かない可能性も高い。ならば敵の大将首をとればいい。そうは考えないか?」
「それはそうですが」
「それができると期待されているのだ、応えないわけにはいかないだろう」
部下の返事を待たずして、エアリアルはシルフィードの手綱を引くと走り始めた。後の者も顔を見合わせながらそれに続く。エアリアルの気性は知っている。彼女は部下にも強制は決してしない。ついてこれる者だけついてくればいい、そう考える女傑だった。
だが彼らも大草原の馬を馴らすことに成功した、腕に覚えのある騎兵たち。通常の倍以上の速度が出、疲れ知らずの馬たちを御せるだけの馬術を持った人間を選抜し、エアリアルが鍛え上げた猛者だ。赤騎士隊は既に先行しているが、十分追いつき追い越せると判断した。目指すはケルベロスの首のみ。
そしてケルベロスに追いつくべく馬を走らせる赤騎士隊。メルクリードに併走する騎士の一人がエアリアルたちに気付いた。
「隊長! 騎馬が15,16騎ほど、左後方から追い上げてきます!」
「ターラムの人間だろう。読みがいいな、城外に伏せていたのか。それともたまたまか。放っておけ、その数では何もできまい」
「ですが、速い!」
「?」
メルクリードはちらりと背後を見た。確かに白い馬を駆る女を先頭に、凄まじい速度で追い上げてくる騎馬隊がある。相当な距離があるが、直に追いつかれることはすぐにわかった。並の馬ではないことは明白だ。
「・・・なるほど、大草原の馬を使った騎馬隊か。まさか御せる人間がいるとはな。いや、それ以上に大草原の馬が外の世界に適応することの方が驚きか。面白い連中がいる」
「いかがしますか?」
「放っておけ。それより自らの任務に集中しろ、敵が増えたぞ」
「は?」
赤騎士隊が前を向くと、いつの間にかケルベロスに併走する形で一騎の馬が走っていた。いや、馬なのは下半身だけで、上半身は人間だ。まるで南方にいるケンタウロス族のようだが、馬の脚は6本以上。まっとうな生き物でないことは明白であった。もちろんグンツである。
「おう、ケルベロス。早い撤退だな」
「おわぁ! グンツでねぇか、脅かすな。その足はあの魔獣だべか?」
「上手いこと取り込めてよかったぜ。こいつがなけりゃ、やられてたところだ。やっぱりあの騎兵隊は怖ぇ相手だわ」
「その騎兵隊に追っかけられている最中なんだどもな」
グンツとケルベロスは後ろをちらりと振り返る。赤い壁のような騎兵隊が目に入った。面体で視線こそ見えないが、猛然と追い上げてくる様は、既に狩りに入ったことを示していた。ケルベロスのことなど微塵も恐れていないのか。士気の高さにグンツが感心する。
続く
次回投稿は2/20(月)17:00です。