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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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死を呼ぶ名前、その12~かつて英雄と呼ばれた男~

***


 その一部始終のやり取りを後ろから見ていたミランダ達。何が起こったかは完全には把握できなかったが、とりあえずかなりの爆発が起きたため、思わず全員が反射的に耳をふさぎ身をかがめた。

 数秒の防御の後、凄まじい爆音に耳鳴りを各自覚えつつも、ふらふらとアルフィリースに近寄っていく。ライフレスの周囲は凄まじい爆発でもうもうと煙が立ち、視界がきかない。


「やったの、アルフィ」


 ミランダがやっとのことでアルフィリースに声をかける。


「多分・・・直撃したのは確認したから、さすがに防御魔術なしであれを喰らえば無事ではないはず。むこうだって危ないからこそ、防御魔術を詠唱しようとしたんだろうしね」

「計算してやったの?」

「もちろん。最大級の威力の魔術なら、相殺するにせよ守るにせよ、何かしらある程度の詠唱の魔術を唱えるとは思ったわ。その隙をついての不意打ち2連発。さすがに対応できないでしょう。まさか魔術が何も無い空間に発生するなんて、誰も思わないでしょうから。魔術士として経験が長いならなおさら、ね」


 アルフィリースは平然と答えたが、かなり凄いことをやってのけたのはミランダにもわかっている。いつ、どこでそんな修行をしたというのか。


「アルフィだって魔術士でしょ? いつ修行したの?」

「忘れたの、ミランダ。私は天然で魔術が使えたから、魔術協会に征伐されかかったのよ? その後は封印されたし、魔術の使い方なんて理論は師匠から教わったけど、実践は一度もしたことがないわ」

「え? じゃあどうやって・・・」

「待って!」


 アルフィリースがミランダの言葉を制した。そして土煙りに集中している。その表情に徐々に焦りの表情が浮かび始めた。


「アルフィ、まさか・・・」

「そのまさかよ・・・」

「・・・ふう・・・心底驚いたよ・・・素直に君を褒めよう、アルフィリース・・・」


 煙の中からライフレスの声が聞こえる。まだ煙は晴れないが、どうやらその声から察するに大きなダメージは無いようだ。


「・・・冗談きついわ。なんなのよ、あいつは」

「・・・私が聞きたいわよ」

「・・・数々の敵と戦った・・・魔力が跳び抜けたもの、特有の魔術を使う者、魔法を使う者・・・だが魔術をここまで上手く扱う者はいなかったな・・・クククク、ハハハハハハハ!」


 信じられない現実にミランダとアルフィリースかの表情から精気が抜けていく中、突然高らかな笑い声が煙の中から聞こえた。同時に煙が大量の魔力の風に押されて吹き飛んでいく。


「ひっ」


 誰が漏らした声だったか。だが今のライフレスを見た者は、内心では同じ気持ちだったに違いない。なにせ煙の中から現れたライフレスには、右半身がなかった。だが血が噴き出すわけでもなく、純粋に中身が――ない。アルフィリースが吹き飛ばした部分の淵はガラスのようにひびが入り、まるでステンドグラスに描かれた人物がそのまま語りかけてくるようだった。そして足らない部分に絵具を落としたように、ほどなくライフレスの体が元通りに修復される。

 その姿を見たアルフィリースはぎり、と歯ぎしりする。


「ライフレス、あなたは」

「御覧の通りだ、俺には中身が無い」


 今までとは打って変わった口調に変わるライフレス。その口調は軽妙で、なのに重い威圧感を放っていた。


「大昔、生まれながらに類い稀な魔力を持って生れた俺は、魔術を極めようとした。修行は非常に順調で、歳を経るごとに俺は望むとおりに魔術を修めていった。だが悲しいかな、人の一生は短い。俺はまだ見ぬ自分の極みにたどりつく前に、寿命を迎えようとしていた」

「・・・」


 アルフィリースは何も答えない。ライフレスの圧力に押されていることもそうだが、必死に魔力を少しでも回復させようとしているのだ。


「そこで俺は一計を案じた。ある魔術を構築し、自分の寿命を限りなく永遠に近づけた。結果として、俺は程なく自分という個体の極みを見たよ。だが」


 ライフレスがゆっくりと目を閉じる。


「逆に俺には敵がいなくなった。あれほど夢見て追い求め、手にした力・・・なのにそれを振うだけの敵が存在しないというジレンマ。これは非常な苦痛だ、わかるか?」

「・・・わかりたくもないわ」


 アルフィリースは吐き捨てるように言ったが、ライフレスはその答えを聞いても薄く微笑むだけだった。


「お前もこの領域にくればわかる。戦う相手がいないのは虚しい・・・だが!」


 ライフレスの魔力がさらに膨れ上がり始めた。アルフィリースは自身の魔力で圧力をある程度相殺できるが、魔力を持たないリサやカザスは暴風に晒されているようなものだ。座っているのも厳しいように、必死で地面にしがみついている。


「アルフィリース! 久しぶりに戦いがいのある相手を見つけたぞ? お前に俺と戦う許可をくれてやる!」

「許可だと? 何様のつもりだ、ライフレス!」

「何様・・・何様だと?? 昔は僕の、いや、俺の名前を聞くだけで、魔王すら逃げ出したものだがな! ハーハハハ!」


 哄笑するライフレスの姿が、成人へと変形していく。いや、元に戻ったと言うべきか。容姿に合わせて、性格や容貌まで好戦的な顔つきへと変わっていく。目は猛禽類のように鋭く光り、我の強そうな鼻と、自身に満ち溢れた口元。それらは端正な顔立ちへとまとめられる。

 そして彼は纏っていた黒のローブをはぎ取ると、上半身は裸体となり、胸に大きく刻まれた火傷後ようなものが見えた。その見た目はまるで竜に見えなくもない。


「全力で戦うのはいつ以来だ・・・700年前に魔王を100体倒した時か?・・・おお、500年前に大魔王の軍勢を滅ぼしたというのもあったか」

「大魔王を・・・? 冗談はやめなさい!」


 ライフレスが語る驚愕の事実をアルフィリースは否定しにかかるが、ライフレスはじろりとアルフィリースを睨み、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「あいにくと、俺は冗談は嫌いでな」

「ならあなたは大魔王より強いとでも言うの?」

「ククク、試してみるか?」

「上等!」

「700年前・・・竜にも見える火傷後・・・どこかで聞いたような」


 アルフィリースが再び魔力を高めていく傍で、ミランダは考え込んでいる。本当はそれどころではないのだが、胸の内に湧いた疑問は非常に重要な気がしてならないのだ。そんなミランダの様子にライフレスが気がつく。


「俺の正体が気になるか、女。ならばヒントをやろう・・・俺は魔術の系統として、6種類を使えることになっている」

「6種類・・・それって」


 ミランダが信じられない様な目でライフレスを見る。


「ライフレスというのは真名だ。人間として活動していたころは、別の名前があった。ライフレス(命無き者)というのは縁起が悪いと部下に言われてな。俺が人間として活動していたころの名前は」


 そこまで言って、ミランダが気がついた。その顔は信じられない者を見る表情である。なぜならば。


「英雄王・・・グラハム」

「と、いうことだ」

「英雄王グラハムですって?」


 これにはアルフィリースも驚いた。そして、さしも気丈なミランダも、その場にへたり込んでしまった。


 英雄王グラハム――数々の伝説サーガに謳われる、大陸に知らぬ者無き程有名な伝説上の人物。吟遊詩人は彼の物語をいかに上手く謳い上げるかを競い、騎士たちは彼に仕えることを至上の喜びとし、人々は彼の存在に勇気付けられ、子どもたちはその逸話を寝物語に聞いて育つ。世事に疎いアルフィリースやシーカーのフェンナでさえ、その物語は知っている。

 いわく、平民出身でありながら、たった10年、弱冠20歳で国を興した。わずか15歳の時、わずかな供を従えて魔王の軍勢を打ち破った。死ぬまでに1000の戦場を駆け、その戦い全てに勝利した。魔王を100体相手取り、その壮絶な戦いの中、全ての魔王を倒すことに成功した。その栄光を数えればきりがない。

 今、アルフィリース達の目の前に立ち塞がるのはその伝説上の人物。そして魔術士としても、史上最高の実力者と言われた人物である。しかも不死身――ミランダがへたりこんだのも無理はない。いや、むしろ長く生き、アルネリア教の資料から歴史に精通した彼女だからこそ、目の前にいる男がどれほどの人物なのか分かっているのだ。

 そして彼女が震える手でアルフィリースの袖を掴む。その顔が怯える少女のようになっていた。


「アルフィ、アルフィ・・・ダメだよ、あんなのと戦っちゃだめだ。逃げよう」

「馬鹿言わないでよ! やってみなくちゃわからないわ」

「無理だよ、伝説上の人物と戦うなんて」

「無理でも何でも、やるしかないのよ! ・・・どのみち、逃げることこそ無理なんだから」


 ミランダに限らず、アルフィリースの顔も蒼白だった。だが逃げることもできないことは、よくわかっている。限定された空間内で、不死身かつ最強とも謳われた存在と戦う――これほど最悪な状況もないだろう。

 そしてゆっくりとライフレスがアルフィリース達に近づいてくる。ミランダが半分涙目になりながら後ずさり、その手に引かれアルフィリースも下がる。だが既に怯えきったミランダと違い、アルフィリースは精一杯の気力を振り絞って、ライフレスに問いかける。



続く


次回投稿は2/24(木)12:00です。

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