討伐準備、その3~飛竜~
ちなみにこの世界では、一年は8ヵ月です。一月がおよそ45日です。
***
ともあれ、飛竜を飛ばすことになった一行である。
「リサはお姉さまと乗りたいです。そっちのデッカイ痴女と一緒に乗ると、変態が感染りそうなので」
「誰が変態よ!?」
「しょうがないね~。アルベルト、アルフィを頼めるかい?」
「承知した」
アノルンに慰められるように肩をたたかれ、渋々納得するアルフィリース。本当はアノルンと乗りたかった彼女であったが、やむをえずアルベルトの竜に向かう。
別にアルベルトを差別するわけではないのだが、アルフィリースはどうも男性は得意ではない。別に戦闘の時にはよいのだが、日常で接するのは慣れていないせいだろう。アルベルトが端正な顔立ちをしているから、なおさら緊張してしまう。
「あ、あの。不束者ですが、よろしくお願いします」
「それで三つ指ついたら完璧だけどね」
くっくっく、とアノルンが笑う。アルフィリースが鞍に足をかけて飛竜に飛び乗ると、相当目線が高くなる。飛竜自身が小型の個体でも体長9mくらいはあり、目線の高さは座っていても4mほどにもなる。その上に乗るのだから、家の2階にいるようなものだ。
「しっかりつかまっておくように。落ちたら助けられないし、乗り手が不安定だと飛竜はスピードを出せない」
「は、はい」
アルベルトの背中をギュッとつかむアルフィリース。
「それではだめだ。最初に飛ぶ時は特に揺れるから、慣れるまでは腰の前にしっかり手を回すように」
「ご、ごめんなさい」
「アルフィリース殿、舌を噛まないように。アノルン殿、先行します」
「あいよ」
こんなに男の人にくっつくの、私初めてかもなどと心臓が跳ねまわる程内心で動揺しているアルフィリースの心など露知らず、アルベルトはさっさと飛竜を発進させた。
飛竜が立ち上がるとぐらりとアルフィリースの体が揺れ、確かに乗り手に捕まっていないと振り落とされそうになる。
「(すごい揺れる! 馬とは大きさが違うから当然か・・・)」
ドシッ、ドシッ、と飛竜が地響きにも近い足音を鳴らしながら助走をつけていく。体の小さい飛竜ならば助走なしにその場の羽ばたきで上昇できるらしいが、大きな飛竜に関してはそうはいかないらしい。ドン、ドン、ドン、と段々揺れが早く小さくなっていき、最後にドン! と一つ大きく踏み切ると、胃が持ち上がるような浮遊感が伝わるのだった。
そして目を閉じたアルフィリースが眼下に見た光景は、既に建物が小さくなっていく光景だった。
「うわぁ! す、すごーい!」
「このまま雲と大地の中間くらいまでは上がります!」
「た、高くない?」
「ですから落ちたら死にますよ!」
「わ、わかりました!」
アルフィリースはアルベルトにぎゅっとしがみつく。
「(大きな背中・・・すごく鍛えてあるのがよくわかる。師匠とは違うな・・・って何考えてるのよ、私!)」
アルフィリースは少し師匠のことを思い出していた。彼に連れられて生活するようになって半年くらいの間、彼女はよく悪夢にうなされていた。中には夢遊病のようになって暴れることもあった。そんなときには師匠が抱きしめて寝てくれた。当時は師匠のことを強くたくましく感じたものだが、実際には今の自分とほとんど体格は変わらなかったことを彼女は思い出す。病魔に蝕まれ、死の間際には棒切れのように細くなっていたのを思い出す。
それに彼は徹底して彼女に保護者代わりとして接しており、男女として意識させることは一切なかった。そのせいか師匠の前ではアルフィリースも遠慮のない態度を取っていたため、よく師匠には「もう少し女性として慎みを持ちなさい」と言われていたが。
「(でも師匠には本当に感謝してる。今から考えれば、私は彼に何をされても文句は言えない立場だったんだから・・・師匠は安らかに眠っているかしら? 私は今から魔王討伐とか大変なことをしようとしているけど、きっと無事で帰るから心配しないで!)」
決意と共に、思わずギュッと手に力がこもるアルフィリース。
「アルフィリース殿、もうそんなに力を入れなくても大丈夫です」
「え・・・あ、ごめんなさい。それよりも・・・うーわー! すごい景色!!」
はるか眼下に、人の行き交いが見える。まるで米粒みたいな大きさだった。気が付けば、既に次の町を飛び越えようとしている。
地上を歩いているとわからないが、こんなに下の道は曲がりくねっているものなのかとアルフィリースは感心する。
さらに周囲を見渡すと、はるか彼方まで見渡せる。向こうの方が自分が暮らしていた山なのだろうか、などとアルフィリースは感慨に耽る。さらに北には、大陸一高い山々であるピレボス山脈がかすかに見える。東南の方向には海が見えるはずだが、この高度では無理なようだ。
「どうだい、すごいだろう、アルフィ!」
追いついてきたアノルンが語りかける。
「うん! とても素敵ね!」
「だろう? 私は空っていうのは好きだね。人間がどれほど強くても、所詮ちっぽけだって言うのを教えてくれるからさ! こうして見れば、王様も奴隷も、その差なんて微々たるもんさ」
「私は人間よりも世界を強く感じるわ! なんていうか・・・世界が私に語りかけてくるみたい!」
「世界を感じるか・・・アンタらしいのな」
「その意見にはリサも賛成です」
今まで静かにしていたリサが反応する。ローブに収めていたいた長い髪を外に出し、風に任せてたなびかせている。
「おそらくアルフィの感じ方とは違うでしょうが。この空ではリサの場合、人間の存在を私達しか感じませんので、とても静かです。そうですね、リサの場合は体というか、心が軽くなるといえば良いのですか。これが世界なのかと思います。上手く口にはできない感情ですね」
リサにしては饒舌だったが、それだけ気持ち良いのだろう。目を瞑って風に体を預けている。そしてふと眼をあけると二コリと微笑んだ。毒舌にまぎれているが、こんな素敵な笑顔ができるなどと、むしろこっちが彼女の本当の顔なのかもしれないとアルフィリースは思う。
アノルンも気持ちがいいのか、上機嫌でリサと会話している。
「やっぱセンサー能力がそれだけ強いと、都会は大変でしょ? 特に盲目とか難聴なんかの五感障害があると、センサー系は能力が強くなるっていうしね。ちなみに戦闘の参考にもなるから聞いておきたいんだけど、どのぐらいの範囲で気配を探知できる?」
「とはいえ都会でないと、リサの場合依頼がありませんのでいたしかたないところです。鉱物や植物などに特化したセンサーではないですからね。
あとセンサーの範囲の方ですが、通常であれば半径200m。気合を入れれば半径500mというところですか。なお500mの探知維持を半日やると、疲労で私は倒れます。そして一方向に絞るなら、最長で2kmはいくかと」
その能力にアノルンが素直に感心する。
「十分すぎるね。それほで探知範囲が広い奴は滅多に見かけない。探知できるのは気配だけかい?」
「生物であればもれなく。小さすぎる者や、悪霊・鉱物生命体の類いは難しいですが、『こちらにいくと嫌な感じがする』という危険に対しても勘が強いので、おおまかな判断はできます。また半径20m前後に入れば生物でなくとも感知できます。都市暮らしが長かったせいか、私は対生物感知に能力が偏ってますね」
「そっか。やっぱりそれだけ能力が強いと、都会暮らしは落ち着かないはずだね。どこか田舎に拠点を構えないのかい?」
「確かにそうですが、私はあの都市を離れられません」
「なんでさ?」
「そこまで話す義務はないと考えますが?」
リサが態度を硬化させた。その態度になんだか引っかかるものがあるのはアルフィリースもアノルンも同じのようだが、こうなったらリサは意地でも口を開かないだろう。昨日今日の付き合いでもそれぐらいは2人にも理解できた。
アルベルトだけは何も聞いてないかのように、普段通りの飄々とした無表情を崩していなかった。
***
一度地上に降りて昼休憩を挟み、アルフィリースは試しに飛竜を操らせてもらった。最初はおっかなびっくり地面を走らせるところから初めた彼女だが、ものの数分であっという間に竜を飛ばせるまでに至る。
「私より上手いですね」
と、アルベルトが素直に称賛の言葉をアルフィリースにかけた。その言葉に彼女の方は手を振りながら竜を操っている。
「このまま世界のどこにでも飛んで行けそうね。空が合ってるみたいだし、竜騎手になろうかな、私」
アルフィリースはこの上ないほど上機嫌だが、その様子をアノルンがじっと見つめている。
「竜ってあんなに早く扱えるもんなの?」
「竜の調教程度、性格にもよりますが、あの竜は実はそんなに扱いやすくないと思います。ちなみに私も竜の騎乗訓練をしましたが、きっちり調教された大人しい竜ですら走らせるのに7日。空を飛ぶとなると1カ月でしたね。とてもあんな乗り方はできません」
「だよねえ・・・アタシなんかその三倍はかかってるよ。それでも早いって言われたしね。ってゆーかあの子、宙返りとかしてるんだけど!?」
「・・・正規の竜騎兵、いや、竜騎士クラスの腕前かもしれませんね」
「ちょっと修行したら、最高位竜騎士とかいう身分にもなれるかもね」
ちなみに竜騎兵は、ピレボス山脈の麓にあるローマンズランドという北の大国が大軍団を抱えている。その戦力は3万を超えるとも言われており、一般兵を竜騎兵、親衛隊や部隊長クラスを竜騎士、師団長クラスを最高位竜騎士と呼ぶことになっている。
なお女性の身で最高位竜騎士にまで到達できた者はほとんどいない。ローマンズランドの第2皇女が、開国以来何人目かになる女性のドラゴンマスターになることに成功したとアノルンはちらりと聞いたが、定かではない。だが彼女が知る範囲での竜騎兵に、あそこまで竜を自在に乗りこなす者はいなかった。
そんなことは露知らず、間断なくアルフィリースの楽しそうな笑い声が空から聞こえてくる。出発時間が来るまで、その笑い声が止むことはなかった。
***
アルフィリースが竜を扱ってからは驚くほど速いスピードで竜は進み、しかも竜に疲れた様子が全くなかった。アノルンはそのペースに全く付いていけなかったので、アノルンの操る竜が自らアルフィリースの竜の後ろにつき、風よけにして進んでいた。アルフィリースの竜もそれに気付いて「このスピードでいいのか?」という意味の目線をアルフィリースに送ってきたので、アルフィリースはそれに気付いて手綱を緩める始末だった。
「(竜は乗り手次第で疲れ方や、出す速度が変わるとは聞くがこれほどとは。しかも竜とコミュニケーションを取っている。飼い飛竜といえどプライドは人間より高いはずで、それゆえに乗り手の技量を察知して自分で様々な調節をするのだが・・・竜が自分から人間に意見を求めて、しかも素直に従うとは)」
アルフィリースの後ろで様々な思索にふけるアルベルトだったが、なにせもともと仏頂面なので、普段と変わらないように見える。アルフィリースに至っては、
「(腰につかまられるとくすぐったいな)」
くらいにしか考えてない。そのまま予定よりやや早く、日が落ちる前にカラム地方まで来ることができた。ここよりさらに西北西に向かうことになるが、一泊してから向かうのが妥当なので、アルネリア教会を通して手配をしてある。
ロートの村。人口2000人程度の小さな村だがアルネリア教会関連の修道院があり、ここに先見の調査隊が来ているはずであった。彼らから報告を受け、そのまま修道院に一泊し討伐に向かう予定であった。
***
その晩御飯の席でのこと。
「査定者をギルドから呼ばなくてよいのですか、お姉さま? ギルドからの報酬や認定が出ませんが」
「今回はギルドを通さず秘密裏に処理したいの。そのための少数精鋭のつもりなんだけど。その分教会からの報酬ははずむつもりよ。リサもその可能性は考えていたでしょう?」
「やはりそうでしたか。それはますます理由は聞かない方がよいですね」
リサが晩御飯の肉を切り分けながら答える。
「リサになら話してもいいけどね。だって魔王討伐だって言っても平然としてたし、大方想像はついてるんじゃない?」
「まあアルベルトを見ていれば、だいたいは。あれほどの騎士が出てくる段階で、ヤバそうだということは想像が付きます。そもそもこんな人里近くに魔王が出現すること自体がおかしいのですが、ギルドにいると冒険者たちが情報を沢山持ち寄るので、こういうこともいずれあるかもしれないと考えていました。それに、こういったことは既に各地で起こっているようです」
「・・・マジ?」
リサのセリフが余程意外だったのか、アノルンがぎょっとする。そしてアノルンの言葉遣いに、思わずリサもつられる。
「マジです。既に南方のレーライやベレンスでもそういうことがあったようですね。どちらもたまたま大事になる前に討伐したようですが」
「じゃあこっちもフルグンドに依頼して、軍隊派遣してもらえばよかったかな~。でも軍隊動かすと世間が騒然とするしね。まだ世間に発表するタイミングじゃないか。でも誰がやったの、魔王討伐?」
それほど腕が立つ人間がそういるとは、アノルンには思えないのだが。リサは自分が聞いたまま、義務的に答えた。
「レーライでは勇者認定を受けているゼムスと、そのパーティーがたまたま近くにいたみたいです。ベレンスでは通りすがりの名も知らない魔術士だったとか。噂では女だったようです」
「ゼムスか・・・勇者のくせにあまりイイ噂を聞かないわよね。また魔術士の方は女で、かつ単独で魔王を狩るとかとんでもないわ。そんなレベルの魔術士なんて限られると思うんだけど、誰だろ? 魔女かな?」
「それは知りませんが、噂では相当イイ女だったと。まあ所詮噂ですが」
「私も美人シスターって有名だしね!」
「・・・ソウデスネ」
「棒読みじゃん!」
「(最終的には暴力シスターの名が轟く気がするけどね・・・)」
などとアルフィリースが考えていると、アルベルトが修道長室からでてきた。
「どうだった、アルベルト。調査隊はなんて?」
「いえ、それが・・・誰も帰ってきていないようです」
「なんだって? 何人派遣してたのさ??」
思わずアノルンが席をがたりと立った。
「調査なので10人程度なのですが、5日前には一度全員無事に帰還しています。それで日数に余裕がありそうだからもう一度調査に行く、といったまま帰ってこないそうです」
「アタシ達が早く着き過ぎたか?」
「それもなさそうです。ここのシスターによれば、一昨日には帰還予定にしていたそうですから。また早ければ我々が今日到着予定なのは、彼らにも伝わっていたようです」
「じゃあまさか・・・」
「おそらくは全滅した可能性が高いかと」
沈黙が部屋を包む。調査隊の目的から考えると、たとえ全滅しそうでも一人でも帰還できれば目的は達せられるため、最低でも一人は残す行動をとるはずなのだが。それもできなかったということだろう。
「実は、さっきからあの森をセンサーで探っていますが・・・」
リサが口を開いた。
「探知が一定以上向こうに届きません。竜で森の入口付近を通った時にも方向限定で探ろうとしたのですが、800mくらいで止まってしまいました」
「それはどういうこと?」
「気配を探ることを阻害する何かがあります」
「まさか、『城』を既に築いているとでもいうの!?」
「『城』って何? アノルン?」
「城っていうのはね・・・」
『城』とは高度な結界を意味し、必ずしも物理的な城を意味しない。防御魔術を高度にすれば結界となり、さらに高度になると『城』と呼ぶと考えてよいだろう。『城』ともなれば現実の存在や法則に影響を与え始め、平たく言えば、魔王や高位の魔術士などが自分に都合のいい空間を作るために用いられる。
『城』の大抵がなんらかの属性への力場変化だが、中には空間そのものを捻じ曲げて、異世界への入口を作ってしまうような類まである。
「・・・ということよ」
「それってすごくやばいんじゃ?」
「まあ城もまずいけど、まだ多分結界のレベルだわ。もし城だったら森に近いこの村にも何らかの影響が出ているはずだし、アルネリア教会だけでなく他の組織も動いているはずよ。それに城の形成には最低でも数年はかかるわ。でも魔王が確認されたのは一カ月前って言ったわよね、アルベルト?」
「それは間違いないです。その時にはまだ、結界の痕跡すらもなさそうだったと報告されています」
「じゃあ城ではなく、まず結界だわ。歴史上確認された城の形成は最短3年。もし一カ月で城を組み上げるような化け物が相手なら、世界破滅の危機よ」
アノルンが厳しい面持ちで答える。
「まあ、世界滅亡の最初のくじをひいたって可能性もあるけどね」
「ちょっと、怖いこと言わないでよ!」
「だーいじょーうぶだって、そんなことまずないから!」
アハハとアノルンが軽く笑い飛ばすと、彼女はもういつもの明るい顔に戻っている。
「じゃあ今日は寝ましょ、明日早朝に出発するわ。はいはい、寝る準備に行った行った」
アノルンに急かされるようにその場で解散になり、全員がそれぞれ散っていく。その時、
「アノルン様、よろしいですか?」
「なーによ、アルベルト? 様付けはやめなさいって言ったでしょ?」
「そういうわけにはいきません。私は既に妥協しているのですから」
「どこが妥協してんのよ」
「本来なら、ミランダ様とお呼びしたいところです」
瞬間アノルンの顔が険しくなる。
「アンタ・・・どこでそれを?」
「ここではアルフィリース殿に聞かれます。一角の部屋を借りてますので、そこで。リサにも聞かれないように防音の結界を張っています」
「わかった、いいだろう」
アノルンが滅多に見せない険しい顔をする。下手なことを言えば、アルベルトを殺しかねない程の表情である。2人は足早に部屋に入り、鍵をかけて向かい合う。
続く
次話は10/17(日)12:00更新です。