快楽の街、その234~ターラムの戦い⑬~
「・・・お前、ただの騎士じゃないな?」
「ただの騎士なら隊長になれませんよ」
再びフォーリシアが剣を振るったが、今度はグンツも対応する。目に見えぬ速度ではない。放たれる数撃の内から一つを選んで勢いを逸らすと、その腹を蹴りあげるべく足を上げる。だが蹴りあげた膝に手を置いてくるりと宙返りしたフォーリシアは、グンツの懐に着地した。剣を振るうには近すぎる距離。この距離では有効な斬撃や刺突は放てない。
グンツはフォーリシアの顔を息がかかるような近距離で見た。改めてみると、美しい女だった。短髪で揃えた、薄く緑の入った髪。伸ばせば、貴族でも通りそうな上品で整った顔立ちである。性格さえもう少し並みなら、興奮すべきところだが・・・待てよ、『緑』だと?
グンツが気づくのと、グンツの腹部に凄まじい衝撃が走るのは同時だった。フォーリシアが丸盾で殴ってきたのだ。
グンツはそのまま後方に吹き飛ばされ、三回転してようやく止まった。呼吸もできないほどの衝撃に、グンツが悶絶する。
「ぐぅうえええ・・・お前、魔術、士かっ」
「まぁ中途半端ですけどね。私は魔術士としても正式な訓練は受けていないので、魔術を上手く収束させることができません。せいぜい集めた大気を適当に放出するだけです。ただその形がどうなるかがわからないので、私は常に単騎での戦いが中心になるのです。味方まで殺しちゃいますから。
たとえば、こんなふうに」
再びフォーリシアが放った一撃は、今度は刃状にグンツを切り刻んだ。幸いにして四肢はつながっているが、そのうちの二つがかなり深く体躯を切り刻んでいった。魔王となった今でさえ、再生が一瞬ではできないほどの深手。先ほどの炎をしのいだのも魔術だとすれば、相性が悪いとグンツは理解した。この相手とは何の準備もなしに戦うべきではないと。
グンツが脱出の機会を伺うべくじり、と後退しようとした瞬間、そこら中から氷と炎の魔術が槍状になって飛んできた。飛ぶほどの再生ができていないグンツは、転がりまわりながらそれらを躱す。何発かが当たる中、グンツは致命傷を避けることには成功した。
事態を飲み込んだフォーリシアが無感情に挨拶を交わした。
「リアンノ、余計なことを」
「手柄を横取りするつもりはありませんよ、ただの援護です。ロクソノアが来る前に首級を挙げるがよいでしょう」
「興が醒めたわ。そういうの、嫌いです。保護者のつもり?」
「あなたの保護者になるほど老けてはいません。ならば我々でいただいてもよろしいか?」
「・・・いえ、いただけるものはいただくわ」
フォーリシアが再び剣を持つ手に力を込め突撃したが、もはやグンツに戦うつもりは毛頭なかった。フォーリシアの剣と打ち合うこともせず、全力で飛びのいたその動きが今までと違ったので、フォーリシアもリアンノも瞠目していた。見れば、グンツの下半身は六本脚の馬のようになっているではないか。それこそは、ファンデーヌに贈ってもらった魔獣のものだった。グンツはその魔獣の性質を取り込むことに成功していたのである。そう、かつてのファランクスのように。
「・・・面ぁ覚えたぜ、女ども。その股座に剣を突き立てて、ヒィヒィ言わせてやる。必ずだ」
「捨て台詞ですか。情けないですね」
「その通りだ。だが、俺はやると言ったら必ずやる男だ。これから背後と夜にゃ気をつけることだな。おれは執念深ぇ、それこそ蛇のようにな」
「それはいいですね。私は子どもの頃は蛇の頭を潰して回るのが日課でした。相性がよさそうですね、私たち」
「・・・マジで嫌な女だぜ」
グンツはそれだけ言うと身を翻して撤退した。残されたフォーリシアと紫騎士隊は戦闘行為を停止していたが、そこに青騎士隊がかけつける。
「大丈夫か? 遠目に戦っているのが見えたんだが」
「・・・ええ、問題ありませんよ。敵は撤退しました。こちらのオークも潰走しています。順次周辺の敵の掃討に移るべきかと思いますが」
「反対側からはオーダイン隊長が来ているでしょう。そろそろ姿も見えるでしょうから、合流してから指示を仰ぎましょう」
「それなんだが、メルクリードがと赤騎士隊が逃げた敵の大将を追いかけている。放っておいていいと思うか?」
「メルクリードが?」
リアンノは一瞬逡巡したが、結論は早かった。
「ロクソノア、紫騎士を半分預けます。残り半分で私はメルクリードの後詰を行いますから、オーダイン団長に報告したら増援をください。どうにも嫌な予感がします」
「おいおい、なら後詰は俺の方がよくないか?」
「混乱した戦場では、私たちの方が正確に狼煙を揚げることができます。それに青騎士隊なら、後から追いかけても追いつくことができますから」
「ならしょうがないが、無理はするなよ? お前が死ぬと、団長が悲しむだろうからな」
「ふっ、それこそ過保護というもの」
リアンノは鐙を蹴って走り出した。先ほどの魔王が追いつくとしたら、挟み撃ちになるのではないかと懸念したのだ。メルクリードの強さは知っているが、戦場に漂う不穏な空気を考えると、不測の事態に備える必要があると考えたのである。
***
エアリアルは騎馬部隊を率いて、昨晩から城外に潜んでいた。ターラムの周辺は街道整備がなされているため、人が潜めそうな森や藪は伐採されている。見晴らしを良くして物盗りを防ぐためだ。一見して一部隊が潜むことなどできそうにもないのだが、丘陵の段差と窪み、さらにはちょっとした茂みと隠れ蓑を利用して、10数名の部隊を昨晩から潜ませているのだった。
オークは前進を始めると後ろは全く見ないのか、丘を乗り越えてもこの場所を散策することはしなかった。拍子抜けするような事態にエアリアルも驚いたが、もちろんアルフィリースの指示であるし、読み通りである。
果たしてこんな危険を冒してまで少数の伏せ勢を置くことが必要なのかとエアリアルですら勘繰ったのだが、アルフィリースは万一に備えてと言っていた。そしてターラム内と連絡が取れなくなったら、独自の判断で動くようにとのことだった。何をさせたいか不明だったが、今なその意図がある程度わかる。やや高いところにあるこの場所は、オークが前進した後にはその陣地を全て見渡せる場所へと変貌するのだ。どこに敵の本陣があるのか、丸見えなのだ。昨晩アルフィリースが仕掛けた夜襲の跡が発覚すると、オークは包囲網を少し下げた。
そのせいで、よりエアリアルは本陣に襲撃をかけやすくなった。
「ここまでの展開を読んでいた? まさかとは思うが、アルフィならありえるな。ここからなら敵の本陣も急襲できるが、さて」
いくらエアリアルが腕に自慢があろうが、3000体からのオークの群れに突撃するのは無謀だ。一撃離脱の戦術ならとれそうだが、敵の大将だけを正確に狙う必要がある。オークたちが前進すると、エアリアルは慎重に全体を見渡した。敵の急所を正確に見定めるためだ。
そのうち、風に乗ってドラグレオやカラツェル騎兵隊の襲来を察知することができた。エアリアルは戦いの趨勢を見ながら、オークが潰走するのをじっと観察した。数の差をものともしない騎兵の勇猛さに感心しながら。以前青騎士たちとは邂逅したことがあるが、ぜひとも一度手合せしたい相手である。
続く
次回投稿は、2/18(土)18:00です。