快楽の街、その233~ターラムの戦い⑫~
そして一方、グンツは一直線に緑騎士隊の方に向かっていた。目標の人物である、隊長らしき人間の前に出ると、予想が当たったとばかりに下卑た笑みを浮かべていた。乱戦のせいか、おあつらえ向きに一人だった。
「へへへっ、やっぱり女か」
「・・・どちらさまで?」
オークの群れに紛れて突然現れた人間の男。その不敵な笑みと恰好から仲間でないことは確かだったが、こんな戦場に現れた意味がわからない。だが剣が血に濡れていることを考えると、既に仲間の何人かは斬られたかとフォーリシアは考える。
そこに興奮したオークが突っ込んできた。オークは戦闘状態になると味方の分別すらなくなる時があるが、まさにそれだった。オークは男に襲い掛かったが、そのオークを後ろ手に男は斬り倒した。
全く躊躇のない一撃。フォーリシアは怪訝そうに男に問いかける。
「そのオーク、味方なのでは?」
「あぁ? なんでこの豚が俺の味方なんだ? 会話もろくに通じなけりゃ、何考えているかもわからねぇ。こんなのは仲間って言わねぇんだよ」
「なるほど、一理あります。ではなぜあなたはここに?」
「決まってんだろ、お前でお楽しみするためだ」
べろりとグンツが舌を出した。血の付いた剣を舌なめずりするその様はそれだけでおぞましかったが、フォーリシアは平然と返した。
「お楽しみ? それはどういう意味合いで?」
「・・・は? あれか、お前。頭の中身がちょっと残念なのか?」
「残念でしょうか? 回りには少しずれているとは言われますが、頭の回転は悪くないと思います。お楽しみとは、私を女性として見た場合でしょうか? それとも戦士として?」
「女戦士相手だぞ? 両方に決まってんだろうが! 俺はなぁ、女の分際で戦場にしゃしゃり出るような生意気で世間知らずな女がな、泣いて許しを乞うのを無茶苦茶に犯しながら切り刻むのが大好きなんだよ!」
ひゃはは、と笑うグンツも意に介さずフォーリシアはさらに淡々と告げた。
「あまり大きな声で自慢にされるような趣味でもないと思いますが。あなたの方こそ、頭の中身が膿んでいらっしゃるのでは」
「言われなくても、生まれつき腐ってんだよ!」
「はぁ、そうですか。ちなみに私は処女ですので、前者の意味合いとしては期待に応えられないと思います。後者の意味でなら、それなりに自信はありますが」
「なんだって?」
「まあ、つまり、こういうことです」
フォーリシアが馬上から踊るように斬り込んだ。その速度に面喰ったグンツは思わずその剣を受けてしまう。さすがに膂力では劣るが、受けた瞬間に剣が三度切り返されて打ち込まれたのには驚いた。戦場でも滅多に経験しないほど速い剣だ。グンツの目が色めき立つ。
「やるじゃねぇか! 前にやりあった男の隊長よりマシじゃねぇの!?」
「男の隊長・・・前隊長を殺したのはあなた?」
「そうだと言ったら?」
グンツはへらへらしながらフォーリシアの反応を待った。無感情で無反応に見える女だが、これには顔色を変えると思ったからだ。怒りは良い絶望の味付けになる。そら、怒りを見せてみろと内心で挑発したグンツの期待はあっさりと裏切られた。
「ありがとうございます。おかげさまでお給金が二倍になりました」
「いえいえ、どういたしまして・・・って、礼を言われる筋合いはねぇぞ?」
「それがあるのです。私としては以前の序列は不満でして。そもそも私よりも弱い男が、どうして隊長なのかと。確かに指揮官としてはそれなりでしたが、隊長の選出方法に問題がある。純粋な戦闘能力だけでなく、森林馬上技術と、この丸盾を用いた戦闘術が緑騎士の伝統なのだとか。私にしてみたらたまたま配属されたのが緑騎士隊というだけで、別に森林馬上が得意というわけではないのに。というか、私の戦いに馬は邪魔です」
「ならなんで、お前はカラツェル『騎兵隊』にいるんだよ!?」
「性格破綻者だと言われて、騎士団を追い出されたからですよ。そんな私が、騎士よりも騎士らしい傭兵団で頂点に立つ。その時の私の故郷の騎士たちの顔を思い浮かべると、さぞかし痛快じゃないですか、ねぇ?」
その時初めてフォーリシアの顔が動いた。にぃ、と吊り上がった口の端を見て、グンツはああ、この女は同族かと納得した。だからこの戦場でも真っ先に目に入ったし、紛れもなくこの女はクズの部類に入る傭兵だと。グンツは同族に会った昂ぶりよりも、急速に自分の熱が冷めていくのを感じていた。
「・・・なんだかどうでもよくなってきたな」
「そうですか? 私もお金にならない戦いは嫌いですが。あなたの顔、手配書で見覚えがあります。確か『槍に絡む蛇』とやらの隊長では? 以前仕留められたと報告が上がりましたが、生きていらっしゃるのなら相応のお金になりそうです。生死を問わず、でしたか。ちょっと捕まっていただけるとありがたいですね。その後は脱走していただいても構わないので、小遣い稼ぎに口裏を合わせていただけると助かるのですが。確か仕留めてから生存報告があがると、賞金総額が上昇する仕組みなので」
「なんで俺がそんな面倒くせぇことをしなけりゃならねぇ。死ねよ、おめー」
グンツが突然業火を吐いた。ファランクスの能力を用いた業火は、人間なら一瞬で消し炭になる。グンツは火力とは裏腹に冷めた目でフォーリシアのいた方向を見つめていたが、その業火が収まった時、フォーリシアが平然と立っているのを見て再度興味をひかれた。
続く
次回投稿は、2/16(木)18:00です。