快楽の街、その232~ターラムの戦い⑪~
「お前の腕なら邪魔だったかもしれんがな、ヴァランド。頭を三つ同時に射抜くつもりでいたのだろう?」
「その通りだが、それで止まったかどうかは賭けだな」
「そう思うのなら、こんなところで賭けをする必要はない。あいつにとってこの戦いは遊び半分だ。命を懸けるだけ馬鹿らしいぞ。
起きろ、魔物。その程度ではくたばらんはずだ」
「ばれてたべ」
ケルベロスがむくりと起き上がった。先ほどメルクリードの槍を受けた左腕は骨が折れたのかぶらぶらと垂れ下がっていたが、その腕がみるみるうちに戻っていく。目も潰されたはずなのに、もう再生していた。刺さった矢も、傷が塞がるにしたがって自然と押し出されていく。
初めて魔王級の魔物を見る騎士たちが驚く中で、メルクリードは冷静だった。
「奴の再生力は一級品だ。おそらくは体を両断されても、すぐに死にはすまい」
「しぶとさだけは自慢だがらなぁ。折檻されまくったのがここで活きてるべ」
「んだんだ。アノーマリーの折檻にくらべりゃ、こんなの温泉みたいな気持ちよさだべ」
「ならばどうする? その自慢の再生力で俺たちを殺し尽すまで戦ってみるか?」
「いや~どうすっがなぁ~?」
ケルベロスは悩む素振りを見せたが、突如として周囲にいたオークを掴むと、メルクリードめがけて投げつけた。メルクリードは苦も無くそれらを打ち払ったが、その隙にケルベロスは逃げ出していた。その素早さたるや、脱兎のごとく。
やや周囲が唖然とする中、ケルベロスの逃げ口上が遠くから聞こえてきた。
「今日はこの辺にしといてやるべ~」
「・・・なんてありきたりな」
「追うのも馬鹿馬鹿しいな。ターラムの救出を優先するか?」
「そうですな。たまたま我々がこの近くで演習していたからよいようなものの、別段ターラムから正式に依頼されたわけではなし。大物はどうやら誰かが倒して回っているようですし、適当に倒してターラムの議会に費用を要請しては?」
「・・・いや、俺は奴を追う」
メルクリードの言葉に他の三隊長が驚いた。魔王級の首は確かにギルドに申請すれば高額になるが、手配書が出回る前ではその価値が落ちる。今回の戦を受けてギルドではその手級の額が設定されるだろうから、その後の方が稼ぎにはなるだろうからだ。メルクリードは傭兵らしく金にならない余計な仕事は滅多に請け負わない。また争いを好まぬ性格であることも、誰もが知っている。それが自分から追撃を申し出るとは。
メルクリードは淡々と語る。
「あれは生かしておかん方がよい魔物だ。今日何としても殺す」
「おいおい、お前ともあろう者が物騒だな。どうしてそんなにこだわる?」
「お前たち、人間は貧弱な種族だが大陸を席巻している。種族としては覇者と言ってもいいだろう。素手の殴り合いならゴブリン以下とも言われる種族が、そこまで領地を拡大したその理由がわかるか?」
「・・・なんだ?」
「人間は学び、成長する。欠点を補い、次々と新しい戦い方を模索する。そして恨みを忘れない。やられたことは子々孫々まで受け継ぎ、復讐することもしばしばだ。それが他の種族にはほとんどない。
だがたまに、人間のような魔物が出現する。知性が高く、敗戦を糧とする奴だ。あの魔物はその類だ。魔王ほどの力を持ちながら、躊躇なく逃げてでも生き延びようとする奴が一番怖い。ああいうのは、放っておくと大魔王級にまで成長することがある。今殺すべきだ」
「まるでそんな魔物を見たことがあるかのような物言いだな」
「・・・昔な」
メルクリードは詳しくは語らなかったが、指示は素早く出した。
「ロクソノア、リアンノとフォーリシアの援護に迎え。ゴートはここの掃討を引き続き行ってくれ、オーダイン総隊長が来たら合流して確実に掃討しろ。ヴァンランドは周辺の哨戒だ。他にオークたちが隠れていないか、街道を中心に確保しろ。
赤騎士隊は俺と共にさっきのオークを追う。行くぞ!」
メルクリードの号令の元、一斉に騎士が動き出した。その際に他の隊長がぼやく。
「なんだかメルクリードが総隊長みたいだと、時々思うんだよなぁ」
「ああ、実に気に喰わん。気に喰わんが・・・」
「メルクリードが本気で指示を飛ばす時は、たいていよくない戦いの時が多い。大人しく言うことを聞いた方が身のためだ」
「わかっているんだけどなぁ・・・追撃なら青騎士隊の方が向いているはずなのに、なんだか釈然としないんだよなぁ」
ロクソノアはぼやきながらも、言われた通り紫騎士隊と緑騎士隊の援護に向かったのだった。
続く
次回投稿は、2/14(火)18:00です。