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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その231~ターラムの戦い⑩~

 頭が三つある異形のオークに少々驚いた騎兵だが、悟られぬようにロクソノアが呼びかける。


「お前が大将か?」

「一応そうなるべか」

「名は?」

「ほほう、これが人間世界の名乗り合いってやつだか!? おらはケルベロスだべ。見てのとおりちょっと普通のオークとは違うだがな」

「違いすぎるだろ。魔王か?」

「魔王、って言うのかなぁ? 俺たち出世したんだべなぁ、ドグラ?」

「もちろんだべダグラ。ただの使い走りオークじゃあ終わらねぇべ!」

「ガルッ!」


 息巻いたドグラは、真ん中のポチに頭をかじられた悲鳴をあげた。そのやり取りを見てゴートは馬鹿馬鹿しいと思ったのだが、あまりのふてぶてしさにロクソノアは不気味だとしか思わなかった。

 

「ゴート、二人がかりでやるぞ。名乗り合いは不要だ」

「うん? それでいいのか? どちらが先にやり合うか決めるのだと思っていたが」

「そういう類の敵じゃないな。全力で今すぐ叩き潰すべきだ」

「まぁ俺は構わんが。とどめを刺した方が勝ちということでよいかな?」

「好きにしろ」

「いでで! やめるべ、ポチ!」


 騎馬隊を目の前にポチがドグラの頭をかじるという内輪揉め(?)をするケルベロスだったが、突如としてロクソノアが予告なく斬りかかった。愛馬を躍らせ風のような速さで斬撃を放つロクソノアだったが、その剣はケルベロスの分厚い腕で止められていた。


「おおっと、油断ならないべ。名乗り合いはもういいだか?」

「それは騎士どうしが、尋常な果し合いの時にやることだ。お前は魔物、俺たちは傭兵。不要だ!」

「ゲハハ! それもそうだなぁ。卑怯、不意打ち大歓迎だっぺ!」

「良い覚悟だ、気に入ったぞケルベロスとやら!」


 ゴートが反対側から棍棒を振り下ろす。それを反対の腕で受け止めたケルベロスが、その威力に体が揺らぐ。


「むぅ? 人間のくせに馬鹿力だべな!」

「お前こそさすが大将だ! 俺の棍棒は、オーガでも防げば腕ごと頭を潰すのだがな!」


 ロクソノアとゴートが飛びのいた瞬間、投げ槍と投石ボーラによる攻撃が開始された。それは巨大なイノシシを狩りで仕留めるかの如き容赦のない攻撃だったが、ケルベロスにはさして有効ではないようだ。


「うっとうしいべ!」


 ケルベロスはボーラの一つを掴んで無造作に投げ返すと、青騎士の一人に命中し、彼はそれきり馬の上で蹲るようにして動かなくなった。そしてケルベロスが地面に刺さった投げ槍の一つを掴んで投げると、槍は唸りを上げて茶騎士の一人に襲い掛かり、馬ごと騎士を串刺しにした。

 恐るべき膂力にひるむかと思われたが、騎士たちは一糸乱れず攻撃を繰り返す。その数の多さに、さすがのケルベロスも辟易した。


「あでで、あでで! さすがに痛いべ!」

「こんな時は、覚えたての能力だ! クベレーに改造してもらった、あれを試すべ!」

「おうともさ!」


 ドグラが大きく息を吸うと、彼の口からは業火が放たれた。突然のブレスに馬たちが驚き、何人かは炎に包まれた。そしてダグラの方は吹雪を吹いていた。一瞬で凍り付くほどではないが、足が凍った馬のせいで騎士たちはその場に釘づけとなった。その騎士達めがけてケルベロスが突進すると、彼らの多くは受け身も取れず粉砕され致命傷を負っていた。


「こりゃあいいべ!」

「だけど口が熱い! 舌が火傷したべ」

「おらも口の中が凍り付いたべ。やっぱりブレスを出すならポチだべなぁ」

「ワンッ!」


 ポチが突然汚泥のような液体をまき散らした。吐瀉物にしては多すぎる量だったが、それらをかぶった騎士たちは鎧の有無にすらかからわず煙を上げて溶け始めた。肉の焼けるような生臭い匂いに、さしもの騎兵隊も混乱を呈した。


「うおお!」

「いかん、散開しろ!」

「この魔物!」


 それでも闘争心を失わないのは素晴らしいことだが、隊列の乱れた騎士たちの攻撃はケルベロスにとってさほど脅威ではない。無造作に突撃してきた騎士の一人を捕まえようと伸ばしたケルベロスだが、その瞬間ドグラとダグラの目に同時に矢が刺さった。


「ぎゃん!」

「いでぇ!」

「今のうちに隊列を整えるがよろしかろう!」

「ヴァランドか!」


 矢を放ったのは黄騎士隊長ヴァランド。弓矢の名手である彼が放った矢がケルベロスを後退させていた。一瞬の隙をついて隊列を立て直し、負傷者を下がらせる騎兵隊。ケルベロスが矢を抜いて叩きつけたが、その瞬間に雨のように矢が降ってきた。

 ドグラとダグラは後退しようとした。だが激昂したポチが、無理矢理前進したのである。


「グルルゥ!」

「ああっ、やめろポチ!」

「罠だべ!」


 突撃したケルベロスの前に、隊列を組んだ黄騎士隊が出現した。彼らは全員が弩を装備していた。


「放て!」


 20本を超える矢が一斉に放たれる。針山のように串刺しになったケルベロスだが、それでも前進を止めはしない。頭部だけを守ると、構わず前進する。

 弩は装填に時間がかかる。茶騎士の鎧すら突き破る矢をこれだけ受けて前進してくる相手は初めてだったが、ヴァランドは微動だにせず強弓を構えてその頭部に狙いを定めた。ヴァランドが矢を放たんとしたその時、ケルベロスの巨体が宙に吹き飛んだ。目の前で破城槌でも打ち込んだかのような衝撃派が発生し、舞った土煙で馬たちがいななく。


「ヴァランド、無事か?」

「メルクリード。一応礼を言おうか」


 赤騎士メルクリードがいつの間に割って入っていた。何が起こったのかほとんどの者はわかっていなかったが、ヴァランドは見ていた。ただメルクリードは槍の横腹でケルベロスを殴りつけただけなのだ。

 いつ見ても不思議なことだが、この小兵のメルクリードのどこにこんな力があるのかとヴァランドは思う。戦場を共にすることは滅多にないのだが、逆に言えばメルクリード本人が戦うような戦場は相当厳しいことが多い。

 それにしてもオークよりも二回りは大きいケルベロスを吹き飛ばしておきながら、飄々としたメルクリードの姿がなんと似合うことか。



続く

次回投稿は、2/12(日)18:00です。

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