快楽の街、その230~ターラムの戦い⑨~
そして先頭ではロクソノアとゴートが併走していた。
「ロクソノア! どちらが首を多く上げるか勝負せぬか!?」
「やめとくぜ! オークの首なんざ自慢にもなりゃしねぇ! それより、どちらが敵の大将を獲るか競わねぇか!?」
「なるほど、それがよい! ならばメルクリードが来ぬ間に勝負せねばな! あ奴が来るといつも勝負にならん!」
「同意だ! じゃあ先に行くぜ!」
「あ、待て! ずるいぞ!」
「俺たちは速度が勝負だからな! 青騎士隊、続け!」
ロクソノアが頭上に挙げた剣を振り下ろすと、青騎士隊は一気に速度を上げた。馬の性質が元々違うし、軽装の青騎士隊と重装騎兵の茶騎士隊ではどうしたって速度が違うのは当然なのに、ゴートはそれでも悔しがる。
「ずるいぞ、ロクソノア! いつも先んじよってからに! 我らにも獲物を残しておけよ!?」
ゴートが喚き散らすのをかすかに聞きながら、ロクソノアは集中力を高めていた。
「さて、久々の大きな戦いだな。どんな戦になりますか」
口調とは裏腹に、そしてリアンノが思うよりもロクソノアは冷静だった。戦の高揚にかられて突っ込むだけの馬鹿ではない。自分は数百の部下を預かる隊長なのだ。オークの体格なら馬の突撃でなぎ倒せる数も知れているし、軽騎兵としてはうまくない。ロクソノアは手の合図で併走する騎士達に命令を出すと、それぞれが手槍を出し始めた。
「投擲用意!」
「用意!」
号令が次々とかかり、騎士達が一斉に構える。ロクソノアは剣を頭上に掲げると、オークと衝突するその直前で剣を右に下ろした。
「転回!」
その合図で直角に右に曲がる青騎士隊。衝突戦としたオーク達は目の前の敵が逃げたと思ったが、その代わりに槍が雨のように降ってきた。青騎士隊は突っ込む速度を利用して槍を投げ、一投離脱の形をとったのだ。
「ブガ!?」
「ギヒィイイイ!」
突っ込もうとしていたオークの先頭は、槍に貫かれて次々と倒れた。後ろのオークは急には止まれず、味方に毛躓いて転んでいく。その頭上からさらに槍が降り注ぐ。オークの先頭にいた連中の血気盛んな叫びは、一瞬で悲鳴に変わった。
そのまま青騎士隊はオークと絶妙な距離を保ちながら、投擲を続けた。オークが走るよりも青騎士隊の方がはるかに足が速い。オークたちは一方的に攻撃されて数を減らしていく。
そして最初にぶつかる勢いが殺されたところに、茶騎士隊が突っ込んできたのだ。
「はっはあー! よいぞロクソノア! 素晴らしい援護だ!」
茶騎士隊は正面から突っ込んだ。茶騎士が駆る馬は通常の倍の大きさだ。オークですらその突貫を止めることはできないほどの、重量ある突貫。馬までも鎧を着こんだその重装騎兵に、ろくな武器を持っていないオークは蹂躙されて、踏み潰された。
茶騎士が突っ込むのを見て、オークも動きが止まる。まだ距離があるオーク達も、逃げる青騎士と向かってくる茶騎士のどちらに攻撃すべきか迷っている。その隙をロクソノアは見逃さない。
「別に援護じゃねぇんだけどな! ここだ、俺たちも突っ込むぞ!」
一部のオーク達が側面を見せたのを確認し、青騎士隊が再び急転回した。一丸となった突っ込みながら、左右に投げ槍を放ってオークの軍団に穴をあけていく。オークの軍団は青騎士と茶騎士によって一方的に倒される形となった。
その様子を後方からケルベロスが確認した。
「ありゃあ~。確かに凄い練度の兵だべな。こりゃあちょっと鍛えたくらいじゃどうにもならんなぁ」
「だから言ったじゃねぇか。オークじゃあ万の兵を訓練していても、真っ向から戦うのは難しいぞ?」
「だべなぁ。精鋭ってのはこういうことか。だがこのままではいかんべ。おい、お前ら。十人一組になって、俺が合図したらしゃがむんだべよ!」
ケルベロスの怒号が響いた。何百のオークに聞こえたかはわからないが、聞こえた範囲のオークはすぐさま動いた。その素早さにグンツはやや感動する。
「おお、オークが言うことを聞いているぜ。お前、やるなぁ」
「ほ、褒めるんじゃねぇべ」
「照れるなよ、気持ち悪ぃ」
もじもじして照れ隠しをするケルベロスに、グンツが悪態をついた。だが合図だけはケルベロスも逃さない。ある程度青騎士隊と茶騎士隊が斬り込んだところで叫んだ。
「今だぁ!」
ケルベロスの号令と共に一斉に数百のオークがしゃがむ。ケルベロスは目の前で突然しゃがまれると驚く馬の性質を利用しようとしたのだが。
「うおっとぉ!」
「はっはぁ! なんだそれは!」
青騎士隊はその頭上を飛び越え、茶騎士隊は何事もなかったかのようにオークを踏みつぶした。騎馬は操る者によってその能力する変わることをケルベロスは今知ったのだ。
グンツが呆れかえる。
「敵を褒めるべきか、お前の指揮がだめなのか・・・どうすんだ、なぁ?」
「・・・いや、これでいいべ。先頭の二人が敵の指揮官ってことでいいんだべな?」
「ああ、どっちも有名な奴だが・・・おい?」
いつの間にか、ケルベロスが両手に人の頭ほどの石を持っていた。その両腕の筋肉が凄まじく隆起する。
「ちょうど障害物がなくなっていい感じだべ!」
ケルベロスの両腕から大砲のごとく放たれる石。矢よりも遥かに速く正確に、ロクソノアとゴートの頭めがけて飛んでいったが、ロクソノアは咄嗟に馬から飛び上がって躱し、ゴートはその石を持っていた棍棒で弾き飛ばしていた。
「ロクソノア隊長!」
「危ねぇ! 思わずよけちまったが、誰も被害ないか?」
「たまたま射線上には誰もいませんでした。むしろオークたちが数名吹き飛んだようですが」
「ならいい。あれが敵の大将だな」
青騎士隊の進撃は一度止まったが、すぐにケルベロスを認識すると、取り囲むように動き始めた。茶騎士隊も同様である。
「ゴート隊長、ご無事で」
「・・・もちろんだが、少々手が痺れているか。全員に大盾を装備させろ。防御重視の陣形で本陣にいる大将付近に寄せるぞ」
「はっ!」
ゴートもまた慎重に進行を再開した。困ったのはケルベロスである。
「ありゃあ? あれでもダメかぁ」
「思ったよりも警戒してやがる。奇襲の類は通じねぇな」
「手伝ってくれよぉ、グンツ」
「嫌なこった。ムサいのは範疇外でね。俺はあっちと遊んでくらぁ」
グンツの視線の先には緑騎士隊の指揮を執るうら若い女子と、紫騎士の隊長がいる。緑騎士の新しい隊長がどんなものかと注目していたら、思わぬ拾い物だ。あからさまに処女臭い、あどけなさが残る表情が気に入ったのだ。さぞ壊し甲斐があるだろう。
「撤退する時は呼べよ? んで、ちっとはもたせてくれると嬉しいんだがね」
「なんでオラがお前の遊ぶ間待たなきゃならねぇべ」
「けけっ、それもそうか! じゃあ適当にやろうぜぇ。3000もいりゃあ半刻ぐれぇもつだろう。一発やるにゃあ十分だ」
「半刻もあったら、ついあいつら殺しちゃうべ」
そんな会話で別れるケルベロスとグンツ。もはや周囲は乱戦状態となっており、ケルベロスの周りには護衛のオークはほとんどおらず、ケルベロスはロクソノアとゴートの精兵に囲まれることになった。
続く
次回投稿は、2/10(金)18:00です。