快楽の街、その229~ターラムの戦い⑧~
「マジかよ・・・カラツェル騎兵隊じゃねぇか。ここで来るか!」
「それはなんだべ?」
「最強の傭兵団の一つと呼び声高い傭兵団だ。傭兵のくせに全員騎兵で、正規の騎士団でもどこも勝てないって評判の、強者揃いの騎馬隊だ。特に先頭を駆けてくる連中は青の騎馬隊。速度だけなら随一だが・・・その後ろに続いてやがるぜ。赤、茶、黄、紫、緑・・・黒? 本隊もいるってのか?」
「そりゃあなんだ?」
「七色全て、カラツェル騎兵隊5000名勢揃いってことだよ! ははっ、初めて見るぜ。あれだけで一国の騎士団全てに匹敵する戦力だ」
「ほほう?」
驚くグンツを、ケルベロスがどこか楽しそうな目で見た。そしてあろうことかずいと前に出たのだ。
「何するつもりだ? 後は撤退するだけだろ?」
「いやー、一戦もやらねぇで逃げるのはどうかと思っていたんだぁ。一戦くらいやりあってもバチは当たらねぇべ。ここまで出てきておいて、血を見ねえってのはどうもなぁ?」
「よしとけ。オークの集団じゃあ、一刻ももたねぇぞ」
「オラが生きてりゃいいんだべよ。ちょっと遊んでくらぁ。お前も来るか?」
「そうだな――」
グンツは考えた。名前も覚えちゃいないが、緑騎士の隊長は以前始末した。他の団長を相手にしても後れを取る気は毛頭ない。むしろ楽しみですらあるが、平地での集団騎馬戦は彼らの最も得意とするところである。連携も怪しいオークの群れで突っ込むのは自殺行為だとは思う。
だが、ここまで昂ぶった気分を一人で押さえられるだろうかどうか自信がない。処女でもしこたま抱いてぶち壊せば多少は気が晴れるかもしれないが、そんな予定はこの後しばらく立てられそうもない。
グンツは決断した。
「・・・よっしゃ、俺も突っ込むとするか。こりゃあ祭りみたいものだしな」
「その通りだべ。同じ祭りなら殺らなきゃ損々」
「なんだそりゃ?」
「オークの祭りの時の歌だべ。7番まであるだども、聞きたいだが?」
「いや、いらねぇ」
「生贄になる人間以外で聞けることは滅多にないがら、もったいないんだがなぁ・・・」
なぜが心底残念そうにしたケルベロスに先んじるかのように、グンツはカラツェル騎兵隊に向かって行ったのである。
***
「順調だな!」
「張りきり過ぎぬことだ、ロクソノア。いかに機動力に秀でた青の騎兵隊とはいえ、単独先行すれば全滅もありえる」
「オークの群れに遅れをとる俺らだと思うか、ヴァランド?」
「思わないからこそよ、ロクソノア。ヴァランドの忠告は聞くべきだわ。このオークの動き、王種がいてもおかしくない」
「っていうか、確実にいるだろ? このデカブツは相手にしていないが、こんなのが大量発生するような事態、間違いなく超大物がいるさ! 戦い甲斐があるってものだ!」
「はーはははは! このゴートもロクソノアに同意だ! リアンノ殿は心配が過ぎる! 我々が勢揃いして負けたことがあるかね!?」
「・・・これだから頭に血が上った男どもは。勢ぞろいするような事態だからこそ心配なのよ。フォーリシア、あなたは冷静にね。初陣で馬鹿に付き合う必要はないわ」
「はい、もちろん」
血気盛んな青騎士ロクソノアと茶騎士ゴートにため息をつきながら、紫騎士リアンノは新しく緑騎士隊隊長となったフォーリシアに優しく声をかけた。前隊長ウーズナムの右腕であった女騎士は、そのまま昇格して隊長となったが、隊長となってからは初めての本格的な戦いである。騎士としての能力に問題がなくとも、指揮官として優れているかはまた別問題。全騎士隊が勢揃いするこの戦いだからこそ、リアンノが上手く補佐をしようと思っていた。場慣れするには絶好の機会だからだ。
そこに来て、頭に血が上った大隊長達である。茶騎士ゴートはいつものことだが、青騎士ロクソノアまで同じとは。いかに大きな戦いとはいえ容易くのぼせ上がるようではと、リアンノは軽く眩暈を覚えそうになっていた。これも団長のオーダインが全員集合などをかけるから、隊長格までもが鼻息が荒くなっているのだ。
今後大がかりな戦があるかもしれないから、久しぶりの全体での演習を行うと言われて高揚したのはリアンノとて例外ではないが、演習もままならないうちにまさか本番が来るとは誰も予想しえなかった。オークとはいえ、目測ではこちらの十倍からなる戦力に突っ込んでいるのだ。夕闇を利用してこちらの戦力を悟らせないようにしないと、全滅もありえる戦いだ。リアンノは興奮よりも不安の方が大きいくらいだった。
そこに赤騎士メルクリードが追いついてくる。
「リアンノ、敵本陣の位置はこの方向で間違いないか?」
「はい、メルクリード。この進路のまま直進で間違いありません。敵本陣、数は3000強。後方に、非常に強い生命力をもった敵が二体」
「数だけなら撃滅は容易いが、大将が問題だな。どのくらいの大物だ?」
「ギルドで討伐依頼が出れば、数十万の値がつくかと」
「なるほど、滅多に出くわさない大物だな」
紫騎士リアンノは魔術とセンサーの組み合わせでもって偵察をするのが主な任務である。率いる騎士達もどれも多少なりとも魔術が使える騎士達。大陸でも非常に珍しい魔術騎士団を率いるリアンノは、カラツェル騎兵隊の生命線でもある。リアンノが先行して敵本陣の数を告げねば、まさか本陣急襲による一気撃滅などの作戦は立てられはしなかった。
メルクリードが無表情でリアンノ言葉に頷いたのを見て、リアンノは溜飲を下げた。戦闘において最も過酷な戦いをすると言われる『血戦のメルクリード』。その戦い方とは裏腹に、本人はいたって冷静な人物だ。リアンノはそれなりに長身だが、それでも女性であるリアンノより頭一つ小さく、鎧を脱げば少年とも間違われるメルクリードがカラツェル騎兵隊最強などと、誰が信じるだろうか。そして、自分が子供のころから赤騎士隊の隊長であるなどとは。
メルクリードが静かな声で告げる。
「このままロクソノアとゴートに突っ込ませる。お前はフォーリシアと共に市壁側から回って側面をつけ。敗残の敵がいたら一匹も逃すな。俺はヴァランドと共に左側面から突っ込む。方錐の陣三本立てから、鶴翼の陣による囲い込みだ。殲滅が目的だが、お前と私の隊はそのまま背後に回り込む。大型の魔獣は無視しろ。騎兵ではどうにもならんし、速度が殺される。囲まれればやられるのは我々だ」
「正面から打ち破るのでは?」
「私の予想だと、本格的な戦いになる前に、おそらく敵の中心は撤退する」
「なぜ?」
「オーダイン団長も同意見だが、敵の動きは統率が取れていなさすぎる。ここまで突破した時に反撃がなさすぎるのもそうだ。こいつらは捨て駒か死兵だ。敵にやる気がなさすぎる。だが、魔物は一兵も逃がすつもりはない。あとはわかるな?」
「ええ、オークなど人間には百害あって一利なし。見つけた端から殺すべきです」
「ブラックホークには例外の奴もいるがな。死兵といえど油断するな、まだ何があるかわからんからな。さて、ディオダイン。暴れるとするか」
「ブルル!」
メルクリードが駆る馬が鼻息荒く応える。そしてメルクリードは面体を下ろすと、槍を高々と掲げた。赤騎士隊が歓声で応え、メルクリードの槍の先に向けて進路を切った。いつみても一糸乱れぬその統率ぶりが見事で、リアンノはしばし赤騎士隊の進路を見守った。
「赤騎士隊の進撃を止めた相手はこの20年、一度もなし。あちらは心配するだけ無駄ね。さて、私達も遅れないように突撃しないと」
リアンノが手を挙げると、併走する騎士が火の魔術を上に打ち上げる。合図代わりのその魔術で、紫騎士隊も赤騎士隊と逆に進路を切った。
続く
次回投稿は、2/8(水)18:00です。