死を呼ぶ名前、その11~魔術戦~
【我が血を喰らえ火の精霊】
先手を取ったのはアルフィリース。自身が使えるもっとも強い威力の魔術の詠唱に入る。かつてルキアの森で戦った魔王を焼き尽くした魔術である。だがそんなアルフィリースを見て、小馬鹿にしたように鼻で笑うライフレス。アルフィリースの詠唱を確認してから、自身も詠唱に移る。
「(何を唱えるつもりか知らないけど、魔術は先に詠唱した者勝ちよ。ましてこの魔術の威力はともかくとして、手数で上回る魔術など――)」
【我が血を啜れ水の精霊】
「!?」
詠唱の頭文字を聞いたアルフィリースが驚愕の顔を一瞬し、直後、蒼白になった彼女は詠唱を急ぐ。
「(まさか?)」
頭によぎる悪い予感。それを振り払うかのように詠唱を続けるアルフィリース。
【集いし精霊を分けて分けて虚ろなる器に収めて舞い遊ばす。我、舞いし精霊にさらなる贄を捧げん。】
【集いし精霊を注ぎて注ぎて空なる盃に溢して澱み捉える。我、捉えし精霊にさらなる贄を捧げん。】
「(やれるか?)」
ライフレスよりも、アルフィリースの詠唱の方がまだ早い。これなら発動時間の差で押し込めるはず――アルフィリースはその可能性にかける。
《炎獣の狂想曲!》
《氷像の鎮魂歌!》
アルフィリースの足もとから立ちあがる炎の獣たちが、ライフレスの喉笛と喰いちぎらんと突貫する。だがライフレスの足元からは様々な獣、あるいは海生生物、鳥、中には人型――などの氷像が次々と構成され、アルフィリースが放った獣たちを次々と叩き伏せた。
「(後だしで私の魔術と互角。それにあの氷像の種類の多さ! 魔力・構成力、共に私より上か)」
アルフィリースが実力差をただの一撃で感じ取り歯ぎしりしていることに気がついたのか、ライフレスがうすら笑いを浮かべた。思わず頭に血が上るアルフィリース。
「なめるな!」
【風の精霊ジルフェよ。集いて来たりて剣となれ、剣を鍛えて捲と成せ】
【大地の精霊グノームよ。集いて来たりて牙となれ、牙を分けて大蛇と成せ】
「(こいつっ!)」
アルフィリースの目の前には、目に見えるほどの風の塊が螺旋を描いている。一方ライフレスの目の前には、地面が隆起し、大蛇を模した土塊が何匹も頭をもたげている。
アルフィリースは一息大きく吸うと、風の塊を放つ。
《螺旋描く風精の怒り(ヘリカル・シュート)!》
《八又の土蛇の咬撃!》
アルフィリースが放つ風の巻弾に、ライフレスの土蛇が噛みついて行く。土蛇は1つ、2つと削り取られていくが、風弾の勢いも明らかにその勢力を減じていった。そして最後の蛇が砕けた所で、丁度風も消滅する。ここまでは互角。だがしかし。
「(間違いない、こいつはわざと後から詠唱を唱えて、反対の属性の魔術をぶつけている。そんなの、よっぽど自分の詠唱速度と魔力に自信がないとできないけど・・・ならば、こういうのはどう?)」
なおもアルフィリースは詠唱を続ける。
【我、汚れし水の化身である汝を欲す。ここに汝が暴力と憎悪を解き放ち、我が敵を蹂躙せよ。】
《召喚、渦潮の悪魔!》
アルフィリースが使ったのは召喚魔術。召喚した魔獣は一応水属性とはいえ、召喚魔術自体は無属性に属する。これならば無効化は不可能だと、アルフィリースは考えたのだが。
【我、汚れし水を召喚し、汝を安寧なる暗き水の底に還さん。】
《黒より這いずり出す大渦》
ライフレスは暗黒魔術で渦を形成し、カリュブディスを飲み込んでしまった。しかも皮肉も込めてか、渦の魔物を渦の魔術で飲み込んだ。
だがこれではっきりした。アルフィリースは、ライフレスに完全に馬鹿にされているのだ。
「遊んでるの?」
「・・・いやいや、真面目に、からかってるんだよ・・・」
「くっ」
「・・・ククク・・・たかだか20年も生きていない小娘が、魔術戦で僕に勝とうなんて考えが甘いとは思わないか?・・・どうした・・・もう終わりか?・・・」
アルフィリースの思考がめまぐるしく回転する。魔力の絶対量では遠く及ばない。詠唱速度も向こうが上。魔術の構成力もライフレスの方が練り込んである。ならばどうするか。
「(私に利点があるとすれば、ライフレスはまだ遊んでいるということ。まともにやれば私が勝てる道理は限りなく少ないが、今なら不意をつけるはず・・・やってみるか)」
アルフィリースがライフレスを倒すための手を何通りも考えるが、どれも試したことは無い。一か八かのぶっつけ本番になる。
「・・・来ないならこちらから行くが?・・・」
「いえ、まだよ!」
【雷神トールよ、我伏して汝の力を欲さんとす。降りて来たりて柱に集い、集い来たりて巨獣の心の臓ほどにも成りて、汝の御力、我が怒りに変えて示さんとす】
「・・・ほう・・・」
アルフィリースが唱えようとしてるのは、風の上級魔術である雷鳴系の魔術。その中でも単体への威力なら最高級の魔術である。風に特化した魔術師が長きにわたる修練の成果としてここまでの力をつけることはあるが、多系統を同時に使い、なおかつ若い術者がここまでの魔術を操って見せることは、ライフレスの記憶にもほとんどない。
「・・・しかも大きいな・・・」
アルフィリースの目の前に構成されるのは、直径50cm程の雷の塊。普通は手のひらサイズがやっとの魔術だが、アルフィリースの魔力は群を抜いていた。もっともアルフィリースは、この一撃にほとんど全ての魔力を費やすつもりでいたのだ。
「・・・だがその魔術は標的に当たるまでが遅い・・・その分威力が高いがな・・・お前と僕との距離は今30mはある・・・放ってから僕が詠唱しても間に合うし、躱すのも容易だ・・・」
「それはどうかしら?」
「・・・面白い、あえて躱さないでおいてやる・・・試してみろ・・・」
「言われなくても。喰らえ!」
アルフィリースが球を投げるように魔術を繰り出す。
《雷塊砲!》
同時にライフレスが詠唱を始める。
「(・・・ふむ、さすがに防御系の魔術の方がよいか?・・・)」
【寄れ、固まれ、塊となれ】
【集い寄れ、風の精霊】
「!?」
ライフレスが防御系の魔術を唱えようとした瞬間、アルフィリースが短呪を唱える。無詠唱の短呪とは異なり、詠唱分だけ多少威力はあるが、せいぜい一般人を吹きとばす程度の威力であり、耐性を備える魔術にはほとんど効かない。
「(・・・何を考えている?・・・)」
【爆ぜろ】
《爆風圧!》
「!」
だがライフレスは心底驚いた。アルフィリースが放った短呪はアルフィリースから放たれるのではなく、ライフレスの目の前で発生したのだ。魔術は詠唱と手による印で発生するため、魔術師の周囲から発生するのが常識であるはずなのに、アルフィリースはいとも簡単にその常識を覆した。
ライフレスは完全に虚を突かれたのもあったが、いくら効かないといえ、目の前で風が爆発すれば一瞬行動は制限される。何より風圧で詠唱が続けられなかった。結果として無防備に近い状態を晒すライフレス。眼前には雷の塊が迫る。
「(・・・だが・・・まだ間に合い・・・)」
【時を流して空間を縮める。前進せよ】
「(・・・なんだと・・・今度は時空操作系の魔術だと!?・・・)」
使い手の滅多にいない時空操作系の魔術。効果範囲の時間を早めたり、遅くしたりするのだが、発展すれば老化にまで干渉できるともされる。
「(・・・まさか・・・)」
《加速!》
アルフィリースが加速したのは先ほど放った雷塊砲そのもの。目の前で突然加速した雷の塊がライフレスに迫る。
「・・・しま・・・」
ライフレスは言葉も防御も無く、アルフィリースの魔術の直撃を喰らった。
続く
次回投稿は2/22(火)12:00です。