快楽の街、その224~ターラムの戦い③~
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「アルフィ、外の豚共が動き出しました!」
「ええ、わかっているわ」
慌てるリサとは対照的に平静なアルフィリースを見て、リサが不満を述べた。
「・・・なんだか随分と落ち着いていますね。必勝の策があるのですか? かなり絶望的な状況だと思いますが」
「確信は半分以上あるわ。ただ、念のため次の策が必要ね。神殿騎士団とイェーガーの面々、それにリリアムに連絡して自警団を一点に集めてほしいの。あとターシャに確認を取って頂戴。敵の指揮官の場所がどこにいるのかを知りたいわ」
「それは・・・一点突破ですね?」
「その通りよ、脱出路以外の防御は全て捨てるわ。準備、急いで」
「了解です!」
リサはアルフィリースの命令を受けて走り出した。リサがいなくなると、アルフィリースは険しい顔をしながら外の様子を伺っていた。頭上には既に天馬騎士を放ってある。彼女たちが詳しい敵陣形を連絡してくれるだろうが、おおよその想像はついていた。
敵の指揮官はおそらく一人から数名。夜襲に対し無策であったことから、戦術の知識はなく、また軍として横の連携がないことは明白。各個撃破することも可能だったが、自由に動かせる人員が少ないのと、増援が見込めない状況でハチの巣をうかつにつつくような真似は避けたかった。
包囲された段階でもっとも最悪な戦闘は一斉突撃だったが、一斉突撃をするにしても指揮官が必要だ。指揮官が号令をかけない突撃などただの的に等しいし、ちょっとしたことで潰走する。ターラムを包囲するほどの広範な陣形に対してどのような号令をかけるのかと思っていたが、アルフィリースは合点がいった。
「(そうか、我慢の限界ってことね。自分の子供の顔すら戦闘中にはわからなくなると言われるオークの忍耐力と自制心じゃあ、何をどうやっても我慢の限界がくる。ターラムという餌を目の前にして、彼らは三日我慢した。コップから溢れる水を見ているようだわ。ちょっとしたことで弾けるまで待ってからなら、彼らはもう少々のことじゃあ退却しない。何のために待っているのかと思っていたけど、この戦略を考えた人物は大したものだわ。
おそらく指揮官としては日没や日の出を合図にしていたのでしょうけど、さっきの爆発が十分な刺激になっているでしょうね。これをきっかけに戦端が開かれることは十分にありえる。仮に外から何らかの援軍が向かっているとして、夕暮れまで何も知らせはなし。連携が取れない状況なら同士討ちの可能性を考えて、日中に突撃してくるでしょう。もう外からの援軍はないと考えた方がいいわ。
手持ちの戦力だけでなんとかしなくては)」
「(悲惨な戦いになるだろうな)」
影がアルフィリースの中で囁いたが、その指摘通りだとアルフィリースも考えている。自軍は2千少々、相手は4、5万。めいめい勝手に突撃してくるなら各個撃破できたかもしれないが、一斉突撃されればもはや抵抗する術はない。津波の前の小石のようなものだというのなら、せめて一点に穴を開けなくてはいけない。可能性があるとすれば、敵将を討ち取ること。
それすらも、もし敵将が自分の周りだけを固めていたのならば困難になる。
「(せめてこれが城ならね。まだ戦い様もあるのだけど)」
「アルフィ、敵軍が一斉に動き出したわ!」
上空からターシャが急いで降りてくる。やはりか、とアルフィリースはやや諦めにも似た境地でその報告を聞いた。
「同時に、かしら?」
「ええ、ほぼ同時ね。怒涛のように押し寄せてくるわ。街にとりつくまで四分の一刻もないわよ」
「逆に、全く動いていない敵軍は?」
「包囲網の外、北西に一部そういう集団がいるわ。数は3千ってところかしら」
「敵将はそこか。ターシャ、全員を北西に一番近い門に集結させるように合図を出して。500以上集まり次第突撃するわ。空からの方向指示をお願いね」
「うー、それ危険だなぁ。逃げちゃだめ? 逃げる方向なら援護するからさ」
「そういえば、ターラムでも新たに借金ができたと聞いたけど・・・」
「な、なんで知っているのよぅ! わかったわよ。行けばいいんでしょ、行けば!」
とんでもない団長に雇われたものだと不満を言いながら空に戻るターシャ。重い雰囲気の戦争では軽口をたたいてくれる彼女の存在が貴重だと考えながら、自分も北西に進路を切っていた。
最中、影が再び語りかけてくる。
「(いいのか?)」
「何が?」
「(勇者ゼムスとやら。人物としては不信感がぬぐえないが、戦力としては確かだろう。宿の場所は聞いているのだろう? 協力を仰がないのか?)」
「うーん・・・やめとくわ。もちろん彼が強力を申し出てくれれば別だけど」
「(なぜ?)」
アルフィリースはしばし考えながら、困ったように返事をした。
「・・・気になるから?」
「(おい、まじめに答えろ)」
「いや、まじめなんだけどな。そりゃあ顔は好みだけど・・・そうじゃなくて、協力を仰ぎたくないというか? 対等でいたい、みたいな」
「(よくわからんな。私は撤退を勧める。それだけは伝えておく)」
「わかっているわよ、私もよくわかんないもの。私も逃げた方が得だとは思っているわ、でもこれは賭けなのよ。ターラムで想像以上のものを得られるかどうかのね」
「(いつも賭けに勝てるとは限らんぞ?)」
「承知の上よ」
アルフィリースが馬に乗って北西の城壁に向かう間、ターラムに地響きがあった。その際、魔術の心得のある者たちは皆感じたのだ。
「(アルフィ、これは)」
「・・・ええ、ついに動いたのね。ターラムの支配者が。これを待っていたのよ」
アルフィリースと影は感じていた。このターラムに巡る魔力の奔流を。そして、ターラムの周囲には光の壁ができていることを。
イルマタルが気付いた魔術の術式が、アルネリアに張り巡らされた防御結界と似ていると感じたのは、間違いではなかったのだ。
続く
次回投稿は、1/29(日)19:00です。