快楽の街、その222~ターラムの戦い①~
「なあ、ばあさんよ」
「私のことをばあさん呼ばわりするのはあんたくらいだよ、ブランディオ。目上に対する敬意はないのかい?」
「敬意がなかったらそもそも言うこと聞いてないわ。それよりか聞きたいんやけど、なんなん、これ?」
ブランディオがちょいちょいと足元を指さす。そこには山のように折り重なったオークの死骸の山。優に500は超えるであろうか。そのほとんどが内部から破壊されており、辺り一面は血の河となっていた。
その山から少々離れたところに、ラペンティが血に濡れないように石の上に座っていた。見れば、白い法衣には一滴も血がついていない。ブランディオはその姿を見て、冗談ではなく畏敬の念を覚えるのだ。
「(なーにが『華やぐラペンティ』や、こんな血なまぐさい巡礼が他におるか。噂によると植物の種を戦いに使うとか聞いたが、こんなんとまかり間違えても戦いたくないわ。どう花の種を使ったらこんな死に方になるんやろな)」
「ただのオークの死体じゃないか。見ればわかるだろうに」
ラペンティの言葉にぶるぶると頭を振るブランディオ。
「いやいや、ワイが聞きたいのはそうやのうてな? こんな血なまぐさいことするなら部下を連れてくるべきやろうし、あんたそもそもワイらの指導者や。立場っちゅうもんがあるやろ」
「そのとおりね。だけど、こればかりは譲れないのさ。私の戦友がそこにいるから。最後だけは見届けたくてね」
「戦友?」
「もう生きている仲間も少なくなった。昔は仲間が死んでも口頭や紙の上でしか知ることがなかったし、なんとも感じない時も多かったけど」
「感傷ちゃいますの?」
「そうね。私も年なのかもしれないね」
ふっと笑うラペンティに、ブランディオは初めて人間らしい表情を見た気がした。若い時は大層美しかったと聞くが、今知るラペンティは実務至上主義鉄面皮で、まさに『鋼鉄の女』といった形容が相応しい。その外側に初めてひびが入り、その下に隠れた表情が見えた気がした。
オークの集団はぐるりとターラムを包囲しているが、大軍とはいえ包囲網自体は非常に稚拙であり、事実ラペンティが崩したのは一番薄い一画だ。ある程度の集団で分割されており、横の連携もない。一瞬で静かにオークの群れを片付けたため、他の集団には気づかれる気配もない。ターラムと連携が取れれば、ここを突破することは可能だろう。
本来、ラペンティはターラムに対する援軍としてきたはずだ。本当なら軍団を連れてくるべきだが、ターラムからの連絡の様子を聞くにつけ、それでは間に合わない可能性があると考えた。そのため個人で動いたのだが、それなら他にもやり様がある。わざわざ本人が出向いたのは、その戦友とやらの死にざまを見るためか。ならば外で待機するのは何ゆえか。
「中には入らへんの?」
「必要ないわ。昔の通りのあの男なら、私にわかる方法で知らせてくるはず」
「よく理解してまんなぁ。夫婦みたいや」
「命を預け合うという点では、夫婦以上でしょうね。いがみ合ってばかりいて仲が悪いと思っていたけど、存外相性が良かったかもしれないわ。もう少し歳がいってから出会っていれば、そんな風に考えられたかしら。覚えておくといいわ、伴侶には喧嘩できる相手がちょうどいいのよ」
「そんなもんかいな?」
「そんなものよ。あなた、結婚する気はないの?」
「結婚ねぇ・・・」
ブランディオにその気はさらさらない。もちろん女がいなかったわけではない。だがどんな女を傍においても、対して彼は気が乗らなかった。それがなぜかはわかっている。ブランディオは、自分自身が嫌いなのだ。自分を嫌いな人間が、どうして他人を愛することができるだろうか。
だから、これから先どんな良い女が目の前に現れても、心を動かさないと決めている。間違いくらいは犯すかもしれないが、本気になることは決してないだろうと。ブランディオがそんなことをぼんやりと考えていると、ターラムの町に光が出現した。少し遅れて、爆音と煙が見える。
「なんやぁ!?」
「・・・そう、そこまでしたの。それだけの相手がターラムにいたのね。見事な散り際よ、ヴォルギウス」
驚くブランディオと、全てを理解したラペンティ。少し目を閉じ一瞬だけ瞑想をすると。ラペンティはブランディオに命令した。
「ターラムに行きなさい、ブランディオ。中で何が起きたのか、仔細もらさず調べてくること。特に、ターラムの司祭が最後に相手をした相手のことをね」
「はぁ? 今からですか?」
「そう、今からよ。あなたなら何らかの手段で行き来できるでしょう? たとえ戦場の真ん中でもね」
「そんな無茶な。だってこれって・・・」
その瞬間、地響きと鬨の声が起こった。爆発を合図に、オークたちが突撃を開始したのだ。
続く
次回投稿は、1/25(水)19:00です。