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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その221~調教師④~

「あまりじろじろ見ないでくださる? 同じ女同士でも、好きでもない相手に体をまさぐられるのは気分の良いものではなくてよ」


 三番の思考を遮ったのは、ごろごろと転がりながら話しかけてくるファンデーヌの生首。その異様な光景に、一瞬思わず攻撃することすら忘れてしまった。それはヴォルギウスも同様だったが、一瞬早く反応した三番が懐の短刀を投げつけようとした瞬間、その右手が微塵と消えた。

 後に残るのは血だまりと、新たに噴き出す血と、凄まじい激痛。


「~~~っ!」

「悲鳴を上げないのはさすがだわ。さっさといなくなっていればよかったのに、変なことを気にかけてでしゃばるからこういうことになるのよ」

「貴様は、生物ですらないのか?」


 ヴォルギウスが悲鳴に近い声をあげながら金貨を投げつけ、その金貨が微塵と消えた。


「失礼な男ね、私は立派な人間よ? 喜怒哀楽もあるし、男と交わることもできるわ」

「違う、違うぞこいつは! こいつは生物じゃない! なんだその、魔力を貯め込んだ胸の球は――」


 それが三番の最後の言葉だった。今度は体ごと微塵となった三番。変化を特性とした三番も、細切れになった肉片と血だまりに変化することはできない。

 ファンデーヌの首は元の胴体にくっつくと、自分の手で細部を修正した。頭の調子を確かめ、体の動きを確認すると、ヴォルギウスに向き直る。


「おしゃべりな女は嫌いよ。それに口は禍の元だわ。雄弁は銀、沈黙は金というじゃない? 金銀銅貨を操るあなたならわかるわよね?」

「・・・カイザーウーズの能力か。ウーズの中には他者に寄生してその体の修復を手伝うものもいると聞いたが」

「ご名答」


 ぱちぱちとファンデーヌが拍手した。


「ウーズを体に寄生させ、宿主が壊れると同時に修復させる。こんな便利な生き物はいないわ」

「だがそれで自我が保てるのか? 全身を魔獣に侵食されるのと同じで――いや、なんとなくわかってきたぞ、お前の正体が」

「おしゃべりはその辺にしてほしいわね。いくら人除けをしていても、誰が聞いているかわかったものではないのだから。そろそろ死んでいただくわ」


 ファンデーヌが鞭を振るったのを見てヴォルギウスは覚悟した。今日、今からここで死ぬのだと。不思議と後悔はない。やれるだけのことはやってきたし、全力で駆け抜けた人生だった。あとは生きている若者たちがやればいい、そう考えていた。

 仮面の女調教師のことも、その正体が気がかりなだけで、倒すことそのものが目的ではなかったのかもしれない。ただ、目の前に引きずり出すことができれば、その目的は達成していた。

 ヴォルギウスは生まれてから今までの、様々なことを思い出していた。だが最も鮮烈なのは家族でもなく助けてきた人々でもなく、同じ巡礼だったあの女。忠誠心で、戦場で、議論の場で。常に競い合ってきた。あの女に笑われるような死に方だけは御免だと、なぜかそう思ってしまった。あの女が、今回のターラムの騒動に対して何も警戒していないはずがない。ならば自分は、せめてその警戒網に引っ掛かるように精一杯の行動をするのみ。

 ファンデーヌが鞭を振るう直前、ヴォルギウスは最後の仕掛けを作動させた。ベルトに仕込んだ、一発限りの金貨の発射。それがファンデーヌの手に命中し動きが一瞬止まった隙をついて、両手を動かした。金貨が命中した瞬間、先ほどまでファンデーヌに満ちていた魔力が消えていく。おそらくは魔力を自由に消失したり、満たしたりできるのか。それこそが三番が言っていた胸の装置なのだとしたら、狙うべき場所は一つ。通用するかどうかはわからない。だがあがいてあがいて、最後まであがいてやると決めた。きっと不細工な生きざまこそが、次につながると信じて。

 だがヴォルギウスの両手は金貨を打ち出す前に微塵となった。壊れた装置から金貨がばらばらと崩れ落ちる様は、さながらヴォルギウスの気力が果てるに似ていた。傷口からは血が噴き出すが、既に傷みは感じない。だがこのまま微塵となって消えるわけにはいかない。最後の一太刀を浴びせなければいけないから。

 ヴォルギウスは、ファンデーヌですら思いもよらぬ行動をとった。なんと、その場で舌を噛み切ったのだ。アルネリアは自殺を固く禁じているが、戒律を自ら破る禁を巡礼が犯した。ファンデーヌが驚きのあまり、息を飲んでヴォルギウスを見守っていた。地面に倒れ伏したヴォルギウスの目に、ファンデーヌともう一人の姿が映る。


「(誰だ・・・?)」

「――仕留めないのか?」

「もう死ぬわ。それよりも、自殺するとは嬲り損ねたわ。どうしてくれようかしら、この爺。あなたはどうするべきだと思う、剣の風?」


 ファンデーヌの傍に立つ者を見て、ヴォルギウスはああ、と納得した。待ち合わせと言っていたか。先ほど三番の腕と金貨を斬ったのもこいつか。もはやギルドや巡礼の間で暗黙の了解となっている、剣の風と呼ばれる現象。魔獣か、現象か、はたまた魔術かと言われていたが、まさか『人間の剣士』だとは。アルネリアの情報網にすらかからず、噂ではアルマスもその姿を追い求めているという。まさかこんなところでつながるとは――好都合だ。

 致命傷を負ったヴォルギウスが何を考えてるかなど知らず、ファンデーヌと剣の風は話し続けていた。


「余計な感情は弱みになる。そのせいで『奴』が死んだことを忘れたか?」

「ふん、余計な感情がない貴方みたいには上手く行かないわ。それに『奴』は自分の妄執にとらわれ過ぎて死んだのよ。造形美だけで、機能美のない奴と一緒にしないでほしいわね」

「お前は私と『奴』のちょうど中間のような存在だ。万能型であることに奢るな。たまたま私がいたからよかったようなものの、そうでなければどうしていた?」

「あなたがいるからここまでやったのよ。でなきゃ、こんな爺は背後から殺しているわ」


 ファンデーヌがヴォルギウスの物言わぬ体を蹴飛ばす。剣の風がため息をついた。


「それがいらぬ妄執だと――?」


 吹き飛んだヴォルギウスの懐から、金塊が落ちた。売れば家の一つも変えそうな大きさのそれが、懐にいくつも仕込んであるのがわかる。それに気付いた瞬間、ヴォルギウスが吹き飛ばされながら笑ったのが見えた。目には、勝ち誇ったような得意げな光が見えた。

 銅貨、銀貨、金貨――それが切り札ではなかったのだ。


「この爺! 最初から相討ち狙いか!」

「いかん!」

「まあ、付き合え。貴様たちが屠った連中が、手ぐすねを引いて待っているぞ」


 その瞬間、ターラムの一画で轟音と共に大爆発が起きた。



続く

次回投稿は、1/23(月)19:00です。

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