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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その219~調教師②~

 ファンデーヌがいち早く変化に気付く。


「銀貨? それに意味が?」

「大有りよ」


 ヴォルギウスが銀貨を一斉に発射する。ファンデーヌは念のため全てを叩き落としたが、アポビスとカイザーウーズは意に介さぬ様子で攻撃を受けている。一見すると変化はないのだが、直にアポビスの方は苦しみ始めた。


「ギィアアアア!」

「よし、効いたか」

「なんですって?」


 アポビスの皮膚は、ミスリルの武器でも早々傷つけられないほどの強固さを誇る。ファンデーヌですら、調教する時には相当の時間をかけた。それをただの銀貨で傷つけるとは、仕掛けがなければ説明ができない。

 ファンデーヌは自らの武器も腐食されているのを見ると、その仕掛けに気付いた。


「腐食? いえ、聖別を施した武器ということかしら? それなら相性的にもアポビスや私の鞭を傷つけることは可能ね。だけど、カイザーウーズはそれしきでは傷つかないわよ?」

「その通りかもしれないが、そもそもそいつを相手にするつもりもない。ウーズ系統の魔獣は弱点を突かないと、戦うだけ無駄だからな。倒す手段が不明な時は、無視するに限る」

「あらそう? よくご存じで!」


 ファンデーヌが鞭を繰り出すも、射程外にするりと逃げ出すヴォルギウス。一方でヴォルギウスの攻撃は一方的に届く。ファンデーヌは苛立ちながら、アポビスに鞭をうつ。


「お前、それでも蛇の谷の王なの!? 力を見せなさい!」

「グォオオオ!」


 アポビスが息を吸い込み、黒い霧のような息を吐いた。霧が触れた場所は建物の梁ごと腐りおち、土の地面も溶けている。触れたものを全て溶かすほどの腐食の速度。通りを覆い尽くすほどの範囲の広さに、さすがにヴォルギウスもただではすむまいとファンデーヌが考えた時、まだ晴れぬ黒い霧の中に星のようなきらめきがいくつも光った。

 ファンデーヌは咄嗟に鞭を円のように回し、盾を作り出す。その盾に衝撃が走ったと思うと、ファンデーヌは鞭を放棄して後退した。直後、はじけ飛ぶ蛇の鞭。そしてアポビスとカイザーウーズにも同時に攻撃は加えられていたが、ファンデーヌがヴォルギウスの攻撃範囲外に逃れると同時に、二体の魔獣は吹き飛んだ。


「なんですって? あの二体を同時に倒すなんて!」


 ファンデーヌは地面で回転する貨幣を確認すると、回転していのは銅貨や銀貨ではなく、金貨だった。


「金貨・・・なるほど、これがあなたの切り札なのね? 硬貨によって能力が違う。魔力を込めて爆発させる、そんなところかしら? 聖別した銀貨で傷つけたアポビスの傷の部分を、正確に狙ったのね。大した精度だわ」

「まあそんなところだ。御自慢の魔獣は死に絶え、鞭も失ったようだが、どうするのだ? 対してこちらはこの日のために蓄財してきているのでな。先ほどの大蛇程度なら百匹程度は苦にせんくらいの準備はある。

 もう魔獣は打ち止めか? 中々大道芸のようで面白かったのだが」

「そうねぇ、もっと出すことはできるのだけど・・・」


 ファンデーヌは意味深に微笑むと、またしても鞭を取り出した。何の変哲もない、黒い鞭。だがその鞭を手にした途端、ヴォルギウスの全身に警告のような震えが走った。鞭の遥か射程外のはずなのに、ヴォルギウスは横っ跳びで逃れた。その直後、背後の壁が微塵に粉砕された。鞭の軌道は見えなかった。ただ黒い風が向かってきたように見えた。

 粉塵と地面の死骸を削った血飛沫の向こうで、ファンデーヌが笑っていた。


「魔獣も調教して集めるのはひと手間だから、これ以上殺される前にこの辺で死んでもらうわ。あなたの相手は面白いけど、人と待ち合わせていてね。時間もあまりないのよ。まさに跡形もなく消し去ってあげるわ!」


 なるほど、これがあの女の本当の武器かとヴォルギウスは納得した。ファンデーヌが関わったと考える事件の数々の中で登場する、細切れにされた死体。糸の網目のように鋭い刃物で切断されたとしか考えられないほどの肉片と化したその死体からは、一切の情報が取れなかったと記録にある。少し離れたところから確認できた高速でうねる大蛇のような鞭の軌道は、風の渦のようなものである。中に入れば八つ裂きにされるだけだが、破壊された壁を見るに何かしら仕掛けもあるのだろう。

 互いの遠距離同士の攻撃。ヴォルギウスにとって自分よりも射程が長い攻撃をする相手と戦うのは初めてではないが、さりとて自身の姿すら見えなくなるほどの速度で鞭を触れる女に近寄る気にもならない。


「あの鞭の技術だけで他を制圧できるだろうに、なぜ隠す? いや、それよりも奴の鞭をかいくぐる方法だな」


 ヴォルギウスは高速で場所移動をしながら、金銀銅、全ての硬貨を放っていた。ファンデーヌの死角を探すべく打ち続けられる硬貨だが、一つたりともファンデーヌには届かない。


「無駄よ。攻防一体のこの攻撃には、魔術を含めたいかなる攻撃も届かないわ。黒い風に呑まれて削られるのが関の山なのよ」

「・・・本当にそうか?」


 ファンデーヌには確信があった。いまだ誰も突破できないこの攻撃。鞭そのものに魔力を流すと高速で振動する特性が備わっており、触れるもの全てを分解する。『八裂くもの(ワルタハンガー)』と名付けられたその鞭の特性を引き出したのは、ファンデーヌが初めてである。魔術ですら弾くその鞭は、最強の盾も兼ねる。

 ヴォルギウスの攻撃は続いているが、全ての硬貨は削り取られていた。ヴォルギウスは知らないことだが、この場に第三者は来ない。そういうことになっているのだ。ファンデーヌはゆっくりとヴォルギウスを捕まえればそれで終わるはずだったが、周囲の変化に気付いた。



続く

次回投稿は、1/19(木)19:00です。

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