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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
1383/2685

快楽の街、その218~調教師①~

***


「ふう・・・何があなたをそこまでさせるのかしらね?」

「執念さ。この数十年お前を追い続けていたんだ。恋する若者にも似ているな」

「しつこいと女には嫌われるわよ?」

「構わんよ。こっちも命がけだ」


 ヴォルギウスとファンデーヌは戦い続けていた。ヴォルギウス、ファンデーヌは共に人除けの魔術を使っているが、これほどまでに戦いが激化すればいつ人に知られてもおかしくなかった。

 ヴォルギウスが放つ『銅貨』は、正確に魔獣の急所を抉り続けた。そこら中に横たわる累々たる死体の山は、全てヴォルギウスが築いたものだ。ヴォルギウスが魔力を込めて放つ銅貨は、高速で回転しながら敵に一直線に飛んでいく。立て続けに放たれれば鋼鉄の鎧すら貫くその威力は、ヴォルギウスの異名に繋がった。『魔弾』のヴォルギウス。それがかつて巡礼だった頃の彼の異名。

 その余波で既に建物がいくつか壊れている。倒壊とまではいかないものの、住人がいないおかげか、誰も騒ぎ立てはしていない。不退転の覚悟で臨んだヴォルギウスにとって人が騒ぎ始めてもさほど痛手にならないが、ファンデーヌは違うだろうと読んでいる。

 ならば、この周囲に山積みとなった魔物の死体は彼女にとって不利だろうと考えていたのだが。事態はヴォルギウスの予想を少々超えてきていた。

 まずファンデーヌが召喚する魔物の数。彼女が調教テイムした魔物を召喚して使用しているのは間違いないが、その数が尋常ではない。もう軽く100以上の魔物を召喚しているはずなのに、一向に魔力も召喚獣も途切れる様子がない。

 召喚術は相当な魔力を消耗する魔術で、準備や儀式をしていない状態で召喚すれば、普通の魔術士なら2-3体召喚するだけで魔力切れを起こす。いかに調教後の魔物や魔獣といえど、高名な召喚士でも30程度が限界のはずだ。魔術協会の召喚術に特化した頂点の数名なら百体以上は召喚ができるかもしれないが、少なくともヴォルギウスの聞いた範囲では、思い当る人間はいない。


「(そうか。死肉を儀式の一部として使い、鞭で魔法陣を描いて魔力消費コストを下げているのか。だがそれにしても消耗戦のような戦い方に意味はあるのか?)」


 ヴォルギウスがそんなことを考えた刹那、ファンデーヌが突如として自分の魔獣達の首を刎ねた。ファンデーヌの振るう魔鞭は戦いが長引くたびにその先端の数を増やし、もはや6を数える蛇頭がヴォルギウスに狙いを定めている。

 だがその狙いが一斉に魔獣たちに向いたことは、ヴォルギウスにとっても意外だった。味方の召喚獣達を殺しておきながら、嗤うファンデーヌ。ヴォルギウスはその意図を一瞬で理解した。


「お前の召喚術は、まさか生贄を基本術式に組み込んでいるのか?」

「ご名答。私のかわいい魔獣ボウヤたちにはいろんな種類がいるけど、その中でも最も強い子はわがままでね。血がないと中々召喚に納得してくれないのよ。仲間でも敵でもよいのだけど、戦場でもない限り味方を犠牲にするしかないのよねぇ。でもその代り、出したら大抵の戦いは終わるわ。

 おいでなさいな、アポピス、カイザーウーズ」


 ファンデーヌの影から現れる、今までの中で最大の魔獣。建物三階分くらいの大きさはあるだろうその大蛇は、目を十個以上、長いたてがみのようなものを備え、尾には刃のようなものを複数備えていた。青黒く光る鱗に、真紅の瞳。魔獣でありながら威厳すら備える大蛇が、ヴォルギウスを見下ろしている。

 そしてもう一体。こちらは人間サイズの軟体生物だが、人間のような姿で歩いてくるスライムのように見えた。一見するとただの大型のスライムのようだが、この局面で出してくるからには何かあるだろうと考えなくてはいけない。こちらはうねうねと流動的に体を循環させながら、まるで酔っ払いのようによたよたと歩いてくる。

 そしてファンデーヌの鞭が、一斉にその先端を増やす。10を数える蛇頭が、ぎょろりとヴォルギウスの方を向いた。


「さて、どのくらいやれるか見せてくださいな」

「ふん、さすが一人でブラックホークの隊を率いるだけのことはある。だが、お前は本当にブラックホークの団員なのか?」

「あら、どうしてそう思うの?」

「ヴァルサスの人となりを聞くに、お前のような得体のしれない力を使う人間を信頼するとは思えないのでな。どうやって取り入った?」

「ふふ、知りたいかしら? 私も驚いたのだけどね、彼は二つ返事で何も細かいことは聞いてこなかったのよ。ただ彼はそんな得体のしれない私のことも、家族のように扱うわ。こんな私だけど、彼にはちゃんと感謝しているのよ。便利な男でいてくれてありがとう、って」

「なるほど、ヴァルサスに遠慮する必要もなさそうだな。この奸賊が!」


 ヴォルギウスが銅貨を一斉に放つ。彼が一度に放てる銅貨は通常二つ。それを指で弾くように高速で放つことで、まるで10を超える銅貨が一斉に放たれるように見える。一つ放てば次が自動的に掌に落ちてくるような仕掛けを装着することで、この連撃が可能になっている。ファンデーヌも最初は召喚した魔獣たちが端から打ち抜かれることに、少々驚いた。

 だがヴォルギウスの銅貨をもってしても、アポビスとカイザーウーズにはまるで攻撃が通用しない。アポビスの体表にめり込むくらいの威力はあるのだが、その巨体を前にはまるできいている様子がない。そしてカイザーウーズは攻撃を受けていないかのごとく、のたりのたりと歩いてくるのだ。ならばファンデーヌをと攻撃するが、それも蛇頭に邪魔されて届かない。ヴォルギウスが次の作戦を考えるうちに、アポビスの尾が一面を薙ぎ払う。

 

「うむっ!」


 ヴォルギウスが老体に似合わぬ跳躍をするが、アポビスが払った一撃は周囲の建物の一階部分を一撃で薙ぎ払っていた。たまらず崩れ落ちる建物を見て、ヴォルギウスは一瞬たりとも戦いを長引かすべきではないと判断した。


「人除けの結界の外に容易に出るだろうな、この攻撃は。出し惜しみをしている場合ではないか!」


 ヴォルギウスは次の武器、銀貨を備えた装置を装備した。




続く

次回投稿は、1/17(火)19:00です。

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