快楽の街、その216~果てなき欲望㉓~
「うがっ?」
バンドラスは信じられないという顔をしながらも、必死でジェイクを振り払う。躊躇いなく放った攻撃をジェイクは完全に叩き落とした。先ほどまでとは全く違う反応速度に、バンドラスもレイヤーも目の前の光景が信じられなかった。
だがジェイクだけは。確信めいた表情でバンドラスを見据えていた。
「それが全力か?」
「何っ?」
「速いけど、人間の領域を出た速度じゃない。そのくらいなら、今までの戦いで何度も経験してきた。勇者って、人間に対する脅威と戦うんじゃないのか? お前は、何と戦って勇者になったんだ? お前の力は紛い物だ!」
「紛い物だと・・・言わせておけば、生意気な!」
バンドラスは激昂していた。心の奥底に隠したわだかまりを突かれたと言いかえてもいい。バンドラスの勇者としての功績は嘘ではない。だが確かに、最前線で戦った経験がそれほど多いかと言われれば、否だ。あくまで補助的な行為の積み重ねとして、バンドラスは評価された。もちろん戦えば負けなしでもあったのだが、血にまみれて剣を振るい続けたかと言われれば、そうではなかった。
バンドラスの中に、単純な英雄願望がなかったと問われれば嘘になる。どこの村や町にでもいる少年のように、バンドラス本人にも多くの悪を打ち倒し、称讃されたいという願望はあった。傭兵として短命であっても、その行為によって歴史に残る栄誉を刻んだ傭兵仲間を羨む気持ちがなかったわけではない。
だがその夢は、生まれによって適わないと思っていた。父も母も知らず、明日も知れず盗賊に身をやつした者としては、どうあがいても英雄には届かないと思っていた。そしてリビードゥと出会い男でも女でもない身とされたことで、さらにバンドラスの行く道は困難となった。だが同じような境遇であることこそ知らないが、今まさに夢に向かって邁進するジェイクの言葉はバンドラスに刺さり、バンドラスは一瞬我を忘れた。
荒くなるバンドラスの剣技、だが激しさは増している。雄叫びともつかない叫びと共に振り下ろされる双剣を、ジェイクはさらに鋭さを増す剣技によって捌いていた。鋭さを増すジェイクの剣に対しさらにバンドラスが集中力を上げた時、その虚をついてレイヤーがバンドラスの背中を叩き斬った。バンドラスの背骨を断つ一撃だったが、バンドラスの動きが硬直したのは一瞬。保存によりレイヤーの攻撃を無効化し、レイヤーも攻撃対象としたバンドラスは高速で動き回りながら攻撃を仕掛けてきた。
「くそっ、背中でもだめか!」
「レイヤー、そこじゃない! 心臓の少し右を狙え!」
「何だって?」
「そこが奴の能力の中心だ!」
「「!?」」
レイヤーが驚き、バンドラスの表情が青ざめる。無表情を貫きたかったバンドラスだが、そこまで正確に指摘されたのは初めてのことで、動揺を隠しようもなかった。レイヤーは一瞬戸惑ったが、先のリビードゥとの戦いの件もあり、即座に狙いを切り替えた。
ジェイクとレイヤーが鏡のように対称的な動きをしながら、バンドラスとの間合いを詰めていく。バンドラスも次の攻防で勝負が決まる予感があったのか、無駄な動きを減らし、一撃必殺の境地で待ち受ける。来るなら来てみろ、一撃で切って落としてやるという気迫が見て取れた。
だからなのか。ジェイクは間合いを詰める動きを突如として止め、迎撃の体勢を取っていたバンドラスが間合いを外され、隙を作ってしまった。それを見逃すレイヤーではない。
「オオッ!」
「ぬああっ!」
レイヤーは手負いながらも最高の踏み込みを見せた。だからこそありえないのだ、ジェイクの攻撃がレイヤーよりも早く届くなどということは。バンドラスが感じたのは、背中から刺し貫かれる痛み。反射的にバンドラスは背中からの攻撃に対し、特性を使ってその攻撃を止めようとする。ジェイクの攻撃を保存して止めなければ、致命傷になるからだ。
一瞬の攻防は、時間を圧縮したように流れることがある。背中を刺されながら目の前に迫るレイヤーの剣を見つめながら、バンドラスは確かにジェイクの声を聞いた。
「その能力、同時に2回発動できないんじゃないのか?」
「なぜそう思う?」
「勘だよ。でも、確信がある」
「勘か。最後は勘ごときに殺されるのか、儂は」
「違う。お前が死ぬのは、お前の欲望のせいだ」
「欲望のせいで生き延びたとは思わんか?」
「思わない。お前は死ぬべきだった。長く生きて、何があった? お前の人生は後悔ばかりじゃなかったのか?」
「あるいはそうかもしれん。だが、儂は我慢ができなんだ。地面から伸びる若木のように、我慢をするたびに欲望はねじ曲がった。欲望を押さえられないのが悪だと言うのなら聞かせてくれ、儂はどうすればよかったのだ?」
「・・・知らないよ。そんなことまでわからない」
「・・・はっ、そうだな。お前はまだ小僧だったな。かえすがえすも、お前の成長を見れないのは残念だ。成長すればどれほどの騎士に――」
その瞬間、レイヤーの剣が正確にバンドラスの能力を保存した装置を貫いた。まだ腕を上げて二人の首を落とすくらいの力は残っていたバンドラスだったが、それは無駄な抵抗だと感じた。この素晴らしい幼い戦士二人に感動したし、元々殺すつもりはなかったからだ。
それに死んだふりも、今度こそ上手く行くだろうと思っていた。装置は一つではない。一つが破壊されてしばらくたてば、別の一つが働き始める。そうして保険をかけること7箇所。四肢の付け根、後頚部、骨盤内にそれぞれ同様の装置がある。一度装置が停止すれば保存は解除されるし、それならばこの二人にもばれないだろうと考えた。
バンドラスはレイヤーの顔を見た。無表情の下に秘めた闘志。特性は『相手の特性を吸収すること』だろうか。無意識に相手の特性を吸収する少年。過酷な戦場に放り出されるほどに成長する。順調に成長し、ゼムスと戦うことになればさぞかし面白かろうと思う。それにジェイク。超常的な勘の良さが特性とでも言いたいところだが、それでは急激に成長する動きの説明がつかない。ジェイクの特性はいまだ、わからない。わからないが――
「他に、六か所か」
ジェイクの声だけがバンドラスに聞こえた。そしてありえない剣速でもって貫かれる、六か所の装置。バンドラスは思わず笑ってしまった。こんな超常的な存在とは戦えない、勝てるはずもない。なのにそれすら保存して楽しみたいと考えるとは、なんと度し難い欲望か、と。
続く
次回投稿は、1/13(金)20:00です。