死を呼ぶ名前、その10~戦う者達~
「え・・・あ・・・?」
「二、ニア・・・腕が!」
「私の、腕?」
ニアが自分の左腕を見る。そこにあるはずの腕は無く、血が壊れた蛇口のように噴き出している。
「わ、わ、私の・・・腕が・・・」
「ニア? ニア!」
後衛にいなければならないはずのカザスが、転がるように飛び出してきた。危険も顧みず、ニアの元に走り寄る。その顔を呆然と見つめるニアだが、カザスの必死の表情から現実を悟る。その瞬間、耐えがたいほどの激痛が彼女を襲った。
「腕が・・・うあああああ!」
「ニア、ニア! 落ち着いて!」
「い、痛い。痛いぃぃぃぃ!」
「うわっ!」
地面に突っ伏し暴れまわるニアにカザスが吹き飛ばされる。その時に彼の眼鏡も外れて地面に落ちて壊れるが、外れた眼鏡に注意も払わず、カザスが自身がもてる最大限の力でニアを押さえつける。
「何か、縛る物を早く!」
「我のベルトを!」
「あああああ」
「くそっ、血が止まらない!」
「ワタシにやらせて!」
ユーティが文字通り飛んでくる。
「水の魔術で応急手当をするわ。エアリーは落ちた腕を持ってきて、布でくるんで! 出来れば氷も!」
「氷なんかどこにあるんだ!?」
「アルフィに魔術で作ってもらいなさい!」
「悪いけど、そんな余裕はないわ」
アルフィリースとミランダが、燃え崩れるダンタリオンの方をじっと見ている。そしてその炎が揺れたかと思うと、灰と化したダンタリオンを踏み潰しながらライフレスが姿を現した。
「・・・ふむ・・・その程度の被害で済んだか・・・」
「不意打ちとは卑怯ね。器が知れるわよ?」
軽い口調とは裏腹にライフレスに怒りの視線を向けるアルフィリースに、ライフレスは小馬鹿にしたような目線を向けた。
「・・・まさか戦いの前に『次は僕が相手だ』とか言ってほしかったのか?・・・変な騎士物語に余程ご執心の幼少時代を過ごしたようだな・・・」
「まさか。戦いの最中に気を抜いたフェンナが悪い、ニアが悪い。私が貴方の立場でも同じことを狙ったかもね」
「おい、アルフィ!」
ミランダがアルフィリースを怒鳴る。アルフィリースは悪びれもせず、ちらりとミランダを横目で見ると、ため息を一つついた。
「まあ、私も気を抜いたのよ。その点では私にも責任はある」
「・・・へえ・・・謙虚だな・・・」
「だから、その分はきっちりあなたに支払ってもらうわ。命でね」
「・・・フフフ・・・いいね、いいね・・・そのぐらいでないと、僕の敵足りえない・・・」
ライフレスが楽しそうに、実に楽しそうに笑い始めた。今初めて、アルフィリースを敵として認識したかのような顔だ。
「ミランダ、全員を守るように結界を張って。派手にやるから出来る限り離れて頂戴」
「アルフィ、大丈夫なのか?」
「さあ? やってみないと分からないわ」
「そっちじゃなくて、アタシはアンタが・・・」
そこまで言いかけて、ミランダは言葉を飲み込んだ。アルフィリースのことが心配だ、と言いかけたのだが、言ってどうなるものでもなし。もはやアルフィリースとライフレスの戦いは止められず、もしアルフィリースがライフレスを止められなければ、全滅が必至なのはミランダにもわかっている。それならば今ここで余計な事を言ってアルフィリースの気を散らせるよりも、ミランダは彼女を戦いに集中させてやりたかった。
「・・・後ろはアタシに任せろ。だから、勝ってきなさい」
「努力するわ」
アルフィリースが立ち去りかけるミランダの方を振り向くことなく答える。ミランダがニア達の所に戻ると、そこはそこで修羅場だった。
「カザス。痛い! 痛いよ!!」
「ニア、これを咥えて!」
額に脂汗を浮かべもんどりうつニア。残った右手はカザスに縋り付くように彼の腕を握り締めているが、力が入りすぎてカザスの腕に爪が食い込み、血がぽたぽたと流れている。それでもカザスはニアが舌を噛まないように噛む物を口にあてがい、そのまま必死でニアを押さえつけていた。一方、ユーティは魔術で血止めを行っている。その額にはびっしりと汗が浮かんでいた。
その様子を見て、ミランダが指示を飛ばす。
「リサ」
「はい、ここにいます」
「センサーで出口を探して。私達は撤退準備よ。アルフィリースが戦う隙に脱出するわ」
「アルフィはどうするのです?」
「アンタ達を脱出させたらワタシは戻る。とりあえずニアとフェンナはもう戦えない。この場から脱出させてやらないと危険だ」
ミランダは座り込んで一点を虚ろに見つめるフェンナと、痛みでのたうちまわるニアを見ている。
「わかりました、少々お待ちを」
「頼む」
リサは出口を探すために集中し、ミランダはエアリアルにフェンナの様子を見るように指示し、自身はニアの手当てを手伝う。
「ユーティ、これを」
「これは?」
「トチクの葉とクルシオの実の皮から作った特性の血止めよ。とりあえず出血はこれでなんとか抑えられるでしょう。鎮痛効果もある」
「助かるわ。でもワタシにもう少し時間をちょうだい」
「なぜ」
「今なら血流を上手く構築して、手を再びつなげるまで持たせられるかもしれない」
「できるの?」
ミランダが目を丸くする。ユーティが言ったことはかなりの高等技術だ。水の回復魔術にそういったことをする方法があるとは耳にしたことがあるものの、まさかいつもおちゃらけているユーティが扱えるとは思っていなかった。
「私だって初めてだけど・・・妖精の里に行ければどうにかなるかもしれないわ。幸い魔術で切断されたわけだから、ばい菌が入る可能性は低いけど、それでも早ければ早いほどいい」
「分かった。でも5分でやって。アルフィリースがそこまで持つかどうかわからない」
「・・・そんなにやばいの?」
「ああ」
ミランダは昔を思い出す。自分の良人――いや、恋人と言った方が正確なのだろうが、ミランダはもはや夫のつもりでいた――であったオードが相討ちで倒した相手であるエルリッチを、顎でこき使う少年。その実力は推して知るべきだろう。
「(アルフィが勝てなかったら・・・アタシだけはあの子の傍にいてやろう。たとえこの身がどうなろうとも)」
ミランダが内心で決意を固める中、リサがその袖をひいた。
「ミランダ、伝えにくいことが」
「これ以上何があるの?」
「出口が・・・ありません」
「え!?」
ミランダが漏らした叫びに、他の全員が反応する。
「どういうこと?」
「周囲を、非常に広範囲に渡って結界で遮断されています。戦いに集中していたので、センサー範囲を狭めていたのがあだとなりました」
「・・・くそっ」
ミランダが悔しげな顔をするのと、背中の方で爆音がするのは同時だった。そしてアルフィリースが吹き飛んでくる。
地面を転がりながらも、なんとか体勢を立て直すアルフィリース。
「くぅ・・・」
「アルフィ!」
「来るな!」
近寄りかけたエアリアルを一喝して制するアルフィリース。その目は自分が今吹き飛んできた方向をじっと見つめている。そして悠然と歩いてくるライフレス。
「・・・出口がないんだろう?・・・リサ、だったか・・・」
「やはり犯人はあなたですか」
「・・・本当に僕がただ観戦しているだけだと思っていたのか?・・・観戦しながらきっちり結界は張らせてもらったよ・・・もっとも君たちの目の前に出てきたときには、ある程度の物は既に張っていたんだけどね・・・ドゥームの阿呆と僕は違うぞ・・・仕掛けに抜かりはない・・・戦うときには策は何重にも巡らすもの・・・切り札はいくつも隠し持つもの・・・戦闘の基本だな・・・」
そんなことも知らないのか、とでもいいたげにライフレスがアルフィリース達を見る。
「・・・戦闘の時に最も気をつけなければいけないのは退路の確保・・・退路も確保しないで突っ込んでくれば、全滅は必定だ・・・同情の余地は無い・・・」
「仕掛けた当の本人には言われたくありません」
「・・・それもそうか・・・ところで・・・」
ライフレスがミランダを見る。アルフィリースと戦闘中であるにも関わらず、目を平然と彼女から離す。もはやアルフィリースの実力を読み切ったとでも言わんばかりの態度だ。
「・・・この戦いの後、お前を連れて帰る・・・」
「何さ、アタシの美貌に目がくらんだか?」
「・・・悪いが女の造形なんぞに興味はない・・・それよりお前は不老不死なんだろう?・・・」
「・・・だったら何さ」
ミランダが警戒心を上げる。
「・・・知っているか?・・・いまだかつて完全な不老不死は実現されていない・・・天に輝く他の星に行く、時間を超える、不老不死を実現するといった事柄は魔術士達の長きにわたる命題だ・・・それは魔術を学んだ身として、僕もまた例外ではない・・・その答えが目の前にあるかもしれないと思うだけで・・・興味は尽きない・・・」
「アタシには関係ない」
「・・・興味は無くても関係はある・・・このことを魔術士が知れば、お前をバラバラに分解してでもその秘密を解き明かそうとする連中は後を絶たないだろう・・・僕に限らず、魔術協会の連中も同様だ・・・それに気がついていち早くお前を保護したミリアザールは賢いな・・・もっともその秘密を一人占めしたいだけかもしれないが・・・」
「うちの最高教主はそんな人じゃない!」
思わずミランダが声を張る。彼女はミリアザールには大きな恩があるし、普段は色々口喧嘩もするものの、尊敬もしているのだ。そのミリアザールを得体の知れない少年に馬鹿にされて黙っているほど、ミランダは大人しくない。だがそんなミランダの感情など、ライフレスにはどうでもいいことだった。
「・・・どうだか・・・あれはお前が思うような正義の味方じゃない・・・汚いことも平気でやるし、必要があれば部下も犠牲にできる女だ・・・昔あいつが一つの町を住民ごと完全に灰にしたのを知ってるか?・・・」
「なんでそんなことがわかる。お前が何を知っているというんだ」
「・・・少なくともお前よりはな・・・何せ大戦期以前からの知り合いだ・・・」
「何?」
「・・・当時は面識もあった・・・もっとも今とは僕の姿形が全く違うから気づかなかったみたいだが・・・」
ライフレスが淡々と語る。その内容はミランダにとっては驚きの連続であり、正直興味をそそられたが、この少年の話を全て真に受けるわけにもいかない。
「・・・本当なのか?」
「・・・興味があるなら僕について来い・・・もっともこの後連れて行くのだから、結果は同じだが・・・ちゃんと実験でお前が正気を失う前に、知っていることは全部話してやるよ・・・」
「そんなことさせると思う?」
アルフィリースがゆらりと立ちあがる。
「私が生きているうちは、ミランダには手出しはさせない」
「・・・困ったな・・・君は殺すなと言われているんだが・・・」
「誰に?」
「・・・少しおしゃべりが過ぎたようだね・・・だが五体満足で生かせとは言われてないし・・・手足はもいでおくとしよう・・・」
ライフレスが再び戦闘態勢に入る。それを見てアルフィリースも構えなおす。
「・・・必死で抵抗して見せろ・・・お前達は出来る限り生かして連れて行ってやるが・・・お前達を実験材料としていじるのは完全な変態だ・・・死んだ方が億倍もましだと思えることを平然とされるぞ・・・」
「あなたも大層なものよ」
「・・・僕はただ強い奴と戦いたいだけさ・・・戦えそうな奴が力を発揮するためならそいつの恋人を殺すし・・・必要ならそいつ以外は全員殺す・・・戦えなくても道具は道具なりにころころ表情が変わるから、それはそれで面白いんだが・・・やはり戦いの方が僕は好きだ・・・そうだ・・・」
ライフレスがいいことを思いついたとばかりの表情を浮かべる。
「・・・お前も・・・仲間が一人くらい死んだ方が頑張れる人間か?・・・どいつがいい?・・・」
ライフレスが手をミランダが達の方に向ける。それにびくりとするミランダ達だが、その前にアルフィリースから先ほど以上の殺気と魔力がほとばしる。
「もう黙れ、お前はぁ!」
「・・・やればできるじゃあないか・・・それでいい・・・」
そして再び戦闘態勢に入るライフレスとアルフィリースだった。
続く
次回投稿は、2/20(日)13:00です。