快楽の街、その214~果てなき欲望㉑~
「大丈夫か?」
「(・・・確かに、本体は柄だとは言ったがな。まさか隙を作るために私そのものを囮にするとは)」
「ごめんよ。でもそうでもしないと、隙が作れそうにもなかったから」
「(それは同意だ。だが中折れしたわが身が惨めだ。ちゃんと修理してくれるのだろうな?)」
「魔剣って修理できるの?」
「(お前、まさかこのままにするつもりだったのか? もっとも魔剣を打ち直せるほどの刀鍛冶となると、そんな奴が現代にいるのかどうかは疑問だが)」
「なら、僕が刀鍛冶として成熟するまで待っておくれよ。君を打ち直せるくらいの鍛冶を目指してみたい。どうせ時間は十分にあるんだろ?」
「(ふん、それはそうだが。あまり戦いの場で振るわれないと、まさに錆びつきそうだからな。それより、あの男をどうやって仕留めた? バンドラスの背後から出現した斬撃はなんだったのだ?)」
「ああ、それは僕の斬撃を『保存』したのさ。前にリリアムが魔眼を使って同じようなことをしていたからね。その発想をそのままいただいたんだ。あそこに仕掛けておけば、はまると思っていたよ。ダートとの戦いが役に立ったね」
「(『保存』した、だと?)」
それはまさか奴の能力を模倣したのか、と言いかけてシェンペェスはやめた。レイヤーの特性についての答えを思いつきかけたが、それはあまりに恐ろしい発想だったからだ。恐ろしすぎて、確証が得られるまでは考えることすら憚られた。
アナーセスの回復力、ダートの発想、バンドラスの保存能力。それらを全て使えるとなると、レイヤーの特性は人間の常軌を逸したものであることは間違いない。使いこなせば、大魔王すら退ける特性となっていくだろうと想像できる。とんでもない人間の所有物になったものだと、シェンペェスは唸らざるをえなかった。
緊張を解きかけたレイヤーとシェンペェスだったが、ジェイクが彼らを戒める。
「まだだ、レイヤー」
「何?」
「起きろ、バンドラス。その程度で死んでないだろ?」
「・・・」
「起きないというのなら、近づいて首を刎ねる。さすがに首がないと体が動かせないよな?」
「・・・なんて小僧だ。心臓まで止めてみせたのに、なぜ気付く?」
バンドラスがむくりと上半身を起こすと困ったような顔でジェイクを見た。バンドラスはそのまま何事もなかったように跳ね起きると、ごきごきと首を鳴らした。確かに手ごたえがあったレイヤーはバンドラスの得体のしれなさに慄いたが、ジェイクは予想していたのか、いたって冷静だった。
「ジェイク、こいつは不死身か?」
「いや、違う。おそらくは――」
「種を明かすとだな、傷から血が出ないように血液の流れを『保存』し、一部を外に出して見せただけだ。ゆえに不死身とは少し違うが、儂に傷を与えることは意味をなさない。それこそ体ごと一瞬で吹き飛ばすでもしないと、儂は動き続けるさ。魔術を使えないお前たちでは、儂を倒すことはできんよ。
それに儂はその気になれば別の体に意識を移すこともできる。この体が朽ちようが、他の体に乗り換えるだけよ。なんならお前たちの体をいただいてもいい」
「それは――」
「嘘をつくな。お前にそんな力はない」
ジェイクがきっぱりと言い切ったので、これにはバンドラスもレイヤーも面喰った。ジェイクはなおも続ける。
「お前の力が『保存』だとしてもそこまで便利なものか。もし意識を保存して他人に移せるのだとしたら、即座に俺たちのどちらかを乗っ取っているはずだ。さっきの戦いでもそれをしなかったということは、乗っ取るには何らかの制限がある。あるいは、相当準備が必要かのどちらか。
もし俺の勘が当たっているなら、両方だ。意識を移すために、核となる何らかの魔術的要素が必要となるんじゃないか? それさえ壊せば俺たちの勝ちだ」
「・・・なぜそこまで言いきれる? お前は魔術に詳しいのか?」
「自慢じゃないが、座学の基礎魔術で単位を取ったばかりだ。だけどわかるさ、お前を倒す方法だけは」
「(こいつは・・・)」
ジェイクの発言は当たっていた。確かに意識を移すとなると誰でも乗っ取れるわけではなく、一定の条件が必要な上に、準備も必要だ。それを直感で見抜くとは、洞察力では説明がつかない。
これこそがジェイクの特性かとバンドラスは思う。だが正確にどういった能力かがわからない。一つ確実なのは、レイヤーはともかくジェイクはこの場でどうにかしないと逃げることすらおぼつかないと言うこと。残念だが、殺すことも選択肢に入れなければならなくなった。
バンドラスは素早く動いて切り落とされた腕を拾い上げてくっつけ『保存』すると、短剣を二つ取り出した。刀身が湾曲した、赤と銀の短剣。シェンペェスが即座に反応した。
「(赤と銀のハルパーだと? なるほど、確かにそんな武器を使う勇者がかつていたな。通り名は確か、不死身の勇者。どんな絶望的な戦場からでも必ず帰ってくるとして知られた勇者だった。それが奴か)」
「そうか、本当にバンドラスは勇者だったんだな。それで、あれも魔剣だろ? 能力はわかるか?」
「(そこまでは知らん)」
「戦いながら探るには危険な相手だけど――」
「レイヤー、赤い曲刀には注意しろ。銀じゃなくて、赤だ」
またしてもジェイクがレイヤーに助言する。ジェイクには聞こえないはずのシェンペェスとのやりとりを聞かれたようでレイヤーはやや閉口したが、素直に受け入れた。
「わかった。作戦はあるのか?」
「そんなものない。正面からねじ伏せるだけだ」
「相手は勇者だよ? 無茶苦茶だ」
「できる。俺たち二人なら、必ず!」
「・・・なんだか君に言われると、本当にできる気になってくるから不思議だ。なら、やってみますか。ただし、先陣は僕だ」
バンドラスの表情が険しくなった。先ほどまでの余裕はもうない。勇者を追い詰めた代償は非常に大きいかもしれないが、レイヤーは覚悟の上でジェイクに先んじて突撃した。
続く
次回投稿は、1/9(月)20:00です。