快楽の街、その213~果てなき欲望⑳~
「おい小僧・・・傷が治っているぞ?」
「それが?」
「どうなっている? いや、何をしている?」
「さあね。教えると思う?」
レイヤーも指摘されて初めて気付いたが、バンドラスは一つの仮説を立てた。それは、レイヤーが倒した相手の特性を吸収するのではないかということ。もし戦いの中でその特性が伸びるのであれば、戦うほどに強くなるのも納得がいく。
仮説が正しいならば、どんな特性よりも稀少となる。必ず保存せねばならないという欲望が、押さえようもなくバンドラスの内に湧き上がった。
「面白い、面白いぞ! 試してみるか」
バンドラスは同時にかかってくるジェイクとレイヤーを相手にしながら、レイヤーだけに攻撃を加えていった。その傷を少しずつ深く、深く斬りつけていく。そしてどのくらいの傷がどのくらいの間隔で治るのかを測っていった。
レイヤーは自らが遊ばれていることに気付いているのか、徐々に凌ぐ動作にも余裕がなくなっている。どれほど基本性能が高かろうと、レイヤーには技術と経験がないとバンドラスは考えていた。速いだけなら、力強いだけなら辺境の魔物の方がよほど上だ。レイヤーとジェイクをいなすだけなら、バンドラスにとっては簡単な作業でしかない。
「ヒョヒョヒョ、手も足も出んか!?」
「・・・」
レイヤーはシェンペェスを守るため、出来る限り剣を合わせないようにしながら防戦に徹した。攻勢に出るのは主にジェイク。だが後ろ手にジェイクはあしらわれ続けた。どれほど仕掛けても、バンドラスはいとも簡単に対応する。まるでアルネリアの剣術は知っているぞといわんばかりの反応だが、ジェイクは不可解な手ごたえだとしても攻め続けるしかなかった。
そうして決め手のないまま、どのくらいの時間が経ったのか。とうに数百合は打ち合っているはずだが、全く疲れを知らない子ども二人に些かバンドラスは辟易し始めていた。負ける気は全くしないが、見られた以上この拠点を引き払う準備もしなければならないし、殺さずにジェイクとレイヤー止めて拘束する必要がある。実戦の最中で二人の能力が見極められればと思ったが、膠着状態に入った今、それも難しいらしい。それにレイヤーの傷の治りはアナーセスほどではなく、徐々に治りも遅くなっているようだった。
もっと追い込もうにも、二対一では加減を間違えて殺してしまうかもしれない。それでは何の意味もないと考えても、これ以上2人を上手に追い込む方法も思いつかなかった。手玉に取るには、少々強すぎる少年たちだった。
潮時か、と考えたバンドラスは力を込めてレイヤーを弾き飛ばすと、ジェイクを振り払うために軽く後ろを横薙ぎにした。ジェイクを無力化するのに、その間合いで完璧なはずだった。だがバンドラスの剣は空を切り、手ごたえがないことに振り返るよりも早くジェイクの剣がバンドラスの足の腱を切っていた。
「がっ!?」
「これで逃げられないだろ?」
ジェイクがバンドラスと剣の押し合いに持ち込み、左脚に力の入らなくなったバンドラスが片足をつく格好になる。片足の分があるにしろ、まるで今までとは違うジェイクの力強さに面喰うバンドラス。
「小僧、貴様手を抜いていたのか?」
「お前がこちらを侮っているのはわかっていたからな。レイヤーは一定の力と速度で攻撃して、俺は徐々に速度を落として行った。一撃くらいなら入ると思ってたけど、上手く行ったな!」
「嵌めようとは思ったんだけど、ここまで綺麗にいくとはね。騙すのは得意でも、騙されるのは苦手か?」
体勢を立て直したレイヤーが後ろから襲い掛かり、バンドラスはジェイクを手甲で押さえながらティルフィングでレイヤーに応戦した。レイヤーの全力の打ち下ろしを防御したバンドラスだが、響くような高い音と共にシェンペェスの刃が折れた。レイヤーは驚くような表情をし、その一瞬でバンドラスはジェイクの体勢を崩すとレイヤーの方に投げ飛ばし、後転をしながら距離を取る。この隙に離脱してやろうとバンドラスが考えた瞬間、何の前触れもなく、何発もの斬撃をバンドラスは受けることになった。
後ろには誰もおらず、どうしてそうなったかもバンドラスにはわからないままだが、それよりも大事なことは、そのうちの一つがバンドラスの右肘を切断したことであり、ティルフィングが宙を舞った。そして予測したようにレイヤーはその剣を宙で奪い取り、バンドラスに猛然と斬りつけた。すんでのところで首を引いて躱したバンドラスの額から血が迸る。
左目の視界が塞がったが、右腕から噴き出す血でレイヤーの視界を奪う。できた死角にジェイクが飛びこんでくるのが見えたので、残された左手で火球を作り出しバンドラスは撃った。短呪だが、人一人を火だるまにするくらいならできるはずだった。だがジェイクは火球を一撃で切り裂くと、そのまま突撃してきた。魔術を剣で斬るなど非常識にもほどがあるが、まともに応戦できないバンドラスが必死で後退し、離れるはずの間合いは、ジェイクが一息に踏み潰してきた。
「踏み込みまで速くなるじゃと!」
「おおっ!」
ジェイクの横薙ぎがバンドラスの胴を捕える。深手は間違いない一撃だが、バンドラスも即死でない限り怯みはしない。なりふりかまわずジェイクの背中に手甲の剣を落そうとした時、レイヤーが目を塞いだまま突撃してきた。
「そこっ!」
眼を閉じたままのレイヤーの一撃が、正確にバンドラスの心臓を捕えた。無慈悲に貫いたティルフィングを素早く抜くと、レイヤーとジェイクは再度バンドラスと距離を取った。これで大人しく死んでくれるとは限らないからだ。
血が噴き出し天井に届き、ひとしきり噴き出し終えた後にバンドラスは物も言わずに崩れ落ちた。レイヤーの耳にも確かに心臓の音が小さくなっていくのが聞こえる。手ごたえは共に十分。レイヤーはティルフィングの血を振り払うと、シェンペェスを気遣った。
続く
次回投稿は、1/7(土)20:00です