快楽の街、その212~果てなき欲望⑲~
新たな体に乗り換えたバンドラスは、体の連動性を確認するように屈伸をする。そして影の中から一振りの剣を取り出すと、何度か軽く素振りをする。その振りだけで、ジェイクとレイヤーは青ざめた。素振りの型である程度実力がわかる時もあるが、バンドラスの剣の冴えは彼らの想像する剣士を遥かに凌駕する。ジェイクはアルベルトを、レイヤーはラインを、それぞれ比較の対象に出して足りないほどの剣の冴えだった。
同時にシェンペェスから警告が入る。
「(レイヤー、あの剣は魔剣だ。魔剣ティルフィング。人をいくら切っても錆びることなく、竜の皮膚すら裂くという強度を持つ伝説の魔剣だ)」
「つまり?」
「(打ち合ったら、私も危うい)」
「なるほど」
「(それにもう一つ。あの男の剣技にはどこか見覚えがある。私の前の持ち主が戦ったと思うが、覚えがなくてな。そういう時はだいたい負けているのだ。今やり合っても勝つ見込みは薄い。それでもやるか?)」
「どうせ逃げられないよ。もう入り口は塞がれたのだろうし、それにジェイクの方は逃げる気がないみたいだ」
レイヤーがちらりと見たが、ジェイクは殺気を孕んだ目でバンドラスを睨みつけていた。バンドラスの方を見ると、バンドラスの方は飄々としてとらえどころがない。殺気すら、放っていない。
「ジェイクを置いて行くとリサが怖いし、バンドラスには僕たちを殺すつもりはないみたいだ。奴の言葉を信用するなら、まだ殺す対象じゃないんだろう。戦いながら様子を見る、が最善かな」
「(ならば何も言うことはないが、気をつけろ。私もこんなところで折られてはかなわん)」
「努力するよ。あとは一つ確認しておきたいんだけど――」
「(なんだ?)」
「レイヤー、剣との打ち合わせは終わったか? 仕掛けるぞ!」
「やっぱりやるのか」
レイヤーは風向きが変わったことで怒りは冷めてしまっていたが、ここで倒すのが最善だということは理解している。だがそれ以上にジェイクは使命感のようなものでバンドラスを倒そうとしているように見えた。レイヤーは一つ確認だけをシェンペェスにすると、改めて剣を構えた。
ひらりと飛び降りてきたバンドラスに、ジェイクが斬りかかる。バンドラスはたやすくジェイクの剣を受けるが、その隙をついてレイヤーが攻め込んできた。バンドラスはジェイクの隙をついて攻めに転じようとするが、レイヤーがそれをさせない。脅威に感じるほどではないが、些か鬱陶しくはある。
「煩わしいな」
バンドラスが剣速を上げてジェイクを弾き飛ばそうとしたが、剣速を上げた瞬間、ジェイクの動きも機敏になった。逆に剣を打ち払われて体勢が崩れたところに、レイヤーが斬り込んでくる。
「隙!」
「甘い!」
体が流れた逆から斬り込んだレイヤーだが、バンドラスの剣を持っていない手から激しい衝撃を受けてレイヤーは壁に叩きつけられた。それが魔術だとわかったのは壁に叩きつけられてからで、虚を突かれたために受け身が十分に取れなかった。砕けた容器の破片で、全身から血が流れている。
バンドラスはしまったという顔でレイヤーが吹き飛んだ方向を見た。
「しまったのぅ。虚を突かれてついやりすぎてしもうた。おーい、生きとるか?」
「お前、魔術を使うのか」
「勇者認定を受けるほどの傭兵は、おおよそ両方ぞ、知らんのか? それより仲間の心配をしたらどうじゃ。圧搾空気の直撃を受ければ並みの人間は肉塊になりかねん。相当加減はしたが、骨の数本は折れたじゃろうて・・・?」
バンドラスの予想に反し、レイヤーはゆっくりとその場から立ち上がってきた。どうやら骨は折れていないらしいが、あの速度で叩きつけられながらなんとか受け身をとったということか。予測がよいのか反応がよいのか。
それにもっと傷もあると思ったが、怪我も浅いらしい。バンドラスは半ば呆れていた。
「頑丈な奴じゃな、本当に人間か? オークやトロルの血筋が入っておるんじゃないだろうな」
「知らないよ。でも魔術を使うとわかっていれば、戦い様もある。二度とは喰らわない」
「中々面白いことを言う。そう上手くいくと思うか?」
「行くさ。ジェイク!」
レイヤーが手のひらを下に沈めながら合図するのを見て、ジェイクとレイヤーがバンドラスを挟むようにゆっくりと回り始めた。バンドラスは面白そうに二人の行動を眺めていたが、レイヤーの傷がゆっくりと塞がってくのに気付いた。
続く
次回投稿は、1/5(木)20:00です。