快楽の街、その211~果てなき欲望⑱~
「儂はこれを見るとな、名もなく死んで忘れられていった英雄たちの行為を一つ一つ思い出せるのよ。それらを忘れないために、彼らの一部を貰い受けた。彼らの蒐集は、もはや儂の人生の目的のそのものと言ってもよいだろう。彼らの行為をおいかけるうちに、いつの間にか長く生きることになった。人間にしては長すぎる寿命を奇妙に思うこともあったが、儂が人間なのかそうでないのかはさほど問題ではない。儂は――」
「もういい。お前は嘘つきだ」
レイヤーが剣をひゅん、と振るってバンドラスの声を遮った。バンドラスは不思議そうな顔でレイヤーを見つめた。
「儂が嘘つきとな?」
「お前は同意の上で一部をもらったと言った。ならばアナーセスとダートはなんだ? 彼らの容器まで用意し、俺を仕向けた。彼らの死に積極的に関わっていないとでも言うつもりか?」
「ああ――それはなぁ。全盛期のうちに仕留めないと、鮮度が落ちるからだよ」
「何の?」
「そりゃあ、死体の輝き、だよ」
ジェイクの背筋に悪寒が走る。もしかすると、自分が感じた邪な気配というのは外れていないのか。この邪な気配とは、死んだ者達の無念ではないのか。
「一度親友の死を老衰まで待ってみたのだが、奴は幸せな死を迎えてなぁ。戦乱の世にあって、名声も富も十分に得て、たくさんの友人と家族に見守ってやすらかに息を引き取った。儂は彼の一部を貰い受けたのだが、どうにも色褪せていてなぁ。どうやら満足して亡くなった者は、死後の輝きを発揮しないらしい。だから儂は決めたのだ。全盛期を過ぎた者、負傷してもう戦えなくなった者、その輝きが色褪せる前に保存してしまおうとなぁ。
だからゼムスと契約したのじゃよ。強い奴を見出して、奴の仲間を集める。戦場で戦う中で、負傷してもう助からない者、大怪我によりもう戦えない者、戦う意欲を失くした者から始末して儂の蒐集物に加えてよいとな。今ではゼムスの仲間以外で集めるようなことはせんよ。ギルドやアルネリアの監視も厳しいでな」
「――俺たちが関係あるってのは、どういうことだ?」
「儂は、特性持ちは匂いでわかる。お前達は自らが知らぬだけで特性持ち――嗅いだことがないのでその特性まではわからんが、儂はお前達が大陸でも有名な戦士になっていくことがわかるのじゃ。ならばいずれはお前たちもこの中に加わることになるだろうて」
「御免だね」
「その通りだ」
ジェイクとレイヤーが同時に斬りかかるのをひらりと躱し、バンドラスが大きな容器の上に飛び乗る。その顔には、心底不思議そうな表情が見て取れた。
「ケチケチするない! お前らがよほど道に外れる行動をするか、戦場で不覚を取らん限り、死ぬまで儂が現れることはありゃせんわ。死んだ後や死ぬ間際に一部をもらうくらい、ええじゃろうが」
「冗談じゃない! 死神に付きまとわれる人生は御免だ!」
「俺たちのことは抜きにしても、いずれお前はもっと積極的に人の死に関わるさ。ゼムスとやらが死んだらどうするつもりだ!?」
「いずれ犯罪を犯しそうな奴を罰するのなら、世の中のほとんどが牢屋行きだろうよ。それにゼムスが死んだ後の事なんざ考えておらんわ。
じゃがお前たちの特性はここまで儂が見てもまだわからんほど特殊なもの。その正体をこそ知りたいと思う。もう少し儂に付き合ってもらうぞ!」
バンドラスの影が、沼面のようにずるりと持ち上がる。その影を破るように、いくつかの人間が出現した。ただその表情はどれも眠っているように穏やかで姿勢は直立不動であり、死体であることは明らかだった。
人間たちは様々な姿であった。太った中年男、老人、若く艶やかな女性、端正な顔かたちの若い男性、そして壮年に入ったであろう、厳しい表情の男性。バンドラスはそれらの真ん中に立つと、ジェイクとレイヤーを睨みつけた。
「ここまで能力を見せたのはお前達が初めてかもしれん。儂の能力は『保存』。死体をそのままの姿で永遠に保存することもできるし、大量の物質を保存して移動することも可能だ」
「保存――さっき入り口を消したのもそれか!」
「その通り、入り口を『保存』して、消したのよ。だから出ていくときには、別の場所に出現させることも可能だ。便利だろう?
そして年齢や意識までも『保存』することで、儂は永遠に近い寿命を保つことも可能だ。保存した死体に乗り換えることで、姿を変えて何年も生きてきた。それこそが儂の秘密よ!」
バンドラスは壮年の体に触れると、少年の体はぐらりとその場に倒れ伏した。そしてその他の体は再度影の中に沈んでいく。レイヤーがその途中で飛びかかったが、新たにバンドラスの体となった壮年の男は、レイヤーの剣を軽くいなすと、足払いをしてレイヤーを後方に逸らした。
レイヤーはひらりと一回転して着地したが、その一合で相手の実力が桁違いに変わったことに気付いていた。
続く
次回投稿は、1/3(火)20:00です。