快楽の街、その210~果てなき欲望⑰~
「ジェイク、これは・・・」
「見ての通り、人間の一部さ」
「人間だけではないがのぅ」
バンドラスが両腕を広げるようにして、部屋の陳列物を誇らしげに解説する。そこには大きい物では人間を優に上回るものから、小さい物は掌の乗るものまでの容器があり。中には手、腕、目、脳、口など。数え上げればきりがないほどの、生き物の体の一部が入っていた。
その数の多さに思わずレイヤーですら胸が悪くなるような思いだったが、どうしてバンドラスがそのような物を集めたのかは、彼の表情を見ていたらわかったような気がした。
バンドラスもまた、レイヤーの表情に感じるものがあったらしい。
「冷めた目じゃの。取り乱したりはしないのじゃな」
「惨い現場には慣れた。だが惨いにも種類があるが、これは違う。これは、お前のただの趣味だな?」
「その通り! わかってくれて嬉しいよ。お前たちならそれがわかるという確信もあったがね。理由は聞くなよ? 興が削がれる」
「聞くまでもないさ」
これは生まれつきのバンドラスの性だと、ジェイクもレイヤーもわかっていたのだ。この夥しいまでの容器の数は、奥まで見渡しても数えきれない。仮にバンドラスがかなりの長寿だとしても、この数と種類を揃えるためには習性として身についていないといけないだろう。
ただ、どうしてここまでの執着を持つのかはわからなかった。もっとも聞くまでもなく、バンドラスは勝手に話し始めた。
「これを見せる相手がまさか、お前たち小僧二人になるとはな。感慨深いものよ。他に見せたのは、アーシュハントラとゼムスくらいか。もちろん同意は得られなかったが」
「聞いてないよ、そんなこと」
「まあよいではないか、爺の話は聞いておくものだ。お前たちにもあながち無関係な話ではないのだから」
そう言われて、斬りかかろうとしていたジェイクとレイヤーの足が一瞬止まった。それを見て、バンドラスが話を始める。
「儂はターラムの貧民街の出身だ。もっとも当時はまだ第四街区などという大層な名前はなく、ターラムの裏通りで物乞いと盗人をしながら、残飯にありつく毎日だった。父も母も顔は知らないが、その辺の娼婦だったという話だ。先にお前が倒したリビードゥは、その頃の馴染みさ。もっとも盗みに入った奴の娼館で、見つかって虚勢される羽目になったのじゃがの。娼館になんか盗みに入らなければよかったが、当時は最も金のある連中はこの街では娼婦だった。
まあそんなこんなでターラムには居場所がなくなってな。しょうことなくターラムから外に出て、傭兵稼業を始めたわけさ。とはいっても、力のないガキにまっとうな傭兵の仕事なんざない。戦場漁り、男娼の真似事、悪党の下請け、なんでもやった。そうこうしているうちにリビードゥが火あぶりで殺されたと知り、傭兵としても徐々にランクの上がった儂はターラムに戻った。その頃に儂を頼って組織されたのが、今のバンドラス盗賊団の原型だ」
「待て、リビードゥが生きていた時にお前も生きていた? それは――」
「まあ待て。順を追って話してやる。儂は傭兵として、あるいは盗賊団の団長として時に善行を行いながら、幾多の修羅場をくぐっていった。当時は戦場には事欠かなかったからな。そうこうするうち、いつしか勇者認定を受けるに至ったのだ。決定的だったのは、物資輸送で魔王討伐隊の援助をしたことかな。自らも戦える輸送隊というのは当時貴重だった。魔王どもの輸送経路を叩き、物資を横取りあるいは壊滅させ、輸送経路を略奪する。今では忘れられたバンドラス盗賊団の功績だ。儂はその過程で何度か魔王と交戦し、何体かを討ち取るうちに勇者認定を受けることになったのさ」
「お前が、勇者だって?」
レイヤーが驚きの声を上げる。勇者とはあまりにかけ離れたバンドラスの印象に。バンドラスは苦笑いをしていた。
「当時は悪行と善行は足し引きできたのさ。儂も当時は単純な盗みよりも、はるかに人間に対する貢献の方が大きい。当時は傭兵としての業績も今よりはるかに積みやすかったし、儂以外にも勇者は数十人もいたよ。
年の頃は、そうさなぁ。そろそろ壮年にかかろうかというところか。そこで儂が思い始めたのは、儂の寿命の残りと、また素晴らしき仲間たちの行く末さ。儂とともに戦場を駆けた多くの傭兵、騎士、それ以外の種族たち。誰も彼も死なせてしまうには惜しかった。
だから儂は考えたのさ。彼らの生きた証拠を何とかして後世に残せないかと。そこで行きついたのが、儂の能力だ。儂の能力は、『盗んだ物を保存する』こと。生前と変わらぬ状態で、儂が死ぬまで保存し続ける能力を得た儂は、仲間たちの死に際にその一部を貰い受けることにした。その蒐集結果がこれだ」
バンドラスが両手を広げて容器を示す。レイヤーとジェイクは改めて周囲を見渡した。同意を得て集めたという割には、どうしてこれほど邪な気配を感じるのか。ジェイクはこの部屋には、無念の空気が満ち溢れている気がしていた。そしてレイヤーは、真新しい空きの容器に『アナーセス』『ダート』とラベルが貼ってあることに気付いて、腹の底を手でかき回されるような不快な気持ちを覚えた。
バンドラスは懐かしいような、愛しい物を見るような目つきで容器に頬ずりする。
続く
次回投稿は、1/1(日)20:00です。