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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その207~果てなき欲望⑭~

 呆然とするバンドラスが正気に戻るまでの半瞬、次の行動に出たのはなんとガーランドだった。彼の投げた複数のナイフの内の一本が、バンドラスの首に当たっていた。致命傷ではないが、首の動脈が損傷したことに気付いたバンドラスは、迷わず炎の中に飛びこんだ。後ろ目にジェイクの様子を見れば、皮膚は結構な火傷を負っている。まさか炎の中で機を伺うために潜んでいたのかと考えると、バンドラスは炎の中で背筋が凍る思いだった。

 まだ少年、下手をすれば丁稚奉公に出たばかりくらいの年齢の子どもがここまでする胆力を備えたことに驚嘆しながら、自らの幼少期を思い出していた。


「(なんだ、儂も大して変わらんのか)」


 バンドラスは懐かしみと感心を覚えながら、炎の中に姿を消した。直後、エネーマの氷結の魔術が炎を切り裂き鎮火したが、既にバンドラスの姿はなかった。血の跡を追うにも、炎の中で跡はわからず。その場にいた全員が舌打ちしたいような悔しい気持ちにかられていてた。


「逃がしたかっ!」

「ジェイク、大丈夫ですか」

「う、ああ。ちょっと無理しすぎたかな」


 全身火傷を負ったジェイクもさすがに言葉に力がなく、ウルティナが近寄り、騎士団付きのシスターに回復魔術を使わせていた。傷が急速に回復する中、他の者がバンドラスの痕跡を探していた。そして、先ほどまであったはずの入り口がなくなっていることに気付く。


「おい、さっきまであったはずの扉がないぞ!?」

「そんなわけがあるか。一瞬で扉を埋めることなんて不可能だ」

「だがしかし現実に・・・」

「まずは入り口だ。隠し扉でもあるのかどうか、探してみろ」


 クェイドが指示する中、神殿騎士団とガーランドの手の者がバンドラスの拠点の捜索をし、フォスティナは静かに剣を収めていた。


「倒し損ねた、という思いと、戦わなくてよかった、という思いが半々ですね」

「弱気ね、フォスティナ」


 リリアムの剣を収めながらの反論だったが、内心では同じ気持ちであった。フォスティナは恥ずかしげもなく、続けた。


「正直、やり合いたくはありませんでした。正当に戦っても彼は強い。それに得体のしれない能力を隠していると思います。年齢から考えても、通常の人間の理を外れているのは明確。そんな相手と正面からいきなりやり合いたくはない。

 それに、バンドラスの言葉は私の疑問でもあったのです。どうして大した後ろ盾も、ギルドへの貢献もない私が勇者認定されたのか。申請はしましたが、些か早すぎるきらいは元々あったのです」

「人身御供よ」


 エネーマがあっさりと言い放った。その言葉の物騒さに、フォスティナが顔をしかめた。


「人身御供と? 誰に対する?」

「『勇者狩り』よ。おそらくは剣の風――まあギルドが明確な意思をもって勇者をそのような基準で選出しているかはともかく、勇者に死亡が多いのはそのせいね」

「過酷な依頼で死ぬのかと思っていましたが?」

「それもあるけど、一流の傭兵は依頼の選定も一流よ。死ぬような依頼はまず受けない。ただ、私の調べたところだと、この百年で勇者認定を受けてから15年以上生存した勇者は誰もいないわ。引退しない限り、いつの間にか行方不明となる。死亡と判定されないから、話題には上っていないけど、上位の傭兵の間では暗黙の了解よ」

「私は知りませんよ」

「あなたもリディルもあっという間に傭兵の階級が上がったし、そもそも単独だったり固定の面子で動くから、あまり他人と関わっていないでしょうが。長く傭兵をしていれば、常識よ。

 まあ、かくいう私だってゼムスの仲間から聞いたのだけど」

「盛り上がるのはいいがよ、お嬢さん方。これからどうすんだ、これ」


 ガーランドがくい、と周囲の惨状を顎で指す。周囲は焼けて崩れかけた建物だらけで、帰る道ももはや定かではない。ただ引き上げるにしても一筋縄ではいくまい。ガーランドの目は片付けも手伝えといわんばかりだったが、エネーマはひらりと建物の上に飛び乗った。


「バンドラスが消えた今、見つけられるとは思わないわ。連絡方法を知っているのはゼムスだけだし、そもそも呼んでも招集に応じないことの方が多い相手だもの。仕留められなかったらそれが最後。もっとも、どこかでひょっこりと何もなかったかのように現れるのがあの男の性分なのですけど。

 それに、私は外の敵にも備えないといけないわ。ここの片づけは貴方たtも後回しにした方がいいわよ?」

「そうはいっても、まだ小火ぼやが出ている。放っておいたら大火事になりかねん」

「外のオークが攻めてきたら火災どころの被害じゃすまないわ。先に押し寄せてきたのも、この第四街区の特性とバンドラスが指揮する盗賊団が十分いてこその誘導戦。それらが全てなくなった今、このターラムに防備の方法はないわ。そこのリリアムだってわかっているでしょう? たかがオークでも、あの数を防ぐ方法はないと。しかも一点突破ではなく、全方位からの攻撃。防ぎようがないわ」

「・・・」


 エネーマの言うことがもっともだったので、リリアムは黙っていた。ガーランドは埒があかないと思い、自分の手勢に命令を飛ばして小火の消し止めを始めた。リリアムは謎だった第四街区の代表と交渉し、協力を仰げないかと考えていたのだが、それが無理になったことを悟り、ターラムの防衛について考え込んでいた。

 フォスティナはしばしバンドラスの言葉の意味について考え込んでいたが、ウルティナがふっと何かを探していることに気づき、声をかけた。


「どうしたのか、ウルティナ殿」

「いつの間にかジェイクがいない。それにジェイクが途中で声をかけた少年も」

「うん? 最初からそんな少年がいたようには見えなかったが」

「まさか!? ここに突入する瞬間まではいたのに・・・」


 ウルティナは不思議そうに、姿の見えない二人の少年を探すのだった。



続く

次回投稿は、12/28(水)21:00です。

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