快楽の街、その206~果てなき欲望⑬~
ウルティナの光の手がバンドラスを襲う。バンドラスが飛びのいた瞬間、フォスティナとリリアムが同時に左右から挟撃するが、バンドラスは器用にその猛攻を捌く。斬撃に対してバンドラスが素早い反応を見せたとみるや、フォスティナは突然上下の打ち分けに切り替え、リリアムは突き主体に切り替えた。初めて合わせるはずの連携なのに、まるで長年組んだ相棒のような息の合い方がバンドラスを後退させる。さらに追撃をする二人が、リリアムが上段への突きを見せたのに反応し、フォスティナが足元を払う斬撃に切り替えた。
これならば必中。事実二人に手ごたえがあったのが、フォスティナの斬撃は具足で、リリアムの突きは歯でバンドラスは止めたのであった。
「足にも?」
「丈夫な歯ね!」
「あふぁいの(甘いの)」
「そうでもない」
手と口がふさがったバンドラスの背後から、マルドゥークが襲い掛かる。正面に二人いれば逃げようのないこの間合い、マルドゥークの横薙ぎがバンドラスの胴めがけて放たれる。必殺の間合いの一撃だったが、バンドラスは反り返って逃げる。そのまま頭と腕を軸にして回転し、足の具足に仕込んだ武器で三人を同時に薙ぎ払ってその場を脱出する。後転で逃げたバンドラスが正面を見た瞬間、巨大な火球が飛んできた。
エネーマが放った火球は爆発と共に火の手を上げ、エネーマはさらに追撃をすべく突撃した。バンドラスはなんと魔術で防御をして火球の直撃を防いでいたが、それを知っているからこそエネーマは間髪入れずに追撃を行った。だがそのエネーマの追撃も、バンドラスによって防がれた。
エネーマの錫杖と、バンドラスの手甲に仕込んだ刃越しに二人の視線が交錯する。
「こんの、妖怪爺! 魔術が使えるとは思っていたけど、あれを容易く防ぐなんてどこで修業したのよ!」
「まあ長く生きておると、色々な知恵がつくのよ。年の功ってことかの」
「盗賊が魔術を使うなんて聞いたことがないわ。それに勇者の攻勢を防ぐなんて、そこまで腕が立つなんて聞いてないわよ!」
「言っておくが盗賊などというのは勝手に世間がそう呼んだだけじゃぞ? 儂もかつては勇者と呼ばれたことがあるでな」
「なんですって?」
バンドラスがエネーマを突き飛ばして一端距離を取る。バンドラスは改めてフォスティナを見た。
「ふむ、勇者の質も下がったのう。まぁ仕方のないことか」
「質が下がったと? 随分な言いようだわ」
「下がっとるよ。そもそもお主や、ましてリディルのような若輩が勇者に認定されることはまずない。勇者の功績は遥か敷居が高いものだし、かつては20歳代の勇者でも稀じゃった。現在、勇者として十分な能力を備えているのはゼムスとアーシュハントラだけよ。それに実力だけならA級の上位におぬしより上の者が何人もおるわ。だがなぜ彼らが勇者として認定されないか。おぬし、勇者がどうして大陸に4人しかいないか知っておるか?」
「・・・」
答えようもないフォスティナに、バンドラスは続けた。
「勇者狩り、というものが昔流行ってなぁ。大陸から勇者が次々と消えるという事件があったのだ。原因は不明じゃったが、前触れとして非常に美しい女が周囲に現れると注意しろという情報だけが流れた。かつて儂は多大な貢献にて勇者に認定をされたが、勇者狩りの正体を知ってなぁ。正体を決して言わぬことを条件に、名を変え姿を変え生き延びたのよ。その代償として傭兵の経歴は一度白紙に戻ったが、まぁ命には代えられまいて」
「なんだ、とんだ臆病者じゃないの」
「臆病で結構じゃよ。全盛期、大陸にいた勇者30数名のうち、半数があっという間に行方不明じゃぞ? 今の傭兵なんぞ比べ物にならんくらいの強者がおったわい。何度も言うが、儂は戦いがそこまで得意ではない。争わずにすむならそれが一番でなぁ――」
バンドラスは話しながら周囲を探っていた。口では余計なことをぺらぺらと話ながら、常に意識は逃げ口を探っていた。戦うことを恐れてはいないが、この面子相手では徐々に負け戦になるだろう。そうなれば、自分の能力を解放してでも戦う必要がある。自分の能力を衆目にさらすのだけは避けたかったのだ。
どこに隙があるか――そう考えた時に、最初にいた面々のうち、一人がいないことに気付いたのだ。
「(ジェイクの小僧はどこだ?)」
バンドラスがジェイクがいないことに気付いた時、左手に衝撃が走る。振り返ると、背後の炎の中から現れたジェイクが、バンドラスの左腕を斬り落としたところだった。
続く
次回投稿は、12/26(月)21:00です。




