死を呼ぶ名前、その9~惨劇~
そして正面から対峙するアルフィリースとダンタリオン。
「ギルルル・・・」
「全く不細工な化け物ね。作った奴は相当趣味が悪いのかしら。ねえ、ライフレス?」
「・・・デザインは僕じゃない・・・」
「へぇ、貴方達にはまだ仲間がいるのね? 一体何人いるのか、お姉さんに話してみない?」
アルフィリースのその言葉に一瞬しまったという顔をしたライフレスだが、すぐに気を取り直す。
「・・・やれ、ダンタリオン・・・」
「グオオオオ!」
「あら、せっかちね。気の早い男はモテないわよ?」
アルフィリースが顔にかかる髪を手で振り払い、両手を腰に当て悠然と構える。一方、ダンタリオンは両手を振り上げ、アルフィリースを叩き潰しにかかる。その隙を狙い、アルフィリースが唱える魔術は異常な速度で編まれた。
【風の精霊ジルフェよ、その力を剣に変え、我が敵を切り裂かん】
《風剛剣!》
ダンタリオンが組んだ両手を下ろす暇もないまま、アルフィリースの両手に集まった風の刃が、ダンタリオンの両手を斬り落とした。
「(・・・早い・・・)」
「グオオオオン!」
ライフレスも内心でアルフィリースに賛辞を贈る。ダンタリオンは叫び声と共にもがき、同化しているシーカー達も悲鳴を上げるが、アルフィリースの判断は毛一筋の先ほども鈍らない。ダンタリオンの体を足場に一瞬で駆けのぼり、大きく開いた口の上に立つ。
口からはアルフィリースと捕獲しようと触手が伸ばされるが、
「邪魔」
の一言と同時に、アルフィリースが一瞬で斬り払う。それでも触手の一本は負けじとアルフィリースに絡みつこうとするが、逆にアルフィリースはその触手を手でつかみ締め上げた。
「気持ち悪いのよ、お前・・・燃えろ」
アルフィリースが汚物でも見るような蔑む瞳で触手を見ると、触手がアルフィリースの手元から燃え始めた。そのまま火は触手を伝ってダンタリオンの内部まで侵攻していく。その明りを頼りに、ダンタリオンの内部を覗くアルフィリース。その中に何やら怪しい脈動を打つ部位を認めた。
「あれか」
呟くアルフィリース。だが彼女の直後の行動は、ライフレスですら思わず目を見張った。なんと、自らダンタリオンの口の中に飛び込んだのである。
「きゃあ!」
「アルフィ!?」
「・・・なんと・・・」
だがダンタリオンはその瞬間、動きをピタリと止める。直後、激しくガクガクと痙攣し口から涎を撒き散らしたかと思うと、膝をついて動かなくなってしまった。体からは煙が出ており、ジュウジュウと音がしている。そしてその口からは、アルフィリースがよじ登って出てきた。
「ち、汚いわね・・・」
「アルフィ、無事?」
「見てのとおりよ、相当汚れたけどね。すぐに水浴びしたい気分だわ」
「何をしたんだ?」
「簡単よ、心臓を鷲掴みにしてしこたま電流を流してやったわ。どんな生物でも電撃は効くからね。今は気絶した状態かしら。もっとも加減がよくわからなかったから、もうすぐ死んじゃうかもしれないけど」
ニアの質問に、アルフィリースがダンタリオンを振り返りながら答える。
「フェンナ、友達と話すなら今にしなさい。どのみち全員助からないわ」
「え? それはどういう・・・」
「ライフレスは化け物とシーカーは痛みを共有しているといったわ。ならば血流も高い確率で共有しているはず。どのみちあの化け物を倒したら、全員死ぬわ。確信を得たのは電流を流した時だけど。元々誰も助かりっこなかったのよ。
実際切り落とされた腕についていたシーカー達はもう死んでいるようだし。あいつは私達を悩ませて楽しみたかっただけよ。そうなんでしょう、ライフレス?」
アルフィリースがライフレスを見ると、ライフレスも軽く舌打ちをしながらも、その言葉を認める。
「・・・よくわかったね、その通りだ・・・もう少し助けようとかしてほしかったけどね・・・」
「私は出来ないことはしない主義なの」
「・・・冷めた女だ・・・」
ライフレスはひどくつまらなそうな顔をし、アルフィリースはライフレスを睨みつける。ライフレスがおかしな動きをすれば、即座に戦闘態勢に入るつもりなのだろう。
その間を利用して、フェンナがダンタリオンにかけよる。
「皆、皆・・・オルニス、マリエル、ミシア、ドローチェ!」
「う・・・あぅ・・・」
「フェ、フェンナ・・・」
「く、暗いよぅ・・・」
「私達・・・どうなっているの?」
どうやら全員意識も視界も混濁しており、状況は飲み込めていないようだ。だがフェンナもどう説明していいのか言葉がみつからない。まさか親友たちに向かって、魔王に取り込まれてもう助けられないとは言えなかった。どうすることもできず、かける言葉すら見つからず、涙を眼に浮かべたまま親友を見るフェンナ。
だがそんなフェンナを見てシーカー達は意識を取り戻したのか、彼らはフェンナを気遣う言葉をかけた。
「フェンナ、また泣いてる・・・」
「相変わらず泣き虫だな、君は」
「全く、私達がいないと何もできないんだから・・・」
「う、ひっく・・・ぐすっ。わ、私は、私は・・・ごめんなさい! 皆を助けてあげられない!」
親友の気遣いを察して、ついに涙が堪えられなくなったフェンナ。ぼろぼろと大粒の涙が頬を伝う。
「わ、私は・・・王女なのに、皆を守る立場なのに! 何もできなくて、守られてばかりで!!」
「なんだ、そんなこと気にしてたの」
「全く、相変わらずお子様だな・・・」
「・・・え・・・?」
フェンナは恨み事を言われるとばかり思っていたのだが、意外な答えに思わず親友たちを見上げる。
「いいかい、フェンナ・・・僕達は君が王女だから一緒にいたんじゃない」
「そうそう、フェンナがフェンナだから一緒にいたんだよ」
「それにあなたを逃がしたのも同じ理由。私達は貴女が王族だからという理由で、フェンナをかばって戦ったんじゃないんだよ」
「フェンナのことが好きだから、生きてて欲しいから、戦ったの。今あなたが生きているなら、私達の願いは叶ったわ」
「そんな・・・」
またフェンナが涙ぐみ始めた。
「じゃあ・・・私の願いはどうなるの・・・? 私はずっと皆と一緒にいたかったよ。森でかくれんぼしたり、木の実を集めたり、花で冠を作ったり、森林祭では夜通し踊ったり・・・あの頃に戻りたいよ・・・」
「フェンナ・・・」
「・・・5・・・4・・・3・・・」
その時アルフィリースはライフレスが何かしら呟いているのに気がついた。どうやら数字を数えているようだ。
「ライフレス、何を呟いている?」
「2・・・1・・・」
「答えろ!」
「0」
「フェンナ・・・」
シーカー達が何か言いかけた瞬間。突然ダンタリオンの体がグズグズと、煙を立てながら腐り落ち始めた。
「うわああああ」
「熱い、熱い!」
「溶け、溶けて・・・」
ダンタリオンの崩壊に合わせ、その苦痛にシーカー達が顔をゆがめる。フェンナは既に言葉も無く、口を両手で押さえて、その光景を食い入るように見つめている。ショックで目を話すことすらできないのか。
「ライフレス! 何をした!?」
「・・・僕は何も・・・ダンタリオンが生命活動を止めたから、崩壊を始めたんだろう・・・どうやら電撃が効きすぎたようだね・・・」
「ちっ! フェンナ、御免なさい!」
その光景を見て、アルフィリースが飛び出した。高速で印を結び、詠唱する。
【太古より正しき炎の使い手よ。ここに汝の業火を召喚し、邪悪なるものを浄化せよ】
《炎神の鉄槌!》
アルフィリースが突きだした拳から巨大な炎の拳が出現し、ダンタリオンを一瞬で炎に包む。そして炎にシーカーごと巻き込むと、彼らの悲鳴は業火にかき消されていった。そして炎を呆然自失の状態で見つめるフェンナ。その目にはもはや精気が感じられない。最後にフェンナの友人達が何を言いたかったのかは、結局分からずじまいだった。
「皆・・・死んじゃった」
ぽつりと呟いたフェンナに、誰もかける言葉が見つからない。全員がうなだれる中、ニアがフェンナを慰めようと近寄る。その時、突然ダンタリオンを包む炎が揺れる。その事にいち早く気づいたのは、ミランダとリサ。
《風剛剣陣》
「皆、伏せて!」
「間に合え!」
リサの悲鳴とどちらが早かったのか。ライフレスが唱えた魔術がダンタリオンを消し飛ばし、炎を切り裂いて飛来する無数の風の剣。リサが悲鳴に反応し、短呪でミランダが即席の防御結界を張ろうとする。アルフィリースもはっと気づき、ミランダとは別に防御結界を張ろうとした。
だが、それが逆にまずかったのか。ミランダとアルフィリースの魔術が互いに干渉し、結界に隙間が生じる。大方の風の剣は何とか方向を逸らすことに成功したが、一本の剣が結界の隙間を通り抜けた。
「避けろー!」
「え・・・」
吹きぬけたのは一陣の風。エアリアルの叫びもむなしく、フェンナに駆け寄ろうとしていたニアの反応が一瞬遅れてしまった。
一瞬の沈黙が周囲を包み、ごとり、と地面に転がる何かの音が全員に聞こえた。
続く
次回投稿は2/19(土)11:00です。