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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その202~果てなき欲望⑨~

 ヴォルギウスは一つ深呼吸をすると、三番を手で制して目的とする人物の前に出た。同時に三番はすうっと闇に姿を隠す。ヴォルギウスが現れたことに驚くこともなく、相手はにこりと微笑んでいた。まるで、「ようやく来たか」とでも言いたいように。


「あら、これはこれは――アルネリアの司祭様でいらっしゃる?」

「夜分に失礼仕る、お美しい方。こんな街ですから声をかけるにも誤解を与えないようにしないと気遣いが大変でしてな。一つ尋ねたいことがあるのですがよろしいですか?」

「もっと早くにいらっしゃればよかったのに。数日前から私を監視していらっしゃったでしょう?」

「いやいや、そんなことはありませんよ」


 司祭の正装に身を包んだヴォルギウスの目の前には、ファンデーヌがいた。隣にいたゲルゲダは唐突に現れたアルネリアの司祭に驚いた様子だったが、ファンデーヌの表情は変わらない。むしろ相手がようやく姿を現したことで、どこか安堵しているようにも見えた。

 一つ確実なのは、両者の間に張り詰めた緊張感。ゲルゲダはそれを察すると、ゆっくりと二人から距離を取った。その行動を見て、ヴォルギウスはゲルゲダを攻撃対象から外した。ヴォルギウスが思い切った行動に出られなかった一つに、ゲルゲダの存在があった。不確定要素となるゲルゲダがいたことで仕掛けが遅れたが、もう待っていられない。この行動はヴォルギウスにとって賭けだったが、出目は悪くないようだ。

 ファンデーヌはゲルゲダのことなど気に留める風もなく、ヴォルギウスに問いかけた。


「私、アルネリアの司祭様に問い詰められるようなことを何かしましたかしら?」

「心当たりがありませんか――そうですね、では一つ物語をしましょう。昔々というにはまだ早いくらいの時間。ほんの三十年ほども前のこと、戦いに明け暮れる一人の僧侶がおりました。僧侶は非常に戦闘が好きで、主の命令のままに数々の敵を打ち倒し、手を血に濡らしてまいりました。結果として、報復と称した連中に自らの出身の村が焼かれて、家族と友人が皆殺しにされるまで。

 男は貧しい村のために報酬を全て捧げてきましたがその意味もなくなり、半ば廃人となったかのように一つの教区での任務を受けることにします。その町は非常に華美な反面、貧しい人々が暮らす街でした。治安の悪さに前任者たちも匙を投げ、僧侶は救民という使命に忙殺されて時の過ぎるのを忘れていました。いや、救民というのは言い訳で、彼はきっと自らの虚しさをぶつける場所を探していただけなのでしょう。彼は夜も昼もなく人を救うために奔走し続け、結果として誰よりも長くその場所に勤めることになりました。

 ゆえに僧侶は気付いてしまったのです。何をどう上手く取り繕っても、悲しい事件が不必要に起こり続けることに。人の世から争いがなくならないことなどは十分に理解していたつもりですが、それにしても一つよくなれば必ず一つ悪くなる。そんな街に違和感を感じた僧侶は、独自の調査を開始しました」


 ヴォルギウスの語らいを、じっとファンデーヌは聞いていた。だがゲルゲダはファンデーヌがただ佇んでいるわけではないことに気付いていた。事実、彼女から伸びる影はざわざわと揺れ動いていたのだから。


「僧侶はその調査の中で気付くのです。街には表の執政機関とは別に、裏の調和があることに。街には魔法陣が張り巡らされ、住人がそれと気付かぬように安全に暮らせるように配慮された仕組みがある一方、街には必ず規律を逸脱した連中が出現し、立場の弱い者が食い物にされている。生活の保障制度があるにも関わらず第四街区と呼ばれる貧民街が出現し、数々の街の施策は全て無効に終わったこと。それを妨害する勢力が必ず出現することに僧侶は気付きました。

 妨害勢力は姿を変え、名を変えながら街の闇であり続けましたが、現在ではバンドラス盗賊団と名乗っているそうです。気分次第では時に慈善事業をするその集団は、闇にも光にもなりえる存在へと変貌したことで事態はさらにややこしくなりましたが、僧侶はさらにその奥に潜む闇に気付いたのです。その闇はいつも闇であり続け――この上なく深く濃く、その街に闇を落とし続けました。その姿は誰の目にも記憶されることなく――僧侶が場所の記憶や記録を探ることのできる魔術をある人物から習得していなければ、きっと気付くこともなかったであろう存在。その者は――いや、女は仮面の調教師と呼ばれていた」


 そこまでの話でゲルゲダはまずい、と察した。この話は聞いてはいけない類の話だと。ゲルゲダは二人に背を向け、全力でその場を去った。どのみち、この話の先を聞いたら消されると直感した。数々の危機を乗り越え、それほど実力が高いわけでもないながら、ブラックホークの部隊長にまで上り詰めたゲルゲダの本能からの行動だった。

 走り去るゲルゲダを二人は気にも留めず、ヴォルギウスはなおも続けた。



続く

次回投稿は12/18(日)22:00です。

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