快楽の街、その201~果てなき欲望⑧~
第四街区についた彼らが見たものは、焼け出された住民たち。だが彼らの多くは、ジェイクたちを見ると血走った眼を容赦なく向けてきた。アルネリアに従事する者達が物乞いに囲まれることはさして珍しくもないが、これは様子がおかしい。ウルティナが手を挙げて警戒を促すとほぼ同時に、一番外にいた騎士が悲鳴をあげた。
「ぐわっ!」
「どうした?」
一番外にいた騎士は脇腹を押さえた突然倒れた。その隣には、短刀を持った少女が一人佇む。目の前で血を流して倒れる人間を見れば少年少女でなくとも怯えそうなものだが、その少女は怯えるどころか、顎をくいっと上げて他の者に合図をした。
するとぞろぞろと住人たちが神殿騎士団を取り囲み、手にはめいめい武器を携えていた。武器とはいえないような木の棒から瓶の破片まで様々だが、共通するのは狂気じみたその表情と、ありありとした敵意だった。完全武装の騎士にそのような武器で挑むことは自殺行為に他ならないが、ただならない雰囲気が彼らが本気であることを示している。
「いったいこれは?」
「なるほど、これがバンドラス盗賊団の正体か。わからないはずだわ、一つの街区の住人たちが全て盗賊団だなんて。規模が大きすぎて、可能性から排除していたわ。恐るべきはその統率力、誰一人として真実をばらさないなんて」
「戦うのですか、ウルティナ殿」
騎士の一人の戸惑う声に、ウルティナはきっぱりと言い切った。
「逃げられるような空気ではないでしょうに。しかしこの数・・・相手にできるかしら?」
「全員相手をする必要はないぜ」
割り込んできたのはガーランドと彼が率いる仲間。突然現れた男達にウルティナは面喰ったが、ガーランドはふんっと鼻を鳴らして気に喰わない光景を見るように、その場の全員を見回した。
「何もかもヴォルギウスの爺の思う通りかよ。使い魔で第四街区を見張れって連絡が来たときは何事かと思ったが、こういうことか。ああ、気に喰わねぇな」
「あなたは――教会の」
「手を貸すぜ、神殿騎士団。俺には気に喰わねぇ展開だが、こいつらの一掃は俺たちの望みでもある。ちなみに第四街区の人間の多くは、利益につられた連中だ。食べる物や金のためなら自分の命も惜しまねぇ連中だが、バンドラス盗賊団の一味はごく少数だ。そこのガキとか、場面場面の指揮官を潰せばそれで終わる」
「なるほど。でも、どうやって見分けるのかしら?」
「百戦錬磨のお前達がそれを聞くか? 戦えばわかるだろうが、んなこたぁよ」
ガーランドは凶暴な笑みを浮かべると、自らは棍棒を取り出していた。どうやら彼の得物らしい。
「ガキだからって遠慮すんなよ? 結構な手練れも混じっているからな」
「しかし殺すのは」
「こいつらは殺し殺されることの意味を知っている連中だ。奴らにとっちゃ生きることが戦いの連続だ。貧しいってのはそういうもんだ、戦争で相手に気遣う馬鹿がどこにいる」
「貴方たちはそれでよくても、騎士には体面ってものがあるのよ」
「はっ、面倒くせぇな!」
ウルティナは杖を取り出し構えていた。ガーランドと得物が似ているのは皮肉だと思ったが、この際構っていられない。
そうこうするうちにジェイクが先頭を切った。先ほどの少女に向かって猛然と飛びかかり、驚いた少女の短剣を剣の腹で叩き落とした後、当身を食らわせて気絶させた。
「こういうことでしょう?」
「ヒュウ、わかってるじゃねぇか小僧」
「ジェイクに続け! できる限り殺さないように!」
神殿騎士団とガーランド率いる仲間は、第四街区の周囲にて戦闘を開始したのである。
***
「そろそろ始まった頃か」
ヴォルギウスはアルマスの三番と共に別の目標に向かっていた。ここまでは上手く行き過ぎるほど上手く行っている。ターラムの司教に就任して30余年。最初は数年で交代し、アルネリアでさらなる出世を望んだが、ターラムに潜む闇に気付き、これらを根絶やしにすることに躍起になって、気付けば既に引退を考える歳になっていた。
自分一人ではどうにもならぬとガーランドのような者を育て、そして自らも研鑽を積み、なんとか死ぬまでに行動に移すことができた。表だってアルネリアに救援を請わなかったのは、アルネリアもまた信じることができなかったからだ。
かつて巡礼の者としてミリアザールに忠誠を誓ったが、妄信したわけではない。目的を果たすためなら犠牲も厭わぬ彼女の性格を知っているからこそ、ターラムの現在の状況はある程度予定調和なのかもしれないと思う。確かにもっと広い目線――たとえば大陸全体のことを考えれば、バンドラス盗賊団などは利用価値があるのかもしれない。だが現場で生きた人間に触れる者としては、見過ごすことはできなかった。その段階で、自分には出世する才能はなかったのだと思う。
一度だけ、ラペンティがターラムを訪れてきたことがある。自らの右腕として、あるいはその他の役回りでアルネリアに復帰しないかという誘いだった。だがすげなく断った。その時にはもう出世にもラペンティにも興味が失せていたからだ。「互いにもうちょっと若かったらな」、と冗談めかしたが、「それはこっちだって同じよ」と返された。そんな冗談を言う女ではなかったと思ったが、年月は流れたということだろう。笑って別れた以降、二度と姿を見ていない。
「いたぞ」
三番の声に我に返るヴォルギウス。懐かしむ時間は終わり。ターラムの闇に隠れた本当の悪党。奴隷商人や死の商人よりも、バンドラス盗賊団よりも。自分でなければ気付くことのできなかった、闇の支配者を葬ることが使命だと考えている。
続く
次回投稿は、12/16(金)22:00です。