快楽の街、その200~果てなき欲望⑦~
「団長。さすがに駆け出しの俺でも、あんな細い女の子にやられはしませんよ。俺に掴まれると、それだけで動けないような非力な子ですよ?」
「振り払われなかった?」
「振り払おうとしたけど、無理だと思ったみたいでした」
「無理――なるほど」
アルフィリースは何かを思いついたのか考え込んだが、他の者にはアルフィリースの考えはわからなかった。
そしてターラム外周の見張りから外のオークの軍勢に動きがあるとの報告が来ると、それぞれが慌ただしく動き始めた。アルフィリースはしばし考え事をすると言いながら、その場にとどまった。そして誰もいなくなった後、突然厳しい口調で声を発した。
「――イル、そこにいるわね?」
「・・・どうしてわかったの?」
隠形の術を解いたイルマタルが、きまりわるそうに姿を現した。アルフィリースは口調程に怒った表情ではなかったが、イルマタルはびくびくとしながらアルフィリースの次の言葉を待っていた。
「イル、私が何を言いたいかわかる?」
「う・・・怒られる?」
「危ないことをしたのは確かに怒りたいところだけど」
アルフィリースはそのままイルマタルを抱きしめた。少し体は震えているようにイルマタルには感じられた。
「あまり心配をかけないでちょうだい。ユーティが逃がしてくれなかったらどうなったと思う?」
「ユーティが?」
アルフィリースの背後にはユーティが舞っていた。ユーティは指で口を押え、余計なことを言わないようにとイルマタルに目配せしている。詳細な事情はわからないが、どうやらレイヤーのことは言っていないらしい。そして、ユーティが助けてくれたことになっているようだ。
イルマタルもまた、レイヤーが実力を隠しておきたいことは知っている。詳しい事情はわからないが、そこはレイヤーとの約束なので黙ってアルフィリースに抱きしめられるがままにしていた。
「・・・ごめんなさい、ママ」
「わかってくれればいいのよ。だけど、ターラムの結界を見て歩いていたのよね? ちょっと聞きたいのだけど、何かわかったのかしら?」
「うーんとね・・・」
イルマタルは気付いたことを述べた。その結果を聞いてアルフィリースはイルマタルの才能に驚いたが、しばし考えて一つの提案をした。
「イル、上空から結界の様子を観察することはできる?」
「できるよ。だけど、大雑把なことしかわからないかも」
「それで結構よ。きっと大雑把なことだから」
「? とりあえずやってみるね」
イルマタルが浮遊の魔術と自力の羽の力を使って上空に上がっていくと、ユーティが後ろから声掛けをした。
「アルフィ、イルマタルがそこにいるってよくわかったね。隠形の魔術って一言にいうけど、消音かつ気配遮断、熱遮断まで行うのよ? リサでも騙せる魔術を、どうして見破ることができるの?」
「簡単よ、真竜がそこにいれば精霊が尋常でないほどに騒ぐもの。あの子も成長しているから、精霊のざわめきが強くなっているわ。あの子はきっと祝福されているのね、良い兆候だわ。真竜を育てるだなんて責任私には重いかもと思ったけど、なんとかなるかも」
「精霊が騒ぐって・・・」
そんなの、妖精の自分でもわからないのにとはユーティは口にしなかった。まるで嫉妬みたいだし、アルフィリースが人間の常識にはまらない存在だというのは理解しているつもりだ。
その一方で自分とレイヤーが打ち合わせた嘘についてはばれないものだと、ユーティは複雑な気分になっていた。
「・・・で、イルには何をさせているの?」
「上空には飛竜の交通路がないわ。ターラムには許可されていないの。他にも飛竜や天馬の航空路が許可されない場所があるわ。知ってる?」
「いいえ」
「要塞や砦などの軍事拠点よ。ターラムは要塞でもないくせに、飛竜などの航空生物が上空を通過することを許可されていない。これがどういう意味を持つのか考えてみたわ。
私の予想が正しければ――」
「ママ―、大変だよ!」
イルマタルの叫ぶ声が上空から聞こえた。あまり大きな声を出してほしくはないのか、アルフィリースは苦笑している。
そして半ば確信が当たったのか、悪だくみが上手く行った時のような顔でアルフィリースはユーティに向き直った。
「ターラムは防衛の必要がないかもしれないってこと」
ユーティはアルフィリースの発言の意図がつかめず、瞬きをするのみであった。
***
「なんだあれは?」
「煙、ですね」
「それは私にもわかっている。どうして煙が出ている?」
「ギャスは俺たちの到着を待てなかったということか。急ぎましょう」
ジェイクが神殿騎士団を急かす。どうやら既にことは起きているらしい。ジェイクは頭の隅ではこうなることを予見していたが、だからといってギャスを止めることもできなかった。ギャスとは境遇も似ているから共感できる部分もあるが、それ以上にあそこで見た光景は到底許せるものではあるまい。立場が違えば、ジェイクとて同じことをしたかもしれない。
ただあれほどのことができる相手が、ギャスを生かしておくとは思えない。相手は完全に人としての領域を逸脱している。先に戦った悪霊よりもきっと討伐すべき相手だと、ジェイクは確信していた。
そしてジェイクたちが第四街区に到着した時、彼らは予想もしない敵に行く手を阻まれることとなった。
続く
次回投稿は、12/14(水)22:00です。