快楽の街、その199~果てなき欲望⑥~
「見たことがないってのは、ちょっと違うな。見たことはあるが、その姿が一定しないってことらしい。子どものような姿の時もあれば、老人の時もある。なんなら女の姿でもあるって話だ」
「単純に部下を寄越したんじゃないの?」
「いや、依頼はたいてい部下が受けに来るが、たまにバンドラス本人が単独で受ける依頼もある。なんたって、勇者ゼムス仲間ってだからな。傭兵としての実力も折り紙付き、A級の上位だ。それに、ギルドの依頼を単独で受ける時には証明が必要だ。傭兵団として受ける時には、代理の者でも大丈夫だがな。お前だって知っているだろ? ギルド員である証明書の偽造が、非常に困難なことくらい。やるなら魔術協会の御膳立てが必要だぜ?」
ギルドの個人証明書は偽造が不可能なように、魔術協会が開発した魔術でもって特殊な処理が複数施される。その魔術は毎年変更され、方法は一部の魔術士にしか教えられない。そのため、個人証明書の偽造はまず不可能だ。
もっとも証明書を盗んでしまえばそれまでなのだが、個人照合の方法は他にもあるので、ギルドの誰かに成りすますという方法はできそうでぼろが出やすい。
「なるほど・・・でもA級の上位か。私の団にはまだいないわけだけど、どのくらい強いのかしらね」
「うーん、大陸でも50人はいないからな。ヴェンやセイトなら、あと10年修羅場をくぐり続ければ到達するんじゃないか?」
「じゃあ勇者って・・・」
「桁違いだよ。フォスティナなんかもお前は気楽に話していたが、あの年齢で勇者なんて普通ありえない。本気で戦えばどのくらい強いかなんて、想像もつかんね。まあ俺にも勇者とわたりあえそうな人間には心当たりがあるが、誰も彼も化け物ばかりだ。
バンドラスの強さも、あくまで憶測だ。だがバンドラス傭兵団が成した仕事や、そもそも勇者ゼムスの初期の仲間であることを考えると、間違いなくその周辺の強さだ。バンドラスがその気ならリリアムを血祭りにあげて、この街は占領されると思うがね」
「もし仮に、バンドラスが敵だったら?」
「フォスティナと神殿騎士団、それにリリアムを呼んでなんとかなるかどうかってところだと、俺は思うね。それ以前に、バンドラス盗賊団がどのくらいの勢力かもわからん。傭兵団としてはフリーデリンデ天馬騎士団やカラツェル騎兵隊みたいな正統派とは違うが、大陸でももっとも有名な傭兵団の一つだ。仮に本当にそんなやつらがいるとして、やりあうのが得策だとは全く思えないな。何か考えがあるのか?」
「まだ、ないわ。だから様子見なのよ。もっとも、外のオークたちとどっちの動きが速いかしらね」
アルフィリースが思索していると、その場にはドロシーに呼ばれたヴェンと、エルシアがやってきた。ただしゲイルのおまけつきである。しかも、ゲイルとエルシアは何やら口論しながらやってきたのであった。
「ほんっと、信じらんない! アンタ、イェーガーの面汚しだわ!」
「誤解だって! 俺はただ――」
「言い訳!」
エルシアの平手打ちがゲイルの頬をひっぱたく。小気味よい音が響くと、面白がるラインの口笛が鳴らされ、アルフィリースは痛そうにゲイルの頬を見つめていた。既に数発はぶたれたであろうゲイルは、両頬を腫らしている。もう数発見舞えば、人相が変わりそうだった。
なおもおさまらないエルシアを見て、さすがにラインがとりなした。
「どうしたんだ、お前ら。さすがにエルシアもやりすぎだぞ」
「放っておいてください、副団長! この馬鹿、よりにもよって私たちの名を貶めるようなことを――」
「誤解だ! 誤解だって!」
「埒があかん。ゲイル、言い訳してみろ」
ラインがエルシアを羽交い絞めにしてひっぺがす。ようやく一息つけたゲイルが事情を語った。
「恥ずかしながら――黄金の純潔館に行ったんです、俺」
「小間使いとしてか?」
「や、それもあったんですが――」
「プリムゼを出待ちしてたのよ、このエロゲイルは」
こちらもやや落ち着いたエルシアが嫌悪感も露わに吐き捨てた。あまりに酷い毒舌だが、ばつの悪そうなゲイルの態度が真実であることを示していた。
ラインもさすがにため息をつく。
「・・・あのな、ゲイル。そりゃご法度だ。ターラムを追い出されても文句は言えない。いいか、ターラムにいる限り彼女たちは全員が商品として扱われる。彼女たちとの時間が欲しけりゃ相応の対価が必要だが、それなしに会おうとするのは盗人と同じだ。わかるか?」
「すみません、さっきまではよくわかっていませんでした。でもどうしてもあの子が気に入ったもので、ついふらふらと黄金の純潔館の前に行ったんです。ひょっとして顔くらい見れないかと思って。そこでしばらくぼうっとしていたら、たまたまあの子が出てきて――」
「話しかけたのか?」
「そうです。だけど凄い顔が青くて――体調が悪いのかと俺はプリムゼの肩と腕を掴んで、そうしたら震えてた。きっと嫌なことがあったんだと思ったけど、プリムゼは何も言わず放してくれとだけ。何か力になれないかと食い下がったら、周りにいた執事たちが割って入ってきて――俺、邪魔すんなって言ったんです。プリムゼは笑顔だったけど、どこか塞いでたから元気づけようとしただけで、なんで邪魔すんだって。そしたら――」
「こてんぱんにされた、と」
「なんでわかるんですか!?」
ゲイルは心底不思議そうに驚いたが、ラインもさすがに頭痛がする思いだった。
「ゲイル・・・商品には盗まれないような工夫が必要だ。まして黄金の純潔館の女ともなれば、等身大の宝石に等しい。一番値打ちが低い娼婦でも、黄金の純潔館ともなればお前が一生涯稼いでも到達するかどうかの値段になる。それを盗まれないためには、護衛も相応の戦力が求められるんだ。
俺の知っている限り、黄金の純潔館の護衛はギルドでB級上位以上の傭兵が生涯契約で結ぶものだ。一度契約を結ぶと、死亡か引退以外の理由で二度と破棄することはできない。それでも報酬と待遇のよさに、人気は凄まじい。あそこの執事は全員がそういう連中の集まりってことだ。お前じゃあ逆立ちしたって勝てんよ」
「うぐっ」
「文無しの一傭兵が黄金の純潔館で娼婦の出待ちをしただけでも世間知らずもいいとこなのに、それでこてんぱんにやられるとか、私たちの評判を落とすだけの愚行よ。恥を知りなさい、恥を!」
「まあ、こればっかりはエルシアが正しいわなぁ。下手すると暴漢としてターラムの自警団に突き出されるところだ。後で詫びをいれとくか。お前も来いよ、ゲイル」
「はい――」
「待って、ゲイル。あなた、プリムゼにこてんぱんにされたわけじゃないのね?」
アルフィリースの質問に、彼女以外の人間は目を丸くした。
続く
次回投稿は、12/12(月)22:00です。連日投稿になります。