快楽の街、その196~果てなき欲望③~
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「あの小僧・・・勝ちよったわ」
バンドラスはレイヤーの戦いの一部始終を見ていた。もちろん危なくなればレイヤーを救出してもよいと思っていた。正直、先の見えたダートよりは、レイヤーを優先してもよいとさえ思っていた。
現時点でアナーセスに勝てるだけでも相当な腕前。果たして10年後にはどれほどの実力を備えるのかと楽しみでしょうがない。いや、ひょっとしたら5年後にはゼムスとすら戦えるのではないかと思う。それまでは良き戦いを与えてやらねば。そう思って見守っていたダートとの一戦。正直勝つ確率は1割もないだろうと考えていたが、戦いの最中に明らかに成長した。あのまま戦っていて正直本当に勝てたかどうかは怪しいし、とどめをさしたのはアルマスの3番だが、それでも十分に素晴らしい結果だった。
バンドラスは歩きながら、ふと窓に映る自分の表情に気付いた。笑いが止まらないことに今気付いたのだが、同時に笑いがこみ上げてきた。
「くくっ、くくくく・・・数々の逸材を見出し育ててきたが、これほど心躍るのはいつ以来か。これだから人生はやめられん。また儂の作品が充実するな」
手に下げる風呂敷にはダートの頭部が入っていた。血は出ない、そういう能力だからだ。バンドラスは風呂敷をしばし弄ぶと、自分の拠点に向かった。その途中、アジトの方角に煙が上がっていることに気付く。ターラムの町も少し騒然としているだろうか。
「・・・? まさか!」
バンドラスは近くにあった建物の中で、最も高いものに駆けあがった。壁を駆けあがる様が何人かの町人に目撃されたが、構う余裕はない。そして見た。拠点の方角からもうもうと上がる、煙を。バンドラスに浮かぶ、焦りの色。
「いかん! あれは・・・誰が気づきよった!?」
バンドラスは建物の上を、風をまいて走り始めた。気付いたのだ、自らの拠点が襲撃されていることに。
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「あれ、レイヤーか?」
「・・・ジェイク?」
レイヤーは気を抜いたまま歩いているところを、突然ジェイクに呼び止められた。距離にして10歩もないところから声をかけられた。その事実に、レイヤーはどれほど気が抜けていたのか気付かされた。いかに街中とはいえ、敵意のある相手だったら殺されてもおかしくない。それほど気が削がれていたのかと、レイヤーは自嘲気味に笑いながらジェイクに応えた。
見ればジェイクは正規の装備を身にまとっていた。背後に神殿騎士団がいるところを見ると、正規の任務であるらしい。
「どうした、神殿騎士団が出動しているように見えるけど」
「事実そうだ。少し抜き差しならない事態があってな」
「抜き差しならない事態?」
レイヤーは首を傾げたが、背後のウルティナがジェイクをせかす。
「ジェイク、知り合いに構っている暇はありませんよ? 日が暮れるまでには片付けたいのです」
「わかっています、ウルティナさん。だけど・・・」
ジェイクはレイヤーの方をちらりと見た。レイヤーからは、自分が実は剣をそれなり以上に扱えることは公にしないでくれと頼まれている。どうしてそんなことを頼むかは不明だが、ジェイクもまた力があることがどのような注目を集めるかは知っているつもりだ。
レイヤーの力について言いふらしても良いことがあるわけでなし、ジェイクは素直に同意していたのだが。
「レイヤー、ちょっとついてきてくれないか」
「僕が? どうして」
「ジェイク!? これは正規の任務ですよ? 危険が伴うかもしれないから全員で、と言ったのはあなたです」
「わかっています、ウルティナさん。だけどこいつの勘は鋭い。部分的には俺よりずっと。だから彼の力も必要です。大丈夫です。団として頼むのが不適当なら、俺が彼の報酬を払います。彼も傭兵ですから」
「む・・・そこまで言いますか。少年、あなたはどうなのですか?」
「僕は・・・」
レイヤーは少々困ったが、ジェイクの瞳は「お前の力が絶対に必要だ」と告げている。ジェイクがこう感じるからにはおそらく非常に面倒なことになるのだろうことはわかっていたが、レイヤーとしても自分の力のついてあれこれと悩むよりも、戦いの場で力を発揮することが解決に近いのではないかと感じている。
レイヤーはしばし悩んだ後、首を縦に振った。
「わかった、同行しよう。ただし役に立つかどうかは、わからないぞ?」
「役に立つさ。俺がそう感じるんだから」
「そこまで言うなら。割高にしとく」
「そこはまけるところじゃないのかよ!」
「友情と仕事は別だよ」
「ケチ!」
「お金はいくらあっても困らないからね」
急に少年のようなやり取りを始める少年たちをみたウルティナは、マルドゥークがこの場にいないことを本格的に恨むのだった。一体いまごろどこをほっつき歩いているのか、ウルティナは腹立たしさを隠せない。
続く
次回投稿は、12/6(火)22:00です。