快楽の街、その195~果てなき欲望②~
そしてゼムスはちらりとフォスティナとリリアムをちらりと見た。視線があうと、フォスティナはゼムスの方に歩み寄った。
「お久しぶりです、ゼムス」
「おかしな場所で会うな、お互いに」
「あなたは息抜きに?」
「もちろんだ。私を戦うために作られた人形か怪物と勘違いしていないか? 私にも仲間にも休息は必要だ。そっちは仕事か?」
「ええ、私は常に仕事をしていないと落ち着かない性分ですから。しかし、そんな時に仲間を失くすとは。お悔やみを申し上げます」
ダートとアナーセスの素行がどうあれ、フォスティナの言葉は心からのものだったが、ゼムスの反応は冷ややかなままだった。
「いや、さして悲しんではいない。そもそも私たちは最も激戦だったり、達成困難な依頼を受けることが多いから、仲間を失くすのはこれが初めてではない。仲間の死に感傷的になるほど私は年若くないよ。
それにこいつらは素行に問題があった。戦闘能力が高いからそれを承知で仲間として扱っていたが、私の目が少し離れるとこれだ。死を悼むみはするし、殺した相手に報復も考えはするが、いつかはこういうことになるとも諦めていたのだ」
「(上手いな・・・)」
リリアムはゼムスの言葉を聞きながら、その本心を読み取っていた。おそらくゼムスはリリアムのことを知っている。リリアムの立場を知ったうえで、このような心情を吐露しているのだ。そしておそらく嘘は言っていない。そのような兆候が読み取れないことが、逆に怖い。
だが、一つだけゼムスが言葉にしない感情をリリアムは読み取っていた。ゼムスは間違いなく楽しんでいる。仲間を殺すほどの相手がターラムの中にいて、それを敵討ちの名目で自由に追える。オークの侵攻がいつ始まるかもわからない状況で、ゼムスはまだ混乱と戦いを求めているのだ。
こういう相手をリリアムは知っていた。いつか自分をいたぶった、拷問師。あれは女だったが、同じ種類の生き物――人の苦痛を快楽に変えることができる人間だと、リリアムだけが気づいていた。
リリアムが胸に渦巻き始めた薄暗い感情に拘泥していると、不意にエネーマから肩を叩かれる。
「お二人さん、悪いけど私に付き合ってくれないかしら? 私たちの仇を追いたいのだけど」
「それは構わないが――」
「いえ、私は自警団長の立場上、そろそろ戻らねないといけないわ。オークの動きに変化があるようだし、ひょっとすると襲撃があるかもしれない」
「襲撃があったとして、この街では防衛は無理だ。城壁は低く、守備隊は数が足りない。いかに被害を少なく、重要な人間を逃がせるかどうかになるだろう」
「そんなことはわかっているが、だからといって職務放棄をするわけにはいかない。こう見えても立場があるからな」
リリアムは正直この2人から距離を取りたかったが、エネーマがなおも食い下がった。
「なら交換条件よ。オークの襲撃はどうせ夜半でしょうから、陽が落ちるまでは私に付き合って。仇に関する有力な情報が得られるようなら、私たちもあなたに協力するわ。
それに後顧の憂いを断っておかないと。ターラムが火の海になれば、バンドラスは間違いなく火事場泥棒と化すわ。そんなことになってもいいのかしら?」
「むぅ・・・」
実際にはバンドラスたちは浮浪者を先導してターラムを守る手伝いをしたのだが、そんなことをリリアムは知らない。バンドラスがターラムの崩壊に力を貸すわけはないとは、エネーマですら知らないことだ。
事情を知るゼムスだけはやや複雑な感情を抱いたが、あえて何も言わないでおいた。
「・・・いいでしょう。ただ途中でも異変があればすぐに私はターラムのために動きます。それでもよろしいですか?」
「もちろん、これで心強くなるわね。フォスティナも力を貸してくれるわよね?」
「ええ、私は構いませんが・・・時にゼムス、リディルを見ましたか?」
「・・・闘技場以来見ていないが、何かあったか?」
ゼムスはそらとぼけたが、フォスティナもゼムスの表情を読み切れるわけではなく、ふぅとため息をついた。そして既にバンドラスの元に向かい始めたエネーマを追い始める。
「彼と話したいことがあります。見かけたら連絡を」
「ああ、そうしよう。私も彼とは話してみたいからな」
ゼムスは心にもないことを言ったわけではない。仲間を殺され、自らは人でなくなり、それでも自分を憎む気持ちはどんなものかと――問いかけたくて仕方がなかったのだ。
続く
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