死を呼ぶ名前、その8~最悪の発想~
「誰?」
「フェンナ・・・僕だ・・・そこにいるのかい・・・?」
「・・・オルニス?」
幼馴染の名前を思わずフェンナが口にする。そのフェンナの声に、声もまた反応した。
「フェンナ、やっぱり君なのか・・・ここはどこだ? 何も見えない・・・」
「オルニス、オルニス? どこなの?」
「僕は・・・」
その時、ダンタリオンの表面がボコボコと盛り上がり、人型の何かが浮き出して来る。そしてはっきりと人型だと認識できるようになると、ちゃんとしたの顔が浮かび上がってきた。そしてその口がゆっくりと、しかしはっきりと動く。
「まさか」
「フェンナ・・・苦しい・・・」
「・・・オルニス・・・そんな・・・」
「・・・フフフ・・・アハハハハハ!・・・」
そこにおいてライフレスがこれ以上ないほどの高笑いを始めた。
「・・・言ったろ、友達を連れてきたって!・・・君の望みどおりさ・・・アハッハハハ!・・・」
「なんてことを!」
「この腐れ外道が!」
「思いつく限り、最低のクソ野郎ですね」
「・・・なんとでも・・・ちなみに、ダンタリオンに仕込んだのは一体じゃないよ・・・」
アルフィリースとミランダ、リサが思わずライフレスを罵るが、彼は素知らぬ顔である。ライフレスの言うとおり、ダンタリオンの腕に、腹に、背中に、膝に、次々と浮かび上がるシーカー達。
「フェンナ・・・痛いよ・・・」
「どこだここは・・・」
「ねえ、フェンナ。どこなの・・・声しか聞こえないわ」
「あ、あ、あ・・・」
ついにフェンナが魔術詠唱を放棄して、へたへたとその場に座り込んでしまった。
「マリエル、ミシア、ドローチェ・・・そんな」
「フェンナ、フェンナ! しっかりしてください!」
「・・・あ、ちなみに・・・」
ライフレスがぴっと一本指を立てる。
「・・・彼らはダンタリオンに組み込んではいるものの・・・臓器は一通り無事だ・・・だからうまいこと切り離せれば、助かるかもね・・・ダンタリオンだけにダメージを与えれば良いだろうし・・・だけど・・・」
ライフレスがニヤニヤしている。
「・・・彼らは全員と痛覚を共有している・・・もちろんダンタリオンともだ・・・よほど上手いことやらないと、痛みでショック死しちゃうよ・・・こんな風に・・・」
ライフレスが簡単な魔術をダンタリオンにぶつける。
「ぎゃあああ」
「痛い、痛い、痛い~」
「あああああ」
「やめて、やめて・・・もうやめてー!!」
フェンナが泣き叫び始める。
「どうしてこんなことするの!? 私達があなたに何をしたの? ねえ!」
「・・・どうしてこんなことをするかって?・・・そんなこともわからないのか・・・」
ライフレスが失望感をあらわにする。
「・・・退屈だからに決まっているだろう?・・・」
「な・・・」
「・・・君たちも何百年も生きてみるといい・・・最初は修行や戦闘に明け暮れこそしたが・・・自分の能力を極めるのは思ったより時間がかからなくてね・・・そして自分に勝てる者がいないと知った時、僕はやることがなくなった・・・」
ライフレスがふと遠い目をする。
「・・・目標も希望も戦う相手も無い世界は退屈極まりない・・・それでも僕は永遠に生き続けなくてはならない・・・これは思っていた以上の苦痛でね・・・そんな僕の無聊を慰めるのは、地べたを這いずるお前達の義務だと思わないか?・・・」
「なんだと!」
「貴様ぁ、人間を、この大地に生きる命をなんだと思っている!?」
「・・・頭が悪いな、獣人の娘・・・言っただろ・・・退屈をしのぐための、ただの道具だ・・・いや・・・悲鳴を上げてくれる分、道具よりはましだと思っているよ・・・」
「お、お、お前は――!!!」
フェンナが強引に発動させた《地津波》をライフレスに放つが、その前にダンタリオンが身を呈して立ちはだかる。地面から隆起する岩が、容赦なくダンタリオンの体を貫くが、ダンタリオンに致命傷を与えるには至らない。だが大ダメージにはなっている分、
「うわあああ」
「フェンナ、やめてくれぇ」
「痛いよぅ~」
「・・・ひどい子だな・・・友達に魔術をぶつけるなんて・・・」
「そ、そんな・・・」
逆にフェンナの友人を苦しめただけだった。そしてダンタリオンの傷はみるみるふさがり、フェンナの顔が絶望に彩られていく。
「・・・ちなみに・・・ダンタリオンの核が無事な限り、彼らは永遠に再生する・・・まあ正気かどうかまでは知らないけどね・・・どうだ、これは芸術品だとは思わないか?・・・こういうものを作る点だけは、製作者を評価してもいいと思っているんだが・・・」
「この・・・このクソッタレをなんて表現していいか、アタシには言葉が思いつかないよ」
「ご心配なく。リサの毒舌をもってしても同様です」
「こいつだけはなんとしても殺すべきだな」
「無駄な殺生は大草原では御法度だが・・・こいつならば掟破りにはなるまい」
「皆、やっちゃいなよ! こんなやつ倒しても、精霊は見離しはしないから!」
「・・・やれやれ・・・作ったのは僕ではないと言っているのだがね・・・」
ユーティの声を皮きりに全員がじりじりと間を詰める中、その行く手を塞いだのはフェンナだった。
「皆、止めて・・・」
「フェンナ、どきなさい。あれは倒さなければいけない存在です」
「でも、でも、そうしたら私の友達を倒さないといけなくなるわ・・・そんなの、私はできない」
「フェンナ!」
「友達なのよ!」
フェンナの目からついに大粒の涙がこぼれ始めた。
「皆一緒に育ったの! 皆私のかけがえのない友達だわ。一緒にご飯を食べて、狩りの練習をして、川まで行って泳いだし、木登りもしたし、それから、それから・・・」
「フェンナ・・・」
「お願い、私の友達を殺さないで・・・」
「フェンナ、どきなさい」
泣きじゃくるフェンナを押しのけるようにアルフィリースが前に出る。フェンナはアルフィリースの腕を掴むが、ほとばしる魔力に手が弾かれた。
「痛っ!」
「アルフィ、あんたは・・・」
「ごめんなさい、フェンナ。私を怨んでくれていいわ」
アルフィリースは既に呪印を解放していた。その体からほとばしる魔力と殺気。アルフィリースが呪印を解放したところを見たことがないフェンナ、ニア、カザス、ユーティ、果てはエアリアルまでもが彼女の迫力に思わず後ずさる。
「アルフィ・・・」
「大丈夫よ、ミランダ。私が勝つから。リサ、あのデカブツの核、みたいなものはあるかしら?」
「え、ええ。ちょうど体の中心にそれらしきものが」
「と、なるとあのでかい口に一発ブチ込むのがよさそうね。どの系統がいいかしら」
アルフィリースがぶつぶつと何やら考え込み始める。だがその考察も一瞬。
「よし・・・フェンナ、全員助けるのは無理だけど、出来る限り殺すのは最低限にとどめるよう努力するわ。それで我慢して」
「アルフィ・・・」
何の躊躇いもなくフェンナの友人を殺すと言ったアルフィリースに青ざめるフェンナの顔を見て、アルフィリースが露骨に嫌な顔をした。
「何、不満なの? なら他に良い案を出して見なさい。それともあのお友達と一緒にあなたも死ぬとでも? 残念だけど、そんな選択肢は許可できないわ」
「そういうわけでは・・・」
「なら黙って見てなさい、これが最良の選択肢よ。全員助かる幸せな結末なんて、現実にそんなものありはしないわ。力ない者は死んでいくのよ、この残酷な世の中ではね。何人か助かるだけでも、御の字のはずよ」
ぴしゃりと言いきったアルフィリースに、ライフレスがゆっくりと拍手する。
「・・・その意見には賛成だね・・・」
「あら、気が合うじゃない、ライフレス。でも残念だけど、貴方も死ぬのよ。その魔王を片づけたら、次はあなたよ」
「・・・ふふふ・・・怖い怖い・・・」
「おしゃべりはここまでよ、始めましょう。皆は下がっていなさい」
アルフィリースがすたすたと前に歩き出す。その様子を見ていたエアリアルが思わず呟いた。
「あれは・・・あの殺気は、本当にアルフィリースなのか?」
だがその問いに答えられる者は、その場には誰もいなかった。
続く
次回投稿は2/18(金)12:00です。