快楽の街、その194~果てなき欲望①~
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「!?」
「どうしました?」
フォスティナとリリアム、それにエネーマが三人でターラムを散策していると、突然エネーマの様子が変わった。散策といっても彼女たちは互いに牽制し合いながら行動しており、傍目から見ると剣呑とした雰囲気を醸し出していたため、周囲の人間は距離をおきながら彼女たちを見守る始末だった。それでも表面上はいかにも三人の女子といった様子を取り繕っていたのだが、途端エネーマの様子が険しく変わったのだ。
様子の変化には、フォスティナとリリアムも当然気付いた。
「・・・仲間がやられたわ」
「仲間? 誰かな?」
「ダートよ。まさかダートをやれる人間が、この街に貴女たち以外にいるなんてね」
「冗談はよしなさい、私たちにそんなつもりはないわ。あなたたちがいかに物騒な集団だろうとも、そこまで傲慢じゃない」
「はっ。言うわね、黒のリリアム」
「喧嘩を売っているの? 買うわよ」
エネーマとリリアムが殺気を出しながら睨み合うと、道端にいた猫が一斉に逃げ出し、周囲の露店の人間たちが一斉に裏に引っ込んだ。
そこにフォスティナは、あっさりと割って入る。
「よしなさい、二人とも。誰がやったかはわかるのかしら?」
「魔術で見張りを付けていたけど、映像は鮮明じゃなくてね。魔力と匂いを追跡できる程度の魔術だから、相手が誰かということまではわからないわ。ただ、人間の魔力が完全になくなるのは死んだ時だけ。だからすぐに現場に向かうわ、貴女たちとの慣れ合いもここまでね」
それだけ告げると好機とばかりにさっさと二人から離れようとするエネーマだが、フォスティナもリリアムもその行く手を遮った。
「ターラム内の殺人は、自警団の長でもある私の管轄になるわ。勝手をさせるのは困るわね」
「私も同様。ゼムスの仲間が死んだとなれば、勇者である私にも無関係ではない。勇者の一党が殺されたとなれば、ギルドは沽券にかけて犯人を捜すことになるでしょう。ただし、ダートやアナーセスは同時に賞金首でもあったわね? 勇者の仲間ゆえに刑罰は免責されたけど、ギルドに出ている彼らの捕縛依頼は取り下げになっていないはずよ。死んだというのなら、その去就を確認する必要があるわ」
「何それ、矛盾しているのね。だけど、そうなると討伐したのが誰かわからない限り、ギルドは犯人を捜し続けなくてはいけない、と?」
「そうなるわね」
リリアムの疑問にフォスティナは頷いたが、エネーマはふっと笑った。
「だけど名乗ろうものなら、私たちがそいつを仕留めに向かうわ。今までもそうだった。私たちには仲間意識はないけど、舐められるわけにはいかない。そうでなければ、勇者の威厳も価値も下がってしまうわ。私たちに追われるくらいなら、まだギルドに追われる方がマシだと思うけど」
「それはそうかもしれないけど」
「とりあえず三人で現場に行きましょうか。もう騒ぎになっているかもしれない」
三人は結局連れ立ってダートが殺された現場へと向かったが、そこは予想外に静かだった。いかに人通りがないとはいえ、ダートが殺されてからそれなりに時間は経っている。治安が悪い区画でも、死体がそのまま放置されるような都市ではない。なのにこの静けさは異常だった。
三人は路地に一人佇む男を見た。足元には横たわる人影。ピクリとも動かない人影を見下ろすその男は静かに、そして充満する殺気で人を払っていた。よほどの覚悟がなければこの殺気を払いのけて進むことはできないだろう。リリアムですらこの路地に入るのは躊躇われる。目に入る男と事を構えるのは死んでも御免だと、それだけはわかっていた。
そんな中、エネーマだけがつかつかと男に歩み寄った。
「ゼムス」
「エネーマか」
ゼムスは気のない返事をした。殺気の割に、表情も言葉も穏やかだった。だがこういう時のゼムスが一番怖いとエネーマは知っている。アナーセスのこともダートのことも、ゼムスはもとより歯牙にもかけていなかった。それがダートが死んだことでこの怒り様。どういうことかと、エネーマは困惑していた。
「アナーセスも死んだな」
「は? アナーセスも?」
「先ほどギルドから通達が来た。そして今この体たらく。お前が見張りについていたのではないか?」
「う・・・いえ、その通りですが。申し訳ありません」
エネーマは一切の言い訳をしなかった。言い訳は我が身を不利にするだけだと知っている。ゼムスはエネーマの背後をちらりと見ると、それだけでおおよその事情を察したゼムスだが、エネーマの肩に優しく手を置いた。
「バンドラスのところに行け。奴が犯人を知っている」
「どうしてバンドラスが?」
「死体の一部がない、バンドラスの仕業だ。奴は昔からそうでな。特性持ちや強い者の一部を収集することが趣味なのだ。私も衰えれば奴に狩られるだろう」
「そんな、まさか」
「もちろんその前に私が奴を殺すだろうが、奴は侮れん。何せ私を見出し、戦い方を仕込み、傭兵として最初の手管を教え込んだのは他でもないバンドラスだ。そういう意味では、奴は私の師でもある」
初めて聞いた事実に、エネーマも驚きを隠せない。
「それは初耳です」
「それはそうだ、バンドラスはおしゃべりだが肝心なことは語らんからな。私の仲間では最古参の一人だ。奴自身がアナーセスとダートをやることはないが、やられるように仕向けたかもしれん。お前は奴を捕まえて問いただしてこい。なに、嘘は言わないさ。そういう奴だ、あれは」
ゼムスの言葉はどこか懐かしむように言い含めた。仲間が二人も死んだというのに、この余裕と微笑み。予想していた反応ではあったが、あらためてエネーマはゼムスを畏怖していた。
続く
次回投稿は、12/3(土)22:00です。時間が夜に変わります。