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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その193~ターラムの支配者についての考察③~

 中には、母と子が温かく過ごす日常が書かれている。


「うんうん・・・内容は一般的で道徳的だけど、250年も前の作品なら倫理観が進んでいると考えるべきかな。それにしても絵が上手いわね。これなら写実画家としてもそれなりに大成したんじゃないかな。作者は――これ、自分の肖像画かしらね、凄い美人。でもただの絵本作家が、こんなに上等な服や宝石を身に着けられるものかしら?」


 アルフィリースはその作者――ネーナなる人物について調べてみた。どうせ作家の名前は偽名だろうと思い、出版社の登録簿を当たる。当時で出版社があるとなれば、ターラムの文化は東側の国の先端と変わらない文化を保っていたことになる。出版社は利益を正しく得るため、出自のわからない者の出版は許可されていないのだ。

 アルフィリースは調べるにつけ、ターラムの文化水準の高さに驚き始めていた。


「あった・・・ネーナ、ドロテア、フィー、バーバラ。登録した作家名だけで他にもあるわ。それに絵本だけじゃなくて、画家、鑑定家、踊り子、織物屋経営、それに娼婦? 華美な服装はそのせいか。確かにこの造詣で娼婦ならフォルミネーといかないまでも、相当人気があったでしょうね。それにしても凄い経歴ね。同一人物だと悟られないようにしたのでしょうけど、全て同じ人間だとしたらマスター申請しても遜色ないだけの分化的な人物だわ。この人、自分のことを歴史書に収めたらいいのに。

 でも絵本は趣味かしら、数冊だけ出版して終わったのね。しかも部数も少ないし。そりゃ印刷術のない時代には写本しかないでしょうけど、絵の価値を付加すれば相当数売れると思うんだけどな・・・ああ、絵が必要だから逆に難しいのか。そうなると、絵本自体が画期的だった? やっぱり、ターラムって時代の先端なのね。あら、この本は・・・」


 それは、母が子供に本を読み聞かせる物語。発行部数は少なく、10冊にも満たないが、読んでいてほっとするような温かい話だった。これは創作ではなく、随筆ではなかろうとアルフィリースは疑う。

 おそらくは、ネーナとその母の話。ひょっとすると、どれもそうなのかもしれない。ターラムという街は、私生児も多いと聞く。この物語はそんな彼らの慰めとなったのだろうか。数冊保管されていた本を、アルフィリースはそれぞれ手に取ってみた。すると、その中の一冊に裏表紙が一つだけ分厚いものがあった。

 裏表紙を開けると、そこからは封書が二通はらりと落ちる。アルフィリースは手に取ると保存状態が余程よいのか、字がはっきりと見て取れる。紙もインクも上等だ。当時の一級品で書いたものだろう。


「敬愛するお母さまへ


  母様の愛情と援助をいただいて、ネーナは様々な事業を大成することができました。いつかこの手紙が貴女の元へ届くことを信じて、今筆をとっています。


  孤児の身でありながら、過分な幸せをいただいた人生でした。私と共に母様の元を巣立った者たちも、一様に感謝しております。最後に、絵本という私が最も遺したかったものを作ることもできました。売り物としては使えないでしょうが、いつか私のような者のために残しておきます。


  ただ一つ心残りなのは、お母さまより早く我々がこの世を旅立つことです。私も頑張ったのですが、寄る年波には勝てません。医者からはもう一月ももたないだろうと宣告されています。旅先でこのような手紙を残して逝くことをご容赦ください。


  皆は知りませんが、私だけは母様が存命なことを知っております。どうして気付いたですって? 私は鑑定士でもあるのです。目だけでなく、筆を通して、真実を見抜くのが私の仕事です。お母さまが御隠れになったのではなく、一度姿をくらまして今は別の場所でご健勝なことぐらいお見通しです。


  私には子どもはおりませんが、事業と遺産はこれから後に続く者のために残しておきます。どうか私のような者のためにお役立てくださいませ。


  追伸 お母さまは自画像がお嫌いでしたが、私にとっては宝物でした。仕事で辛い時に、いかほど勇気づけられたか。お母さまがお休みの際に、ひっそりと描いたことをお許しください。隣にいる私は、想像で描いたものです。私の手で処分するには忍びなき思い出なので、処分の方法はお任せいたします。


                       貴女の娘ネーナより 親愛の情を込めて」


 アルフィリースはもう一つの封書を確認する。それは使い古した、胸元に入るくらいの小さな手帳だった。開くと表紙の裏には一枚の絵が差し込まれており、椅子に座った初老の上品な女性と、やや幼さを残した少女が描かれた絵が入っている。文面と、その絵に違和感を覚えるアルフィリース。

 アルフィリースは再度ネーナなる人物の没年を確認した。その年齢を見て、そんなはずはないと考える。そして絵を再度凝視すると、そこにいる人物には見覚えがあるような気がする。さしものアルフィリースも、驚きで手帳を落としそうになった。


「そんな、まさか・・・彼女が支配者なの?」


 アルフィリースは自分が到達した答えに、愕然として立ちすくんでしまった。



続く

次回投稿は、12/1(木)7:00です。

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