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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その191~ターラムの支配者についての考察①~

 きょとんとしたマルドゥークを見て、アルフィリースは説明を始めた。


「私はターラムの歴史を調べに来たのだけど、そちらは?」

「あ、ああ。私はアルネリアとターラムの関係を調べに来たのだが」

「なら書庫の奥の方に行きましょう。古いものほど奥にあるらしいから」

「そうか。だがこんな時にいいのかな? そちらは大変ではないだろうか」

「それはお互いさまでしょう? ただ、今でなければならないと思ったことがあるというだけだわ」

「藪蛇だったか」

「そういうこと」


 苦笑した二人は連れ立って書庫の奥に向かった。ターラム市庁舎の資料室は一般的に直近10年以内のものだが、それ以上古いものとなると隣接する図書館の書庫に保管されている。ターラムの書籍備蓄は膨大で、図書館として一般公開されている。

 公開されているものだけでも学問都市メイヤーの中央図書館と同等の規模だそうだが、そのほか雑多な資料まで含めれば大陸一なのは間違いない。ただそれらの多くは風刺画だったり怪しげな個人出版の本だったり、有名でも有用でもないため、アルフィリースもここにきて初めてその存在を知った。

 背を遥かに超えてそびえたつ書架の間を歩きながらマルドゥークはヴォルギウスのことを考えていたが、アルフィリースは別のことを考えていた。


「やはり・・・ターラムの支配者は確かにいるのね」

「うん? なぜそう言い切れる?」

「この書庫の製造年月を見て。年代別にきちんと管理されているけど、ちらりと見ただけでも古いものは200年を超えているわ。そんな古い時代から記録を欠かさず残そうとするのは、統一された意志がなければならない。各商業部門や市庁舎の中に、記録を取り扱う部門はないわ。ならばこの市庁舎の書庫は誰が運営、管理しているのかしら。ちょっと調べればわかることだと思うけど、おそらくは個人、あるい特定の集団でしょう」

「なるほど、一理あるな。ならばターラムの支配者はなんとなく目途がついているのか?」

「いえ、まだよ。ただ夕刻までには目途がつくかもしれないわね」

「ほう」


 マルドゥークは素直にアルフィリースに感心した。アルネリアすら気づかなかったこの街の支配者を、わずか数日で絞ろうとしている。マルドゥークはアルフィリースの考え方に興味が出て、素直に問いかけていた。


「どうしてここに来ようと思ったのか」

「まずアルネリアがターラムの支配者について本格的に調べようと思うのなら、権力者から目星をつけたはずだわ。アルネリアの権力なら各商業部門の長と連絡をとることも可能だろうし、強引な手段としては喚問なんて手も使えるかもね。それでも数百年正体がわからなかった。となると、考えられる可能性の一つとして、支配者は権力の座とは無関係なのではないかということ」

「支配者でありながら、ターラムの権力者ではないと?」

「表立っては。ミリアザールもそうだけど、表向きと実務では顔を使い分けるわよね? 支配者って、多かれ少なかれ皆そうだと思うの。ただ本当に支配するのなら、誰が本当の権力を握っているのかわからないようにするの上手い手段だと思うわ。どこに支配者の権力が及んでいるかわからなければ、近寄るどころか噂話や悪口すら危険になるものね。

 だからターラムの権力者は自分の正体を隠した。そして市井に紛れ、数百年を過ごしているのではないかと」

「人間ではないということか」

「あるいは、支配者の血脈を保っているか。もっとも、おおよその見当はついているのだけど・・・これ以上はまだ何とも。そちらは? もし私に手伝えることがあれば」


 マルドゥークは膨大な書物を前にして、どこから手を付けるべきか思いつかないことに、今更ながら気付いた。


「いや・・・そうだな。現在のターラムの司教はヴォルギウスという男なのだが、彼が司教になってから色々と制度が変わっているのだ。だがそろそろ交代の時期でもあるのだが、頑固で不精な御仁でな。書類の提出もいい加減なものだから、周辺調査をしなければならない。もし関連することがあったら教えてくれると助かる」

「ふぅん、色々と面倒なのね。わかったわ、ついででよければ調べておくわ」

「頼む」


 マルドゥークは肝心なことをぼやかしたが、もちろん全てを正直に言うわけにはいかない。だがおおよそはアルフィリースに語った通りであり、嘘を言っているつもりは毛頭なかった。

 そして書庫の奥で別れて一刻、カンテラで傷んだ文字を読むのに目が疲れた頃、マルドゥークはふと気分転換にアルフィリースを探した。そして書庫の奥で山と積まれた書物の上に陣取り、本を読み漁るアルフィリースを見つけた。

 既にアルフィリースの足元にある本の数はおおよそ百を超えている。マルドゥークは声をかけるのも忘れ、しばし呆然と本を読むアルフィリースを見つめていた。アルフィリースもまたマルドゥークに気付かないのか、ぶつぶつと独り言をつぶやいている。その間にも本は消費され、うずたかく積まれていった。その速度ときたら、まさに魔術でも使っているのではないかと思えるほどだった。


「そっか・・・やっぱりターラムの成り立ちから考えると最も古い産業は・・・そうすると支配者がいるのはやっぱり私の想像通り・・・街に張り巡らされた魔法陣もそれを示している。だけど証拠がないなぁ・・・それに書類の上での表記なんていくらでも変更できるし・・・」

「アルフィリース殿」

「うん? あれ、マルドゥークさん。まだ一刻でしょ?」

「よくわかるな」


 マルドゥークは書庫に入る時に渡された砂時計で時間を測っていた。書庫は外からの陽が射さないため、時刻がわからなくなるからだ。書庫は広く、見回りも書庫にいる人間を見落とす時がある。以前は書庫で時間の経過も忘れ没頭した閲覧者が閉じ込められ、そのまま死体で見つかったとかなんとか。以来、書庫での閲覧は三刻までと時間制限が設けられ、それまでに帰還がなければ職員が探しに来ることとなっている。

 そのための砂時計で、一回砂が落ち切ると半刻を示す。一度反転させて砂が落ち切ったから一刻と考えたのだが、アルフィリースは砂時計も見ずに即答した。だがアルフィリースには当然のことだったようだ。



続く

次回投稿は、11/27(日)7:00です。

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