快楽の街、その190~報復㊱~
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「おいおい。あの小僧、ダートに勝ちやがったぜ」
「・・・」
ファンデーヌとゲルゲダは、レイヤーとダートの戦いを遠くから観察していた。ゲルゲダは正直この依頼に乗り気でなかったから、関わらないにこしたことはないと考えていたし、ファンデーヌもまた戦いに参戦するつもりはなかった。ダートの能力は正直厄介だし、三番が何か仕掛ける雰囲気があったので一度遠くから観察することにしたのだ。
果たしてレイヤーがこのタイミングで参戦してきたのは意外だったが、それ以上にまさかダートを追い詰めきるとは思わなかった。ゲルゲダはもとより、ファンデーヌもまた唖然としてこの結果を見つめることしかできなかったのだ。
「ダートっていえば、ギルドに登録している魔術士の中では五指に入っているはずだよな? 表立った依頼じゃ一度も不覚をとったことはないはずだし、ランクでも限りなくAの上に近い中位だったはずだ。うちの団にあいつよりランクが上の奴は、10人もいないはずだぜ。ファンデーヌ、お前のランクは?」
「・・・Aの下位よ」
「俺はBの中位だ。俺の場合は罰則が多いから下げられているのもあるし、ランクなんてものはギルドへの貢献度も考慮されるから、それを差し引いてもまっとうな勝負でダートに勝てる気はしねぇ。実力だけならS級だからな。あの小僧、何者だ? お前はこの可能性を考えていたから、あの小僧を追いかけていたのか?」
「ここまでとは考えていなかったわ。考え方を改めないといけないわね」
ファンデーヌの言葉は冷静に戻っていたが、目には炎のような怒りが浮かんでいることをゲルゲダは見逃していなかった。間違いなく私怨。どこであの少年と関係があったかは知らないが、ゲルゲダですら恐れるほどの怒りをファンデーヌは秘めているように見える。
もうここに用はなかったが、離れようとしないファンデーヌに、ゲルゲダもまた言い出しにくいのか無為な時間を過ごしていた。沈黙を破ったのは、マックスの下僕であるラバーズ。
「あ、ここにいたんですね!」
「おう、お前はマックスんとこの」
「隊長二人に招集です。外のオークに動きあり。対策を練るから至急集まれと」
「対策もくそも、逃げるしかねぇだろうが。ブラックホーク全員集結しても、万を超えるオークはやれねぇだろ。いや、ヴァルサスならなんとかしちまうかもしれねぇが、あいつはこの近くにゃいないだろ?」
「いるのは我々とあなたたち、それに三番隊もいますよ」
「はぁん? ゼルヴァーもここにいたのか? 何やってんだ、こんな時に」
思わぬ仲間が身近にいたことに、頓狂な声を上げるゲルゲダ。ラバーズも肩を竦めるのみだ。
「どうやら近くで依頼をこなして、三番隊の副隊長と合流したらしいです。彼らはよく隊を分割して動いていますからね」
「そりゃあ知ってるけどよ。あいつらも運がないのか何なのか。いないよりはマシか。それで? 何かマックスは面白い策でも思いついたのか?」
「そうですね。策、というよりは外の状況が面白いかもしれませんが」
「ほぅ? なら話だけも聞いてやるか。行こうぜ、ファンデーヌ。マックスの野郎はムカつくが、あいつの立てる作戦は面白いからな。話を聞いて損はないはずだ」
「・・・私は依頼の達成を報告してから行くわ。合流場所だけ教えて頂戴、一刻以内には行くから」
「ですが・・・」
「そうか。早く来いよ」
何かを言いかけたラバーズを制し、ゲルゲダはその場をいち早く去った。ファンデーヌとこれ以上一緒にいたくなかったのだ。見た目もその体も極上の女なのに、女から逃げたいと思ったのはゲルゲダにとってこれが初めてだ。得体のしれない女。それがファンデーヌに対するゲルゲダの最終的な評価だった。
そして誰もいなくなった後で、ファンデーヌの背後の影が一層濃くなった気がした。ファンデーヌは誰も近くにいないことを確認したうえで、さらに人除けの香を使い厳重に人払いをした。濃くなった影がざわりと蠢く。
「――?」
「・・・わかっているわ。今回はこれ以上あの子には関らない。それでいいわね?」
「――」
「ふん、代わりに自分がやるですって? わかっているの? こんな人間が多いところであなたが活動するのは望ましくないわ。先のクライアとヴィーゼルの戦争ですら、あなたが出現したとの噂が出回っているのよ。目撃者は全員殺したのでしょう?」
「――」
「なんですって? あの子が唯一の生き残り? まさかあなたの攻撃防いだと言うの!? 今まであなたの攻撃を防いだのは、銀の継承者達のみのはず。ただの人間にそんなことができるはずがないわ」
「――」
動揺するファンデーヌをそのままに、影の気配が去った。ファンデーヌの表情が曇る。
「確かめる、ですって? まさか『剣の風』がそんなことを考えるだなんて。あの子、ますます危険ね。折あらば始末しないと」
ファンデーヌはぎり、と唇を噛みながらその場を後にした。もはや自分はレイヤーにかかずらう余裕はない。まずは傭兵として依頼の達成報告をし、報酬を受け取らなければならない。
まっとうな傭兵のふりも楽ではないと、ファンデーヌはいまさらながら煩わしく思うのである。
***
同日朝、マルドゥークは市庁舎に立ち寄っていた。リビードゥの征伐が完了したとはいえ、オークの大軍に包囲される緊急時に、神殿騎士団の責任者としての仕事を放棄する形になっていることは承知しているが、どうにもターラムでの一連の出来事がしっくりとこないのだ。ウルティナも目覚めた後には多少の混乱は見られたが、通常業務に支障はないと判断できたのでまとめ役を任せている。
マルドゥークの本来の任務は、リビードゥの征伐にとどまらない。その能力を買われて、ミリアザールからは直々にターラムの支配者を探せと命令を受けている。アルフィリースのことを信頼していないわけではないだろうが、やはり傭兵に全てを任せるわけにはいかないとの判断だろう。だがそちらの方はさすがに見当もつかなかった。そもそも今まで数百年判明しない者が、たかだか数日で見つかるはずもない。
だが、悪霊を討伐した夜にヴォルギウスと話し合ってから少し考えることがあった。ヴォルギウスに関しては、ラペンティから注意を受けている。古い種類の、融通のきかない人間だと。年が近いだけに互いに良く知っているらしいが、若い頃は巡礼の将来有望な若者であったらしい。大司教になるかどうかはさておき、少なくともそれに準ずる地位にまでは出世するだろうと囁かれた秀才だったそうだ。その男がなぜターラムから離れないのか。ラペンティにもわからないその理由を探れと言われていた。
いかに敬愛するラペンティの命令とはいえ、少しは自分の身が一つしかないことを考慮してほしいものだと、思わずマルドゥークはため息をついていた。解決不能な難題ばかりが目の前に並ぶと、さすがの執念深い自分でも嫌になろうというものだ。しかもオーク共もいつ動き出すかわからないこの状況だ。時間もありはしない中、どれほどのことが探れるのか。マルドゥークが軽く頭痛を覚えながら市庁舎の資料室で探し物をしていると、意外な人物に出会った。
「あら、マルドゥークさん」
「アルフィリース殿か?」
なんとアルフィリースが同じ場所に来ていたのだ。マルドゥークには珍しく、やや驚いた様子で目の前の女性を見つめてしまった。
続く
次回投稿は11/25(金)7:00です。