快楽の街、その189~報復㉟~
「相手との関係によるわね。仕事ならできる限り何も考えないようにしているし。私にとって殺しは基本、気持ちのよいものではないわ。情が移るとそれだけこちらも悲しいから、できる限り相手のことは知らないようにしている。
知っているかしら? 超一流の暗殺者は、感情豊かでなければならないの。感情が死んだ人形では、超一流にはなりえない。だって、感性が死んでいるってことですものね。死線をわける一つの要因は感性よ。感性が高いほどに、わずかな予兆も見逃さないわ。最も感情が最初から壊れてる奴もいるし、歪んだ嗜好を持っている人が多い業界だから、あまり参考にはならないかもね」
「憎くて相手を殺したことは?」
「あるわ、一回だけね。私を買った奴隷商人。私のことを人間とも思っていなかった。だからこちらも人間とも思えない手段で殺したわ。でも不思議なことに、何もすっきりしないのね。残ったのは、後味の悪さだけ。それから殺しに余計な感情は挟まないようにしている。
結構難しいのよ? 人間らしさを保ちながら、殺しを続けるのは。だから私はある程度仕事をこなすと、しばらく殺しとは無縁の世界で暮らすの。旅をしたり、全然関係ないところで働いてみたり、時には色恋沙汰に身をやつすなんてこともあるわ。
でも、あなたに人殺しは向いていなさそうだわ」
「向いていない? 初めて言われた」
「向いていないわ。あなたは永久凍土のように押し込めた感情の奥底に、炎のような情熱がある。多くの暗殺者を見たけど、そういう人は暗殺者に向かない。暗殺者は自分も相手も理由なく殺せる者でなくてはならない。あなたはいつも、自分が力を振るう理由を考えている。その力の意味も。あなたは本当は、騎士か何かが向いているのではなくて? 良い主を得た時、本当の力を発揮するような気がするわ」
「・・・その点はあまり心配していない。僕の主はまっとうだと信じているよ。もし間違っていたら、止めるけどね」
「その発想がもう騎士よ。殺し屋も傭兵も、盲目的に雇い主に従うだけだもの。優先すべきは自分の安全だけだわ」
「そうか・・・うん、ちょっとすっきりした。話を聞いてくれて感謝するよ」
レイヤーは三番に一礼すると、剣を収めて速やかにその場を去った。ダートの張った人除けの結界ももうない。その場を去るのが三番にとっても正解だったが、しばしレイヤーの背中を三番は見送っていた。
そこに現れたのは、黒猫だ。黒猫は三番を促して移動させると、木箱の上に行儀よく座って三番を見据えた。もちろんウィスパーが操る猫だ。
「珍しいな、お前が誰かに執着したのは」
「・・・そうね。ちょっと自分でも意外だわ。でもあの子、大陸でも有数の戦士になるわよ。しかも間違いなく特性持ち。どんなものかはわからなかったけど、戦いの最中に強くなったわ。あの子ならもしかしたら、あなたの目的を達成するための助力になるのではなくて?」
「まさか、まだ幼過ぎる。『銀の継承者』が動くまでの時間はそれほどないかもしれない。『剣の風』も、大きな戦が現れると必ず出現する。その時はもうそこまで迫っているだろうからな。今ある手駒でなんとかするしかないのさ」
「そうですか、ならその前に休息をいただくとしますかねぇ。温かくてゆっくりできる島でも貸切で押さえてくれません? エクスぺリオンの販促、宣伝から始まって、コルセンスの暗殺、勇者の一行の始末と大きな仕事が多すぎですよ。その前にも1年以上仕事に従事していますし。大きな仕事の前に鋭気を養っておかないと」
「それは構わんが――待て。お前、今なんと言った?」
「だから温かい場所でゆっくりできる――」
「その後だ。コルセンスの暗殺だと? そんな命令を私は下していない」
「は? でも確かに鳥が私に――」
「私は命令を伝達する時、同じ動物を2回使わない。お前も知っているだろう」
「ではあの鳥は――まさか」
三番は思い当る可能性を考えた。コルセンスの行動は確かに迂闊だった。ここまで他の有力者を上手く欺いてきたのに、どうしてこの段階になってぼろを出したのか? それに闘技場での一件も、妙な結末になった。あそこに魔王を出現させるのはエクスぺリオンの威力を見せつけ、裏の販売経路で流通させるための出し物だったが、些か大騒ぎになりすぎた。あそこまで強い魔王を出現させるつもりはなかったのだ。
他にもおかしいといえば、色々あった。オークがターラムを包囲するのはよい。だがどの街道警備隊も気付かず、ターラムほど人の出入りが多い街で、誰もターラムに知らせに来る者がいなかった。だからこそ包囲されてから気付いたのだ。
リビードゥの館が動いた時もそうだ。あの場所にはそれほど人はいないはずなのに、霧が出始めた時には既に大勢の人間がおかしくなっていた。それに霧に中にいた化け物たちはどうなったのか。町人が襲われたという話はほとんど聞いていない。
今回の一件はどうだ。ダートは人除けの魔術を使っただろうが、アナーセスの一件はまだギルドにも報告されていないのではないか。ヤトリはどうして破滅する羽目になった? そもそも、どうしてリビードゥの館にエクスぺリオンがあることを知った? カラミティの関係する娼館が全てばれたのはたまたまか?
この全てが関係するわけではないにしても、様々な情報の欠片がぐるぐると頭を回った結果、一つの人物の姿が頭の中に浮かんできた。
「ウィスパー、休暇をいただく前にもう一つ仕事の許可を」
「それは構わんが、どうした?」
「ターラムの一連の流れ、一人の人物の手のひらの上かもしれません。我々アルマスも踊らされただけかも」
「・・・だとすると、見逃せんな。だが援軍はないぞ?」
「ならば私が手を貸そうか?」
「誰だ!」
急な声の出所を三番が見咎めた先には、見覚えのある老人が立っていた。
続く
次回投稿は11/23(水)7:00です。