快楽の街、その188~報復㉞~
「ふっ!」
「芸のない!」
さらに踏み込むレイヤーに、ダートも罠を発動させて応戦する。ただその数が今までとは明らかに違い、今度は同時に10を超える杭や炸裂弾、さらには網のような罠や投擲による罠までもが作動した。明らかにレイヤーとの近接戦闘を嫌がっているのがわかる。
たったさっきのレイヤーの技量ではそこまで多くの攻撃全てを捌くのは不可能だったはずだが、今はどれを避けてどれを打ち落とせばいいのかまで冷静に判断できる。三つの杭を避け、二つの石を弾き飛ばし罠にぶつけて相殺する。そして5つをマーベイスブラッドで解呪すると、一気にダートとの距離を詰めた。
「なっ・・・!」
その人間離れした反応に驚くダート。それ以上に、予測よりもさらに動きが速くなった。慌てて放たれる罠は、もはやレイヤーの前進を止められるほどではない。レイヤーの圧力に建物の壁を背にすると、振り下ろされるレイヤーの剣に向かって思わず防御の姿勢をとってしまう。魔術による自動防御があるからそんな必要などないのに、レイヤーの殺気と気迫に押されたのだ。
先読みはできても、相手の圧力まで読み切れるものではない。まして、自分が気圧されるとは考えてもいなかった。
だがレイヤーの剣は砂鉄の輪に当たる直前でぴたりと止まる。そしてそこからゆっくりと、まるで亀の歩みのように押し進められる剣。ダートは何が起こったのか呆然とその光景を見てしまった。戦いの最中とは思えない行動に時が止まったのかとダートは勘違いし、攻撃することすら忘れていた。
すると、レイヤーの剣が砂鉄の輪の間をすり抜けてくるではないか。唖然とするダートが取った行動は攻撃ではなく、さらなる防御魔術の構築だった。
「な・・・くそっ!」
「ゆっくり動く物には反応できないみたいだな!」
レイヤーの剣が砂鉄の輪をすり抜けると、そこには壁が造られた。レイヤーの見立て通り、自律防御は一定以下の速度で動くものに反応できない。そうなると自力で防御魔術を展開する必要があるが、ダートはそこで砂鉄の壁を選択してしまった。どのような形状でも選択できるにも関わらず、レイヤーの姿が見えなくなる壁を選択したのだ。
思わず視界を遮ったことを後悔したダートだが、レイヤーの姿が壁のどちらにも見えないことに気付くと、逆に恐怖にかられた。壁の向こうで、相手は何をしているのか。自律防御の輪は二つ残してあるが、相手が何をしているのかわからない恐怖にダートは耐えられなかったのだ。
「小僧、何をしても無駄だ! 私の防御は鉄壁だ! 突破は不可――」
自身に言い聞かせるように虚勢を張るその言葉が終わらないうちに、砂鉄の壁から剣の先が覗いた。厚さにして肘から指先ほどの厚みがある砂鉄の壁を、強引に剣で押し進めてきたのだ。
巨人の腕力をもってしても早々そんな芸当はできないのに、自分に肩程度までしかない背丈の少年がやってのけた。もはや人間業ではない。ダートはレイヤーの剣が自分に届く前に、小さく悲鳴を上げながら砂鉄の壁に手を押し付けて魔術の系統を変化させた。
「突き出ろ、『壁の鉄槍』」
砂鉄の壁の向こう側に、避けようもなく敷き詰めた砂鉄の槍が突き出される。壁の向こうに相手がいれば、間違いなく串刺しになる。砂鉄から突き出た剣は止まっている、まだレイヤーは出てこない。これで相手は死んだはずだ――ダートはそう思ったが、魔術は武器と違って手ごたえがないことを、魔術士であるダートはわかっていなかった。
ダートの視界が一瞬暗くなる。それが頭上から壁を飛び越えてきたレイヤーの影だとわかった時、レイヤーは既に砂鉄の輪を二つ同時に剣で押し止めたところだった。すかさず反撃に出ようとしたダートの顔面を、拳で殴りつけるレイヤー。相手をのけぞらし、なおかつ詠唱もさせないためには最も効果的な手段だ。言葉よりも、拳が速い。
そして追撃をしようと試みたレイヤーと、目の奥に光が戻るダート。ダートが何か狙っており、それがまた致命的な試みであることをレイヤーが感じ取った瞬間、どちらにとっても意外な結末が訪れた。
ダートは後ろから誰に押されたと思った。それが自分の心臓を貫く壁から突き出た剣だと気付いたのと、ダートの首が捻り折られるのは同時であった。ダートが最後に見たのは、壁から生えるように突き出た剣。そしてその根元から人間の裸婦に変化する驚愕の光景。ダートが光景の意味を最後に理解したかどうか。ダートを仕留めたのは、アルマスの三番だった。
三番は剣に変化させた左腕を元に戻すと、こびりついた血をダートの服でふき取った。そして先に仕掛けさせた暗殺者たちの衣服を剥ぎ取って纏う。そしてレイヤーに向けて、微笑んでいた。
「感謝するわ、少年。あなたがあそこまで追い込んでくれなかったら、この男をここで狩るのは難しかったでしょう」
「あんたのためにやったわけじゃない」
「すっきりしない顔ね。獲物を横取りされて悔しいかしら?」
レイヤーは確かに憮然としていたが、悔しさを感じていたわけではない。ただすっきりとしない感情だけが残り、持て余していたことは事実だ。たしかにアナーセスとダートには怒りを感じていた。だが、復讐を果たしても何も解決した気がしないのだ。また、戦いを通じて強くなったのは確かなのに、それでも釈然としない感情だけが残った。努力や修練で強くなった気がせず、力の源が何なのかわからないからだ。
レイヤーは行き場のない感情を、思わず目の前の三番にぶつけた。
続く
次回投稿は、11/21(月)7:00です。