快楽の街、その187~報復㉝~
それは彼を守るように出現した黒い蛇のようでもあり、そうかと思えば集散して壁のようにも変化する。今までとは明らかに違う魔術の使い方だった。そして最後は自分の周りを回転する幾重もの輪に変形させると、ダートは得意げにつぶやいた。
「これ、なんだと思います?」
「・・・」
「愛想のない小僧ですね、そんなんじゃ嫌われますよ? これはねぇ、砂鉄というものです。河口の町では製鉄が盛んになりやすい理由ですよ。ただこの街の石は火山かどこかから持ってきたのか、鉄の成分が多い。ここならこの魔術も十分に起動するでしょう。
砂を操れるのなら、その応用で砂鉄も。金の魔術も多少は心得がありましてね」
「聞いてないよ」
レイヤーが仕掛けたが、振り下ろしたマーベイスブラッドは変化した砂鉄の輪に止められた。魔術で動くものなら切れるはず。そう考えていたのに、弾かれたのだ。ダートはこの結果を予想していたのか、驚く様子でもなく冷静にレイヤーの反応を見ていた。
「どうやらその魔剣の性質を正確には理解していないようだ。魔術無効化の特性を持つ武器防具は比較的数多く存在するが、そのほとんどは魔術に直接触れない限り意味がない。また解呪できる魔術は、一度の接触で一回だ。このように、砂鉄の中に術式を複数組み込めば、その剣は意味をなさなくなる。魔術士なら、解呪に対する対策も練っていて当然でしょう?
これで安心して接近戦ができますね。高速で回転する砂鉄の輪に巻き込まれれば肉が削げる。私の拳を一度避け損ねても、解呪が間に合わなければ致命傷になる。さて、どうしますか?」
「・・・いや、より単純になっただけだ」
ダートの挑発ともとれる言動だったが、レイヤーはシェンペェスも抜き放ち、二刀を構えた。
「お前の攻撃を全部避けて、その輪っかごと叩き斬ればいいだけだ」
「だからそれが無駄だと言っているのに――これだからガキは嫌いなんだ!」
ダートが足元の石を蹴りあげてレイヤーを狙う。そこにはダートが仕掛けた魔法陣が浮かび上がり、レイヤーはそれらを一瞬で切り払う。だが今度は全てをマーベイスブラッドで打ち落とすのではなく、一部をシェンペェスで弾き返した。弾き返した石は罠が発動するが、それは飛びこもうとしたダートに向けて放たれる。だがダートはそれすらも予測したのか、避けもせずに砂鉄の輪に防御を任せて突撃してきた。
詰まる間合い。拳の届く距離まで接近した二人は、互いの拳と剣を繰り出した。レイヤーの剣はダートの砂鉄に切り込むが、切断するには至らない。シェンペェスならば強度で勝るのは想定通りだが、厚みまで変化されると両断は難しい。
一方でダートの拳はレイヤーに全てかわされる。確かにダートの拳闘術は優れていたが、レイヤーの反応速度をもってして捌けないほどではない。互いに決め手を欠いたままの攻防だが、ダートにはまだ余裕があった。先読みでは優位を信じており、戦いが長引くほどに自分が優勢になると信じて疑わなかった。優位が揺らいだのは、自分の額が浅く斬られた時。全く予想できないレイヤーの動きに、ダートの顔色が初めて変わり後ろに飛びずさった。追撃しようとするレイヤーの前に、壁となった砂鉄が行く手を阻む。
再び距離が離れたところで、ダートは初めて目の前の少年に脅威を覚えた。一対一の勝負で、戦いの最中に自分に肉迫してくる相手はいつぶりか。少なくとも、仲間以外では片手で数える程度しか記憶にいない。だがそのいずれもが、戦いの前に苦戦が予想された相手だ。だから苦戦はしたが、結果的に負けるとは思えなかったので余裕があった。
レイヤーとの戦いでは勝つ結末が予測できていたはずなのに、戦いの最中にこんなことが起きたのは初めてだった。ダートは戦いの最中にも関わらず、思わず疑問をレイヤーに投げかけていた。
「小僧、何をした? なぜ俺の防御を突破できる?」
「何も特別なことはしていないさ」
「嘘をつけ! 戦いの最中に強くなる奴など、聞いたことがない! お前、何かしただろう!?」
「僕が何かしたとして、教えるわけがない。これは命のやりとりだ。お前、戦いを自分の欲望を満たすための手段と勘違いしていないか?」
「う、ぐっ」
そのものずばりと言い当てられ、言葉に詰まるダート。だが驚いているのはレイヤーも同じだった。さっきのせめぎあいの最中、導かれるように剣が奔った。この攻撃を避けて、ここに剣を出せば、防御されない。そうした読みに導かれるままに剣を出したら、相手に当たったのだ。ただ、その理由がレイヤーにはわからなかった。先ほどダートが語った先読みという感覚は、このようなものだろうか。
「(シェンペェス、何かした?)」
「(いや、何もしていない。せいぜい相手の拳闘術に対する情報をお前に流したくらいだ。相手の拳闘術は上の下、投擲の技術はない。昔から大陸に広く伝わる教本を基礎とし、ほとんど変わりがないな。奴の基本的な戦い方は稚拙だが、あの防御は独創性に富む。おそらくは魔術を独自に組み上げた、自律性の防御魔術だ。近づく者を自動的に排除するように組んであるのだろうな。でなければ、背後からの投擲に反応できるわけがないからな)」
「(突破は不可能?)」
「(もうお前は突破したではないか。だがそうだな・・・自律性があるということは、決められた行動以外は取れないということだ。突破口は必ずある)」
「(たとえば?)」
「(あれの魔術処理が追いつかない速度で動く、とかな)」
「(あの反応より早く・・・それは人間業じゃないね。輪っかは7本だけど、状況に応じて増やせるだろう。7本を同時に反応させるような攻撃を考えて・・・いや、待てよ。それよりは・・・)」
レイヤーは一つ思いついた方法があった。魔術のことは詳しくないが、試してみる価値はあった。レイヤーは剣をもったままじりじりとダートの周りを回り始めた。ダートもまたレイヤーと正対するようにじりじりと動く。
そしてダートが最も建物の壁に近くなったところで、レイヤーが一気に踏み込んだ。
続く
次回投稿は、11/19(土)7:00です。