快楽の街、その185~報復㉛~
レイヤーとしても初太刀くらいは受けてくれるかと思ったが、相手は甘くない。マーベイスブラッドでの一撃なら防御魔術も無効化できるはずだが、当たらなければ意味がない。一度間合いを離されると、ダートは簡易の魔術を起動させる。
『礫弾』
簡単な石つぶての魔術。数はあるが威力はさほどでもなく、レイヤーを少々ひるませるのが精一杯だ。時間をかけて詠唱すれば鎧も打ち抜く威力となるが、ダートは別に攻撃手段として唱えたのではない。石つぶてがレイヤーの持つ剣に当たると、その石つぶてだけは脆くも崩れ去った。その現象を見て、ダートは確信を得る。
「なるほど、魔術を打ち消す魔剣ですか。それは厄介ですが、最後まで隠しておくべきだったでしょうね」
「・・・ふん、一回でも当たれば致命傷になるんだ。いつまでもよけれると思うな」
「当てられるものならどうぞ?」
「言われなくても!」
レイヤーが一歩踏み込んだ瞬間、足に鈍い痛みが走った。見れば、地面から突き出た細い杭がレイヤーの足を貫いている。レイヤーは即座にマーベイスブラッドで杭を打ち消したが、ダートはその一瞬でさらに距離を取っていた。
その表情に悠然とした笑みが浮かんでいる。
「私の能力は有名だから多くの者が知っていますが、それでも私はここまで生きている。それがどういうことかわかるかな?」
「さあね」
「下調べをしたのなら知っているはずだ。私は『罠使い』のダート。魔術を仕掛けて、相手を罠にはめる。だが、それを可能にする能力がどういうものか知らない限り、君に勝ち目はない。
まずはここまで来てみたまえ、話はそれからだ」
ダートは余裕綽々で構えていたが、レイヤーが踏み出すと即座に罠が起動する。罠の種類は原則土属性。罠が発動して飛び出す杭の形状や本数は様々で、円錐状のものもあれば銛のようなものもあったが、罠が発動してから杭が飛び出すまでの一瞬でレイヤーはそれらを薙ぎ払い解除した。一歩踏み出せば一つから三つの罠が作動し、レイヤーはそれらを打ち払いながら前進する。罠となる魔術が起動するには必ず魔法陣が光らなければならないが、発動するまでは巧妙に隠されているため、レイヤーが見破ることは不可能だった。
そしてレイヤーが罠を切り払うたびに、ダートは一歩後退する。そうることで一定の距離をレイヤーと保ち、なおかつダート本人も「礫弾」で攻撃を仕掛けてきた。無詠唱で起動できる最も初歩的な攻撃魔術だが、レイヤーが丁度反応できない箇所で打ってくるため、何発かに一発がレイヤーに命中し、徐々に体力を奪っていく。なおも前進するレイヤーだが、ダートとの距離が一行に縮まらない。
「(おかしいぞ・・・この数、罠の魔術はいつ唱えているんだ? それにどうして正確にこちらの行動を読める? 足の踏み出す位置に、どれも正確に仕掛けられている?)」
レイヤーは一度足を止めた。当然罠の起動も止まり、攻撃の嵐がやむ。ダートも合わせるように足を止め、レイヤーを見つめた。
「もう終わりですか?」
「いや、見極めている。お前がどうやって罠の魔術を張っているかを」
「ああ――別に隠すようなことでもないですが、砂でこうやって、ね」
「砂?」
ダートの足元から伸びる砂が、魔法陣を描いていた。一度魔法陣を描くと消え、別の場所に魔法陣を作り続ける。ダート本人が描かなくとも、こうやった先ほどから魔法陣を仕掛けていたのだ。それなら多数同時に仕掛けられることにも納得がいく。
ダートは得意げに述べた。
「私は魔術の才能はそれほどでもなくてね。魔力の総量に関しては、才能や家柄に恵まれた人間にはとてもではないが及びません。正直、魔術士としての限界は知れています。だから考えたんですよ、どうやって戦闘で生き延びるかをね。
その答えの一つがこれ。最小の魔力で多数の魔術を操ること。私は常々不思議だったのですが、どうして人間は砂や土を武器にしないのですかね。どこに行っても無限にあるこれらを味方にできれば、そうそう負けることなどないというのに。
それに生き物というものは痛みに敏感ですから、少々の傷でも行動を制限される。知っていますか? 猛獣でも、口の中に刺さった骨が痛くて餌を食べずに死ぬのです。それくらい、痛みというものに生き物は敏感です。痛いとわかっている場所には踏み込んでこない。
私の戦い方は地味ですよ。でもね、これでどんな強力な敵も倒してきたんです。倒せなかったのは、ゼムスの一党くらいですよ」
「そうか。でもこちらがじっとしていれば、逆に打つ手がないんじゃないのか?」
「まあ、膠着状態にはなりますね。でも、罠自体が動かないとは一言も言っていませんよ?」
ダートがふところからひょいと投げたのは、拳よりも少し小さい程度の石だった。何事かとレイヤーが見ると、そこに魔法陣が浮かび上がる。
続く
次回投稿は、11/15(火)8:00です。