死を呼ぶ名前、その7~修行の成果~
「・・・さて・・・僕が相手をしてあげてもいいんだけど、君たちに見せたいものがあってね・・・こいつを無事倒せたら僕が直々に相手をしてあげよう・・・そうだ・・・」
ライフレスがくるりとフェンナの方を向く。
「・・・以前・・・君に持ちかけた話を覚えているかい?・・・」
「え?」
ライフレスはにやりとする。
「・・・僕と一緒に来れば、君の仲間に会わせてあげると言っただろう?・・・」
「・・・それが、何か?」
「・・・君が来てくれないからしびれを切らしてね・・・連れてきてしまったよ・・・フフフ・・・」
「何を言って・・・」
その瞬間、周囲で燃え盛っていた木をなぎ倒すようにして巨大な生物が現れた。二足歩行のその生物は、ギガンテスをはるかに上回る巨体であり、体長4mを超えていた。手が異常に長く、両手を広げれば体よりも長いだろう。頭は無く、頭があるべき部分に大きな口がついており、そこからイソギンチャクの様な触手が涎を撒き散らしながら這いずり出してくる。おかしなことに、目はどこにも見当たらなかった。その魔物がどうやってアルフィリース達を認識するのか、だがしかしアルフィリース達を正面に据えると、頭が割れるような甲高い声で叫んだ。
「キィヤヤヤャアアアアア!」
「ぐっ!?」
「頭が・・・割れそうです」
「・・・こいつの名前はダンタリオンだそうだ・・・僕は魔王に名前をつける趣味は無いんだが・・・そういうのが好きな奴がいてね・・・」
「魔王ですって?」
「どういうことだ?」
アルフィリース達は恐ろしさよりも、驚愕の視線でもって目の前の怪物を見上げた。
「・・・知らなかったのか?・・・魔王は僕達が作っている・・・」
「なんだって!?」
「魔王を・・・作る?」
「・・・そう・・・だがこいつらは以前から大陸を席巻していた魔王とは違う・・・以前から大陸にいた魔王は、純粋に魔物や魔獣が力をつけて徒党を組んだもの・・・こいつらは僕達が作り出した合成生物だ・・・それをオークやゴブリンなんかの魔物と無理矢理契約させて魔王に仕立て上げている・・・そういうことさ・・・」
「ペラペラとよく喋るじゃないか。いいのか、アタシ達にそんなことを話して」
ミランダが怪訝そうな顔をする。だが尤もな疑問である。
「・・・別に構わないさ・・・既にこいつらの生産は順調すぎるほどの速度で進行している・・・もはや誰にも止められない・・・生産は次の段階に入っているしな・・・」
「まさか、こんなのが何十体もいるってのか?」
「・・・違うぞ、獣人の娘・・・何十ではなく、何千だ・・・」
「!!?」
ライフレスの一言に全員が動揺する。あまりにも規模が大きい話に、一瞬思考が追いつかなかったアルフィリース達。
「・・・いずれこいつらが大地を縦横無尽に駆け回る・・・果たして人間達に魔王の群れを止められるかな?・・・たとえミリアザールでも何千もの魔王を同時に相手はできないだろうよ・・・」
「そんなの」
「私が止めるわ!」
アルフィリースがぐいと前に出る。その姿を見て嘲るライフレス。
「・・・止める?・・・脆弱な人間風情が?・・・面白いことをいう・・・」
「止めて見せる! 今ここで、あなたを倒して!!」
「・・・面白い冗談だ・・・やってみな・・・」
ライフレスがパチン、と指を鳴らすとダンタリオンが前進を再開した。
「・・・ダンタリオン・・・基本生け捕りだ・・・特に先頭の背の高い黒髪の女と、巨大メイスを持った女は殺すな・・・後は最悪処分していい・・・」
「ギルルルルル」
ダンタリオンが涎を撒き散らしながら一歩踏み出してくる。そんなダンタリオンに負けじと、アルフィリースも一歩前に出る。
「お前が直接来い、ライフレス!」
「・・・そう急くな・・・ボスの出番は後と相場が決まっている・・・」
「アルフィ、とりあえずこいつに集中だ!」
ミランダの一言で全員がダンタリオンに構えなおす。どうやらライフレスは傍観に徹するようだ。アルフィリース達は全員が怒り心頭だったのだが、冷静さを欠いているわけではない。当の挑発したアルフィリースでさえ、彼がかかってこないことに関しては内心安堵していた。戦うなら一体ずつ。その方が楽な事には違いない。
近づくダンタリオンに合わせてアルフィリース達が散開しかけるが、かなりの長距離からダンタリオンが丸太のような腕を振りかぶった。
「まさか?」
「皆、飛んで!」
リサの一声で全員が跳躍する。ニアやエアリアルは身体能力的に問題ないが、ミランダは自分のメイスを使って棒高跳びの要領で。アルフィリースは風の短呪を使い、跳躍を補助している。その下をダンタリオンの腕が地面ごと薙ぎ払っていった。
「なんて一撃だ」
ニアが思わず驚愕の声を上げる。ダンタリオンの一撃は地面をえぐり、木々を薙ぎ払っていた。そして空中で身動きがとれないアルフィリース達を確認すると、ダンタリオンの体の各所に口ががばりと開く。
「な?」
「しまった!」
ダンタリオンが何かを吐き出そうとした瞬間、その口の一つに何かが投げ入れられ、同時に爆発を起こす。
「そいつは前の魔王でも見たっての。馬鹿の一つ覚えか!」
「ナイス、ミランダ!」
ダンタリオンが口が開くと同時に、ミランダが爆弾を投げ入れた。魔王の行動パターンを読み、備えていたのだ。
そして着地と同時に、エアリアルとアルフィリースが切り込む。
「はああ!」
「喰らえ!」
アルフィリースが剣でダンタリオンを斬り、エアリアルは槍でダンタリオンを一直線に突く。エアリアルの一撃は風の魔術で回転も加えているため、ダンタリオンの肉ごと体を削り取ったが、アルフィリースの剣はダンタリオンの厚い筋肉に遮られた。だが、
「魔術付加――爆炎!」
「ギャオオオオ!!」
アルフィリースの剣が爆炎を纏い、ダンタリオンの体を抉る。肉片と共に鮮血が飛び散り、たまらず悲鳴を上げるダンタリオン。
これがアルフィリースがファランクスの元で修行した成果である。肉体的な強度では、人間は限界がある。ファランクスいわく、『気』というものの操作ができれば普通以上の力が発揮できるらしいのだが、修行には多くの日数が必要だし、元の体の強度も重要なので、女の身であるアルフィリースには気の扱い方を修めても限度が知れてしまう。
そこでファランクスが提示したのが、魔術付加を使った戦闘能力の向上である。先ほどの跳躍もそうだが、多系統の魔術を使えるアルフィリースにはこの方法は非常に応用が利く。動きは風系統で補助できるし、強度は土や金の系統で補助できる。火や氷を使えば殺傷能力を上げることも可能である。普段から矢などは風の魔術で補強していたのに、なぜこの方法を思いつかなかったのか、むしろアルフィリースにはその方が不思議であった。
だがもちろん欠点や注意点もある。体そのものを補強するわけではないので、たとえば風の魔術を使って高速で動いても、肉体はその速度で動くように作られていないため、必要以上に負担をかけてしまう。また爆発で剣の動きを加速させるのはいいが、腕にかかる負担は相当だし、もちろん剣自体の傷みも激しい。回復魔術が使用できないアルフィリースには、一歩間違えれば戦闘不能になる危険な方法でもある。
だが、それだけに効果も大きい。事実ダンタリオンは大ダメージを受けていた。
「よし、フェンナ!」
「はい!」
フェンナが魔術詠唱に入る。得意の《地津波》をまさにフェンナが発動させようとした瞬間、
「フ、フェンナ・・・」
「!?」
どこからともなくフェンナを呼んだ声に、全員の動きが止まった。フェンナも魔術を発動直前にした状態で様子を窺う。
続く
次回投稿は2/16(水)12:00です。