快楽の街、その184~華やかな街の裏で④~
「地下にこんな空間があったなんて」
「結構深いな。元々あった空間を利用しているんだろうか」
「壁などはかなり補強してあるので、明らかに人の手が加わっていますね。それもかなり長い間をかけて、丁寧に。そうでなければ、とうに壊れているでしょう。一人でやったとすれば10年や20年ではできないはず。あなたの盗賊団の長は、いったいいつから団長を?」
「それは知らないんだ。姿形は子どものそれだけど、変装しているだけで実際の話し方は爺さんだし。前に会った人には、30年前からずっとああだと言われている。それ以上のことは何も」
「出身や家族は?」
「それも知らない。俺も団長と話す機会なんて滅多にないんだ。いつもふらりと現れて指示を出して、いつの間に消えているし。あ、でも勇者ゼムスの仲間って噂もあるから、彼らなら知っているかも」
「勇者の仲間が盗賊団の首領か。楓、どうなんだ?」
「私も噂くらいしか知りませんが・・・」
アルネリアでは、勇者ゼムスについて良い噂がなかったと思い出す。だがそれをギャスの前で言うのは憚られたため、何も言わないでおいた。それに、それどころではない光景が目の前には出現していた。灯りに照らされたものは、人の背丈よりも巨大で瓶詰になった魔物の遺骸であったからだ。
楓は悲鳴をかろうじて押し殺したが、慌てて蝋燭を取り落としそうになる。ジェイクは楓の手から蝋燭をひったくるようにして受け取ると、灯りでその魔物を照らした。オークのようだが、一際大きい。角もあるし、牙もオークのそれとは少し違う。どうやら普通のオークではあるまいと想像がついた。ひょっとすると、王種などの変異種かもしれない。
ジェイクはさらにぐるりと見回すと、同じように大小の瓶詰になった魔物たちがそこにいた。どれもこれも普通の魔物ではなく、禍々しいものや巨大なもの、一見外見が変わったものもあった。どれもこれも亜種、ないしは王種だろう。それらの一部ないし、全部が瓶の中には収められていた。その数、ざっと30。ここに運び込むだけでも入口よりは狭いだろうに、どうやったのかは理解できなかった。それ以上に、どうしてこんなものを飾っておくのかも。
そして一つの扉をジェイクは見つけた。塗装など剥げた木造の簡素な扉。だがその奥からくる禍々しさは、あの悪霊の館にも勝るとも劣らない。ジェイクはその扉をそっと開け、3人と共に入っていった。そしてしばらくの後、悲鳴と共に飛び出したのはギャス。そして盛大に吐くと、後から青ざめたジェイクと楓が出てきた。口無しとして訓練された楓ですら口を押え、嘔気を押さえるのが精一杯のようだ。ジェイクも青ざめていたが、彼は気力を振り絞ると楓に伝えた。
「楓、ウルティナさんかマルドゥークさんに連絡を取ってくれ。俺の手には余る案件だ」
「え、ええ。わかりましたが、外のオークはそれどころではないのでは?」
「それもそうだが、知らせておいた方がいい。オークが外にいるからこその好機かもしれない。これをやった奴を絶対に外に逃すわけにはいかない。今まで見聞きしたどんな異常者よりも異常だ。先日倒した悪霊よりも、ひょっとしたら異常かもしれない。なんとしても、ここで捕まえる必要がある。わかるだろ?」
「それはそうですが・・・わかりました。私は判断するのが役目ではありませんから。イェーガーや自警団には伝えますか?」
「いや、できればアルネリアだけで処理をする方がいいだろう。必要があれば、そう判断してもらうさ。それより一度外に出よう。俺も胸が悪くなってきた」
ジェイクは闇に包まれた扉の奥の様子を思い出すと、ぶるっと身震いがした。戦場を駆けて残酷な光景も見たし、それなりに残酷な出来事の顛末も資料で見たことはある。だがこれは、ジェイクの知り得た中でも、あまりに異質な出来事だった。
今は早く外に出て、新鮮な空気が吸いたいと望むジェイクだった。
***
レイヤーがずらりと抜き放った剣を見て、ダートはぴくりと嫌な予感を覚えた。あの剣、普通の剣ではない。濁った水のような怪しい光をたたえる剣を見て、ダートは警戒心を強めた。
「何か言ったらどうですか、少年?」
「殺す相手に語ることなんて、何もない。黙って死ね」
レイヤーの酷薄な目がダートを捕えた。ダートも経験上、憎悪を向けられたことなど一度や二度ではない。また恨み、妬みなども多数経験したし、もちろん殺気を向けられたことも幾度となくあるわけだが、こういう目つきの相手が一番怖いと知っていた。躍起になるわけでなく、憎悪を押し殺しながらただ殺しに来る者の目。こういう目の相手は執念深いが、冷静でもあり一番厄介な相手となる。昨晩とは別の相手だと考えるべきだと、ダートは認識を改めていた。
レイヤーの剣がダートに向けて斬り下ろされると、ダートは身を翻して逃げた。斬られることそのものが危険だと判断したからだ。こういう相手との戦い方は心得ている。遠距離から安全に、反撃する隙と時間を与えず封殺する。これが鉄則だ。
続く
次回投稿は、11/13(日)8:00です。