快楽の街、その182~華やかな街の裏で②~
「狭いだろ? 人が2人通るのが精一杯だ。元は外の通りと同じ広さだったらしいんだがな。人が増えて増築を繰り返していると、こうなったんだが・・・あまり驚かないな、お前」
「俺も同じような場所の出だ。ここまでじゃなかったが」
「孤児か?」
「そうだな」
その言葉に少年のジェイクを見る目が少し柔らかくなった。
「そうか・・・なんでまた孤児が神殿騎士に?」
「いろいろあった。特に俺は幸運だと思うけど」
「そうだろうな。羨ましいよ」
「・・・」
ジェイクは何も言えなかった。もちろん巡り合わせ、努力もあったとはいえ、今どれだけ自分が恵まれているかは身に沁みている。孤児の多くがまともな職業に付けず、のたれ死にすることなど珍しくもない。世の中は、一度失った者に優しくない。そこかしこからこちらを羨むような視線を感じるのも、仕方のないことだ。いつかはこういった仕組みをなくすことができるのだろうか。だがジェイクには解決策すら思いつかず、こういう時に剣だけを振るう自分を無力だと思う。
少年は語りだす。
「ここではバンドラス盗賊団に入るのが、唯一貧困から抜け出す方法だ。それにも厳しい選別と訓練があるが、成功すればこの街からすらも抜け出すことができる。盗賊団ではいろんなことを教わるよ。盗み方もそうだが、護身術あるいはそれ以上の戦闘訓練、品物の鑑定の仕方、簡単な教育までな。俺はこの街の世話役の一人を任されているが、あと一年勤めれば晴れて盗賊団を卒業だ。貯めた資金を元手に、孤児院を設立するつもりだ」
「孤児院?」
「ああ。簡単な医術の心得もあるし、ここの出自の人たちが資金援助をしてくれることになっててな。もう少しましな場所で、せめて何人かだけでもまっとうな暮らしをさせてやりたい。おかしいか?」
「いや・・・むしろ立派なことだと思う。だけどアルネリアも――」
「言いたいことはわかる、アルネリアという組織があることも知っている。だが万能じゃない。事実、これだけの浮浪児がいるんだから。アルネリアを非難しているわけじゃない。人任せにできない、それだけさ。
つまらないことを聞かせてしまったな。ここら辺がこの地域の一番奥だ。これ以上は本当に何もないぜ」
少年の言葉に聞き入っていると、いつの間にか少し開けた場所に来ていた。それでも20人くらいが集まれる程度しかないだろうか。狭いその場所は板張りの天井に覆われ、人目を忍んでいる様に見えた。集会場と、少年は説明した。集会場はもっと開けて空が見えるのが当たり前だとジェイクは思っていたが、ここは薄暗い。昼でも蝋燭がなければ、書物を読むこともままならないだろう。
そしてここは盗賊団の幹部が集まる場所だとも。ジェイクはとりあえずこの場所を見渡したが、背筋がぞわりとした。何かはわからないが、嫌な感じがしたのだ。
「その・・・バンドラス、だっけか? 盗賊団の団長って、決まった場所にはいないのか? 部屋も何も見当たらないけど」
「団長は特定の塒を持たないよ。いつもターラムにいるわけじゃないが、ターラムにいる時はだいたいこの区画の奥に姿を消してる。いつも寝る場所は変えてるって言ってたから、寝ているところは見たことないけど」
「それ、おかしくないか?」
「どこがだ?」
少年はジェイクの言葉の意味がつかめなかったようだが、ジェイクは自分の違和感が徐々に形を成していることに気付いていた。
「盗賊だったら、有り金や宝物はどこかに隠すだろ? ここって、ターラムじゃあ誰も踏み入らない安全な場所なんじゃないのかよ。それに他の町に拠点があるとしても、ここが本拠地なんだろ? それなら、大切な何かを保管する場所があるはずだ。でも、ここには何もないじゃないか。それに見張りもいない」
「それもそうだが・・・団長以外知らないだけだろ。それに団長はそれほど金品に興味がない。必要な分だけは奪うし、貧しい人間に分け与えもする。普段からそれほど派手な暮らしをしているわけじゃないからな。食事も俺達並みの粗末なものしか取らない」
「・・・立派に聞こえるけど、それもやっぱり変だ。盗賊だけじゃなくて、人間なら大切な物の一つや二つはある。自分の宝物は隠したりするものさ。箱に入れたり、寝床の下にかくしたり、あるいは持ち歩くかもしれないけど。まして盗賊だろ?」
「何が言いたい?」
「あんたがここを任されるくらい偉いのに、何も知らされていないことが妙だと言ったんだ。他の幹部連中はどこだ? 副団長とか、それに準ずる幹部は?」
ジェイクの指摘に少年ははっとした。確かに自分は留守を任されているのに、何も知らされていない。バンドラス盗賊団の活動はこの貧民街を抜けてなお盗賊を続ける者たちが主な構成員だと聞かされたことはあるが、自分には誘いがなかった。ここを出たらやりたいことはあるかと聞かれてしばらく悩んだ末に孤児院と伝えたが、バンドラス盗賊団の構成員に憧れがなかったかといえば嘘になる。なのに誘いすら受けなかったことに、少年わずかな嫉妬を感じたことを思い出した。
そしてバンドラス以外の他の幹部と言えば、思い当る名がなかった。バンドラス不在時には連絡役らしき幹部と話したことはあるが、同じ顔は見たことがない。バンドラス盗賊団に10年近くいて、バンドラス以外の固定の幹部を見たことがない。少年は首を横に振って、嫌な思いを打ち消した。
「・・・きっと、俺が知らないだけだ。何せバンドラス盗賊団は、絶対に捕まらない盗賊団だからな」
「・・・お話の最中すみませんが、バンドラス盗賊団がいつからあるか、あなたはご存じで?」
今まで黙っていた楓に、少年が振り向いた。
「いや、知らないけど。団長は結構な爺さんだから、30年くらい経っているのか?」
「実はこれはあまり知られていないかもしれませんが――バンドラス盗賊団は前身も合わせると、200年以上は続く盗賊団と言われています。バンドラス盗賊団というのはここ37年くらいの名称で、それ以前はまた別の名前でした。やり口、行動が同じため、私たちは同じ盗賊団とみなしていますが」
「200年? それならバンドラスは――」
「ええ、人間ではありません。少なくとも亜人、私たちはそう考えています。そして彼らはやっていることは窃盗であり十分な犯罪ですが、偶発的な殺人以外、人的被害を出さないことでも有名で、義賊として知られています。それに時々山賊や他の盗賊団を潰したりと、ギルドの依頼を受けたりもします。単純に慈善事業をすることもありますし、ゆえにバンドラス盗賊団はギルドからもアルネリアからも討伐対象となっていません。
ですが、犯罪は犯罪。万一に備え、本格的な追跡をしたことはあるのです。バンドラスという男は年代によって姿形が変わるため、おそらくは変身能力があるだろうと目されているため捕捉が容易ではありません。ですが彼に近しい幹部なら――そう考えたのです。ですが、誰一人捕まえることはできませんでした」
「単純に全員優秀なんじゃないのか?」
「100年前には、魔術協会まで動いたと記録にあります。それでも捕まえられない相手がいると思いますか?」
ジェイクの嫌な予感が強まった。魔術協会のことは一通り知識がある。今でも、魔物狩りの時に追跡が困難な場合、魔術協会に人員を派遣してもらうことがあると聞いた。その彼らが人間一人捕まえられないとはどういうことか。
「楓、どういうことだ」
「魔術協会が動いたということは、追跡の魔術を使用したということでしょう。それが誰一人捕まえられない――追跡の魔術の効果が切れるのは、どういう場合かご存知ですよね?」
「魔術的に解除される、効果の範囲外に出る、あるいは――対象が死んだ場合」
「そうです。なお魔術協会が使用する追跡の魔術は非常に精度が高く、あまり知られていませんが、大陸中どこにいてもその場所がわかるのです。もちろん遠くなるほどに精度は落ちますが、どの方向にいるか、ということは常にわかるそうです。どこまでやったか詳細までは知りませんが、魔術協会のやることにぬかりはないでしょう。そうだとしたら――」
「・・・なるほど。それはまずい」
「・・・俺にはよくわからないんだが、俺にもわかるように言ってくれ」
「つまり――バンドラス盗賊団は、仕事の度に全員殺されているんじゃないのかってことだ」
続く
次回投稿は、11/9(水)8:00です。